キラリと光るもの
「私書箱宛に原稿を普通に送ったら、相手にされず、終わってしまいそうですよね。そもそもファンレターの受け取りをしていても、原稿の受け取りなんてしていないでしょうから。でも合言葉を言わせ、本屋での受け取りとなると、興味を引くことができます。もしこれが推理小説家だったら、何だろうと思いますよね?」
「なるほど。そうなるハーパー・ペン出版社の有名な推理小説家と言えば……オウガスト・クリストフですかね。それともレイラ・ホールとか」
「もしくはジェフ・アーキーかヴェット・ロスコとか……」
しばしシャールと私で脱線していましたが。ポマードが話を戻します。
「確かにファンだった作家に、自作の原稿を読んで欲しいと願った可能性は……あると思うな。でもそうなると、三年経っても受け取りに来なければ……というのがおかしくないか? 合言葉や本屋などに興味をひかれた。でも忙しい……となっても二年後や三年後に現れるとは思えないな。本屋の店主の心理的負担を考えたら、一年ぐらいでは? 一年でも長いな。半年くらいにしないか?」
ポマードが言うことに「確かに」となったその時です。
窓口の職員が立ち上がり、手を振っています。
入口を見ると、茶色の髪と瞳、丸眼鏡をかけた、チェック柄のスーツの上下を着た三十代後半ぐらいの男性が見えました。数名の若い男性を連れ、こちらへと歩いて来ています。鼻の下の髭、スーツと同柄の帽子。私書箱には出入りする人が多いのですが、この方は特徴的で、目立つように感じます。
何というのでしょうかね。業界人という感じがしました。
ポマードが職員に目配せし、この人がジョン・ハーパーなのかと確認しています。職員は「そうです」とばかりに頷いていました。決まりですね。彼がジョン・ハーパーです。
足早にジョン・ハーパーに近づいたポマードが、声をかけました。
ジョン・ハーパーは驚いたようですが、ポマードがすぐに身分を告げ、名乗ると、立ち止まってくれます。一緒にいた三名の男性も立ち止まり、ジョンと私達を見守っていました。
ポマードは、一連のソラリスの話を手短にまとめ、ジョン・ハーパーに聞かせています。その様子は手慣れており、きっと多くの人に聞き取り調査を行い、こうやって話をしたのだろうと思えました。
一方のジョン・ハーパーも、熱心に話に耳を傾けています。早い段階で彼が、創業者の息子であり、三男であることも分かりました。
こうしてポマードの話を全てを聞き終えたジョン・ハーパーは……。
「なるほど。その事件の被害者であるソラリス・ママレードという方は、存じ上げないのですが、心からお悔やみ申し上げます。しかも私書箱263510の作家のファンであったとは……。読書家にとって目が見えないのは、辛いことですよね。文字を追う喜びを失うことになるのですから……」
確かにそうだと思います。前世であれば、音読してくれる機能やサービスもありますが、ここは違いますからね。ただ、使用人に頼むこともできたのでは?とは思ってしまいます。
ですが使用人自身が興味のない本を、自身の読みたい気持ちを満たすため、音読を頼むことは……。ソラリスにはできなかったのでしょう。
「それに視力を失う前に物語を書き終えたことには……なんだか胸に迫りますね。いつ視力を失うのか。時間との戦いで執筆されたのだと思います。きっと寝る間を惜しんで執筆されたのではないでしょうか。……今は総務部にいますが、これでも編集者の端くれです。読んで見たくなりますね、その作品を」
ジョン・ハーパーの瞳にキラリと光るものが見え、皆、しんみりしてしまいます。
夫を亡くし、贅沢もせず、慎ましやかに生きている中で、大好きな本を読むことも物語も書くこともできなくなる……その日が来るまでに、なんとか書き終えたい……ソラリスがあの文机に座り、羽ペンを走らせる姿が浮かびました。