ご存知でしたか?
この世界では、まだ前世のようなきちんとした住所はなく、「なんとかストリートの赤い屋根の巨大な屋敷」とか「王都にあるなんとかという貴族の家」という書き方で、手紙は配達できていました。でもそれは貴族の家がそうであって、平民は郵便局に設置された私書箱を利用することが多かったのです。
私書箱というのは、前世でいうならコインロッカーみたいなものでしょうか。割り振られた棚に番号がつけられ、そこに郵便物が届きます。契約者は原則三日以内に私書箱がある郵便局へ足を運び、そこで郵便物を受け取る仕組みになっていました。
「その封筒に書かれていた宛名は、王都中央郵便局私書箱263510です」
私はヘッドバトラーに即尋ねます。
「もしやその私書箱に届けた手紙を読んだ人が、本屋の店主テトの元に、故ソラリス未亡人が書いた物語を、受け取りに行くことになっていたのでしょうか?」
つまりその手紙には「物語が完成しました。王都にある本屋の店主に預けているので、この合言葉を言って、受け取ってください」と書かれているのでは?と想定したのです。
するとヘッドバトラーは、またもや困った顔になり、そして……。
「そうだと思ったのですが、私がその手紙を郵便局へ持ち込んだのは、奥様が亡くなった十日後です。本当はもっと早く持ち込みたかったのですが、殺害されていたことから、捜査への協力もありました。さらに葬儀の手配の必要もあり、なかなか郵便局へ行く時間がなく……」
責任感が強いヘッドバトラーは、すぐに郵便局へ持ち込めなかったことを悔やみましたが、それは仕方ないと思います。そこはシャールと二人、なぐさめることになりました。
普通に誰かが亡くなっても、その後はもう大変です。しかも今回ソラリスは、殺害されていたのですから。通常以上に対応することが、あったと思うのです。しかも使用人は五人しかおらず、親族はいないも同然。おそらくすべての陣頭指揮を、このヘッドバトラー一人が執ったと思うのです。ゆえに、仕方ないことですと話すと……。
真面目なヘッドバトラーは、ずっとこのことを気にしていたのでしょう。でも話せる相手がいません。「そう言っていただけて、気持ちが少し楽になりました」と涙ぐんでいました。
ヘッドバトラーが落ち着くと、気になることが浮上します。手紙を受け取った人物が、まだ本屋のテトの元へ、向かっていないことです。ソラリスが残した物語、それは受取人にとって、そこまで重要なものではなかったのでしょうか。それとも受取人自体に何か問題が起き、本屋へ足を運べないのでしょうか。
「! どなたかが訪ねてきたようです」
ヘッドバトラーが、窓からエントランスに続くスロープを、眺めています。
その馬車を見て、すぐにそれがポマードのものと分かりました。
三人でエントランスへ迎えに行くと……。
「シェリーヌ嬢、シャール、大変なことが分かったぞ! だがその前に、ヘッドバトラーのファーガソンさん、あなたに確認したいことがある。……故ソラリス未亡人は、目の病気を患っていたことを、ご存知でしたか?」