まさか、まさかです。
「確かにこれは作家とやがて失明するファンの温かい交流……のような気がする。でも原稿の受け取り期限が三年だったのは……何かあるのだろうが、分からないな」
ポマードの顔が曇っています。
そこで私も再度考えてみました。
失明は三年以内と言われています。
失明する前に物語書き終えたいと、ソラリスは考えましたが、彼女にとっては処女作です。初めて書くには時間がかかると思ったら、思いがけず早く書けました。そこで書き上げた物語を、本屋の店主のテトに渡すところまでは、理解できます。
ですがなぜ「三年間は待って欲しい」としたのでしょう?
しかもヘッドバトラーに託した手紙の投函は、彼女が亡くなった時です。
失明は三年以内=三年間は原稿を預かって欲しい=手紙の投函は彼女の死後。
これがリンクしているのであれば、ソラリス未亡人の死は三年以内であり、彼女自身がそれを知っていたことになります。そしてなぜそれを知っていたのか、その可能性として四つの推測を既にしています。死を予知した、余命三年の病気にかかっていた、誰かに命を狙われていた、そして自殺の可能性です。
余命三年の病気の可能性は、検視からもないと分かっています。
ただ分かることは、いずれの理由であれ、三年以内にソラリスは、自身がこの世にいないと思っていたわけです。そしてその時になって、この原稿をタイドに見て欲しかった……となるのですが、なぜ書き終わってすぐに原稿をタイドに見て欲しいと思わなかったのかは、理解できません。
恥ずかしかったのでしょうか。処女作でしょうし、拙いものであると思い、遺作として見てください……と考えたのでしょうか。
三年の謎は解けていませんが、それ以外ではいろいろと謎が解けました。そうは言ってもソラリスを手に掛けた犯人については……謎のままです。
ただ、ソラリスの殺害事件と、この原稿の受け取り事件は、関連しているとは限らないでしょう。一度切り離して考えてもいいかもしれません。
そんなことを考えていると……。
「王都警備隊のポマード隊員は、いらっしゃいますか!」
大声に、私書箱を利用していた老若男女が声の主を見ます。郵便局の窓口の職員も、驚きながら声の方に目を向けていました。
みんなの視線の先にいたのは、王都警備隊の羊羹色の隊服を着た青年です。
ポマードは手を挙げ、その青年の元へ向かいます。
ジョン・ハーパーが私に「どうしたのでしょうか?」と尋ねますが、私は「何でしょう。ただ、落ち合うことができなかった友人が一人いまして、もしかするとその件かもしれません」と答えていると、顔色を変えたポマードが私達の所へ戻ってきました。
その顔色を見ると、なんだか不安になります。
「大変なことになった」
「どうしたのですか、ポマード」
「例の本屋に戻ったら、店の入口には『臨時休業』の札が出ていた。でも外にはカフェのメニューが書かれた看板も出しっぱなしだ。本当は営業しているはずが、急遽店を閉めることにした。そんな風に見えたらしい。そこでエドマンドが裏口に向かうと、扉が細く開いている。どうしたのかと思い、中に入ると……店主のテトが何者かに襲われ、倒れていたのを発見することになった」
これには「えええええ」とシャールと二人で叫んでしまいます。
まさか、まさかです。
「テトさんは無事なのですか!?」
青ざめた私が尋ねると、ポマードはすぐに答えてくれます。
「無事だ。犯人は心臓を狙った。でも心臓はギリギリで外れ、おかげで一命を取り留めることができた。何よりもエドマンドが、すぐに近くの診療所へ運び込んだ。応急処置が施され、その後は王立医療専門院へ移送されている」
これにはその場にいた全員で安堵することになります。ですが次の一言で、震撼することになりました。
「本屋の店主のテトを襲ったのは……タイド・ティント・メーだと、テト自身が証言した」