もどかしい状況
ポマードがもたらした情報によると、ソラリスの遺体の検視記録を見直したところ「失明の危険性あり」と書かれているのを発見したというのです。そしてこの世界で、眼科というのは明確に存在していないのですが、この王都には一人だけ、目を専門に診る医師がいました。そこでポマードはここに来る前に、その医師を訪ねたというのです。
すると……。
「故ソラリス未亡人は、侍女や従者を連れず、一人、その医師を訪ねていた。そして診察の結果、三年以内に失明の恐れがあると判明していたんだ」
ポマードからこの話を聞いた私は、もしやと前世での経験を思い出します。
歳をとると体にいろいろとガタがきますが、知り合いの旦那さんが緑内障だったのです。これは治療が不可能で、進行を緩やかにするしかないと聞いています。いろいろ個人差もありますが、失明の可能性があるとも聞いていました。もしかするとソラリス未亡人は、この緑内障だったのかもしれません。
「シェリーヌ嬢、故ソラリス未亡人は、物語を書いていたのだろう?」
ポマードに尋ねられ、私は頷きます。
「そうですね。彼女はもしかすると、自分が失明するかもしれないと知り、それまでに何らかの物語を書きたいと、願ったのではないでしょうか。そしてそれは五か月前に、書き終えることができたのでしょう。そしてその物語を本屋の店主であるテト様に預けました。合言葉と共に。さらにその物語を受け取って欲しい相手にも手紙を書いており、その物語を受け取るように頼んでいるようなのですが……」
ここでシャールが謎を提起します。
「故ソラリス未亡人が、自身の書き終えた物語を受け取って欲しいと思っていた相手、それは、私書箱263510の契約者です。この相手に向けた手紙を、自身が亡くなった後に郵便局へ出すようにと、ヘッドバトラーのファーガソンさんに指示していました。それでいて本屋の店主のテト様には『三年以内に受取人が来なかったら、破棄していい』と伝えています。これは、故ソラリス未亡人自身が、三年以内に亡くなると思っていたのではないでしょうか?」
そうなのです。
ただ、三年以内に受け取ってもらえないと意味がない物語を書いていた、という可能性もあります。でもシャールが指摘するように、自身が三年以内に亡くなることを見越していたとしたら……。
なぜ見越すことができたのでしょうか?
可能性の一つ目は予知です。
この世界では、タロットカード占いや占星術が未来を占うものとして、王侯貴族から平民まで信奉をされています。教会で主を崇める世界観を持っていますからね。もしそう言ったもので、死を予知していた可能性は、なきにしもあらず。そしてその予知を信じていても、この世界では、なんらおかしなことではないのです。
可能性二つ目は病気。
失明の危機の件は、使用人の誰も知らなかったようです。そうなると目と同じように、医者に診察してもらい、余命宣告を受けていた……という可能性も考えられます。
ですが。
検視では大きな病気は見つからず、三年以内に亡くなるような所見はなかったというのです。
可能性三つ目は、自分を殺害したいと考える人物の存在を知っていたというもの。
でもそれなら王都警備隊に相談するなど、害されない方法を選ぶのではないでしょうか。それとも既に夫は亡くっているので、生に執着がなかったのでしょうか……? そうであっても人間の本能は、生存にあると思います。自分の命を狙う相手が分かったら、恐怖を感じ、生きたいと思うのでは……?
可能性四つ目。これは考えたくないことですが、もしかするとソラリス未亡人は、自ら三年後までに、命を絶つことを考えていた可能性があります。
「さらに私書箱263510の人物は、ソラリス未亡人の手紙を受け取っていると思うのですが、まだ本屋へ足を運んでいません。受け取りに行く暇がない、受け取りに行けない状況など、いくつか理由は考えられると思います。でもとにかく、まだ私書箱263510を契約している人物は、現れていないのです」
シャールが話を終えると、その場にいた全員が黙り込んで考えることになります。
現状、パズルのピースはいくつも手元にあるのに、それがうまく配置できない。
そんなもどかしい状況に思えます。