ビックリです。
「そこでハーパーさん、私書箱263510の作家が誰であるか、お分かりになりますか?」
ポマードが尋ねると、「はい、分かりますよ」と言い、スーツの内ポケットから手帳を取り出しました。そしてその手帳をペラペラとめくっています。どうやら百二十人分の私書箱の番号と作家の対応表を、そこにメモしているようです。
しばらくめくり続け、「あ、ありました」とジョン・ハーパーが顔をあげました。
この時、ポマード、シャール、私の三人は、その作家の名前を聞き、ビックリです。
タイド・ティント・メー。
なんと今日、あの本屋で会ったタイドではないですか!
ソラリスがタイドのファンだったとは。
でも思い出すと、タイドの本もソラリスの本棚にありました。
あまりにも有名な作家なので、そこにあることに違和感がなかったのですが……。
そんなにファンだったというのなら、私が受け取ったサイン入りの本は、ソラリスのお墓に捧げましょう。
私がそう考えている一方で、ポマードはジョン・ハーパーと話を続けています。ヘッドバトラーから聞いていた、ソラリスが託した手紙の封筒の特徴を伝えていました。そして該当する封筒がなかったか尋ねたところ……。
「ああ、もしかするとあれのことでしょうか……」
ジョン・ハーパーによると、タイドにはコアなファンが沢山ついていたそうです。そのファンの方は、いわゆる常連さん。頻繁にファンレターも届いていたとのこと。そのコアなファンの一人に、差出人の名前がいつも「ライダース・モア・マーメイド」という人物がいたというのです。
この人物は、もう何十年も、数か月に一回という頻度でしたが、ファンレターを送って来ていました。手紙はいつも水色の封筒に入っており、表面には錨のマークが描かれているとのこと。そしてその特徴は、ヘッドバトラーから聞いていたものと一致しています。
この話から察するに、ソラリスは自身の失明を踏まえ、意を決して手紙を送ったようではないようです。
ちなみにヘッドバトラーは律儀な人物。封筒の裏面に書かれていた「ライダース・モア・マーメイド」の名は、見ていなかったのです。
「なるほど。故ソラリス未亡人は、どういう意図で『ライダース・モア・マーメイド』なんて名前を使っていたのだろう? ペンネーム……のつもりなのか……?」
ポマードがそう言うと、シャールがすぐに反応します。
「それはアナグラムで解読できませんか?」
さすが勉強が得意だったシャールです。すぐに解読してしまいました。
ソラリス・ママレード
(Solaris Marmalade)
↓
ライダース・モア・マーメイド
(Riders more mermaid)
特段ひねりはなく、ただ本名を隠すために使ったに過ぎない言葉のようです。ですが……。
「タイドはこのライダース・モア・マーメイド……その故ソラリス未亡人の手紙が届くと、必ず自分に渡すようにと言っていたのです。他のファンレターとは分けて渡してほしいと、言われていました」
その理由をジョン・ハーパーはこう説明しました。
「タイドの処女作が出版され、最初にファンレターを送って来たのが、故ソラリス未亡人だったのです。きっとタイドは嬉しかったのではないかと思います。本が売れるかどうか、ファンはつくかどうか、不安だった時。一番乗りでファンレターを送って来たのです。大切にしたくなりますよね」
なるほど。ソラリスはそこまでのファンだったのですね。
そして古参のファンを大切にする方だったのです、タイドは。
それを考えると今日、にわかとは言いません。ですがファンレターの一通も書いたことがないのに、ミーハー心というのですかね。それだけでタイドにサインを求めてしまったのは……。
これは反省です。この年で反省することがあるというのは、人生、何があるか分かりません。
そんなことを思いながら、私はジョン・ハーパーや皆に伝えることになりました。