徹底していた
一方の私には、これがオウムの声だとすぐに理解できました。なにせ前世で聞いたことがありますからね。
部屋の中に入り、振り返ると、スタンドがあります。そこにアイアン製の鳥籠が吊るされていました。そこにカラフルな色合いのオウムの姿が見えます。
「デンジャー、デンジャー」
「こちらが、奥様の大切にされていたオウムです。事件以前は、いろいろな言葉を話していたようですが……。事件以後、いつも『デンジャー、デンジャー』とばかり。奥様に危機を知らせたかったのでしょう」
ヘッドバトラーの言葉に、私とシャールは切ない気持ちになります。
もうソラリスは亡くなっているのです。
それなのに今も危険を知らせようとしているなんて……。
「あの、こちらのオウムが『アイ・ラブ・ユー』と話すことは、聞いています。他にどんな言葉を話していたのですか?」
私が尋ねると、ヘッドバトラーは少し考え込みます。
「そうですね……。基本的にこのオウムは、奥様のお部屋にいました。たまの外出で、エントランスホールで奥様をお見送りする時、このオウムと会うぐらいで……。私はオウムと接する時間が、少なかったと思うのです。よってどんな言葉を話すかと言われますと……」
そこでヘッドバトラーは記憶を探り、「侍女に聞いたところ、よく言っていた言葉は……」と教えてくれたのは、ポマードからも聞いていた言葉です。
『ネムイヨ』『オナカスイタ』『インクキレタ』
それらに加え
『オハヨウ』『オヤスミナサイ』『ヨゴレチャッタワ』
これはきっと、ソラリスがよく口にしていた言葉なのでしょう。
「ああ、それとですね。侍女や馬丁、奥様の名前も覚えていましたよね。『ソラリス』『ボニー』『ピット』など」
「それは相手の顔を見て、区別して言うことができていたのですか?」
シャールが尋ねると、「そうだと思います」とヘッドバトラーは答えます。
これにはシャールが「すごいですね」と感動していました。
オウムはこの会話をしている間もずっと「デンジャー、デンジャー」と言っていましたが、それ以外はやはり話さず、むしろ見知らぬ人間が二人もいきなりやってきたからでしょうか。
ばさばさと籠の中を飛び回り、落ち着きがありません。
そこで隣室に移動し、そこのソファに腰をおろし、しばらくオウムに関する話を聞くことになりました。ですがこれと言って、犯人につながる情報を得ることはできません。そこでソラリスが物語の執筆をしていなかったかと尋ねると……。
ヘッドバトラーは、困った様子になりながら、ぽつり、ぽつりと打ち明けてくれました。
「奥様からは、堅く口止めされていました。ですが奥様は殺害され、犯人の目星もついていない状況です。それに王都警備隊も、既にあの文机を見ていますから、奥様が何かを執筆していることは、分かっています。ですのでお伝えしますと、今の質問に関する答えは『イエス』となります」
やはり。そうなのですね。
そこでどんな物語を書いていたのか、何のために書いていたのか、それを誰に渡そうしていたのか、思い当たることはあるのかと尋ねました。さらにあの本屋の店主テトのことを話すと……。
ヘッドバトラーは真剣な表情で、私とシャールを見ました。
「どんな物語を、何のために書いていらしたのか。それは明かしてはくださりませんでした。書き損じた物語の紙は、自室の暖炉で燃やしてしまうぐらい、徹底していたのです。本当に使用人たちも、分かりません。ただ本屋の店主の話を聞いて、私の中で点だったことが、結びつきました」
というのもヘッドバトラーは、ソラリス未亡人からある手紙を預かっていたというのです。それは自分に万が一のことがあったら、郵便配達に出して欲しいというもので、一年ほど前に渡されたそうなのです。
ヘッドバトラーは忠実な方ですから、ソラリスが亡くなった後、その手紙を郵便局へ持ち込みました。その手紙に書かれていた宛名は、私書箱です。