解決の糸口に
私書箱263510の契約者の名は、ジョン・ハーパー。
当然ですが、私の知らない名前です。
「この名前は、故ソラリス未亡人の捜査で、登場したことはあるのですか?」
私が尋ねると、ポマードは腕を組み、「いや。こんな名前、聞いたことがない」と答えます。ですがこの人物を調べることで、事件の解決の糸口につながるはずです。
「待ってください」
シャールが台帳の下の方を指さします。
「契約者はこのジョン・ハーパーという人物ですが、これは個人契約ではなく、法人契約となっています。そして契約しているのは、ハーパー・ペン出版社です」
これはビックリです。
ハーパー・ペン出版社と言えば、この世界では有名な出版社。
ベストセラー作家が何人も所属しています。
こうなるとソラリスは、遺品となる物語を出版社に託し、自身の死後、出版されることを願ったのでしょうか。ですが出版社は、そんな一方的に送られた原稿をほいほい受け取り、出版してくれるとは思えません。
さらにはソラリスの場合、この私書箱に原稿を直接送っていないのです。わざわざ本屋まで取りに行かせる。しかも合言葉を言わせ、受け取るようにしている……そんな面倒なこと、出版社の方が付き合うわけがないでしょう。
「ひとまずこのジョン・ハーパーとハーパー・ペン出版社を調べようと思うけど……。ジョンという男は、この出版社の社長の息子だったりするのかな?」
ポマードの言葉に「「そう言われてみれば」」と私とシャールは同時に声を発していました。
ハーパー・ペン出版社の創業者はアルガン・ハーパー氏です。
それは出版物でよく見かけた名であり、シャールも私も覚えていました。
ジョン・ハーパーという名は、確かに創業者の親族である可能性を、強く感じます。
そこでもしやと思いました。
前世でテレビを見ていると、まだブラウン管だった時代、テレビ局のプレゼントの応募先に、この私書箱がよく使われていました。もしかするとハーパー・ペン出版社は、作家ごとに私書箱を用意しているのではないでしょうか。ファンレターを受け取るために。そしてその私書箱の契約は、前世で言うなら総務部の担当者が一括で行っていた――そう思いついたのです。
そこでポマードに頼み、窓口の職員に確認してもらうことにしました。ハーパー・ペン出版社は、このジョン・ハーパーの名で、私書箱を複数契約していないかを。
窓口の職員は、すぐに対応してくれました。
「まさにシェリーヌ嬢の推理通りだ。ジョン・ハーパーは、ここで百二十の私書箱の契約をしている。毎日のようにファンレターが届き、その回収のために丁度この時間、そのジョン・ハーパーが来るそうだ!」
今日届いたファンレターの回収のため、ジョン・ハーパーがここへやってくる!
これは朗報です。
窓口の職員に頼み、ジョン・ハーパーが来たら、教えてもらうことになりました。
私達三人は、私書箱がずらりと並ぶ手前のスペースへ移動。そこにはテーブルや椅子が置かれており、ベンチもあります。そこに腰を下ろし、ジョン・ハーパーが来るのを待つことになりました。
「まさか今日、ここまで真相に近づくとは思わなかったな。これで私書箱263510の作家が誰だか分かれば、これまで捜査線上に浮上しなかった人物の名が、現れることになる。一体誰なんだろう……」
ポマードはとても興奮しています。その一方で私は、一つの懸念も抱いていました。
「もしかするとこんな可能性も考えられませんか。故ソラリス未亡人は大の読者家であり、ファンの作家がいました。一年前、自身の目が失明する可能性を知り、最後に一念発起して物語を書き上げたのです。それを自身の大好きな作家に読んでほしいと考えたのでは?」
「それは大いにありうると思います。ですがなぜ原稿を、直接その私書箱に送らなかったのでしょうか?」
シャールの疑問は尤もです。それに対する私の予想は……。