僕の文机
「ビックリしました。まるで僕の文机です」
「! それはつまり……」
「物語を書くのに必要な道具一式が揃っています」
この言葉に、私はひらめくことになります。
ソラリスは、読書家だと思っていました。
……無論、読書も好きなのでしょう。ですが彼女は、自身も物語を書くのではないでしょうか。この部屋の膨大な蔵書。これは全部、彼女の愛読書であり、執筆のために使う資料なのではないでしょうか。
殺害される二日前に購入した本、それは『クラーケンの正体に迫る』『東方鳥類図鑑』。
『東方鳥類図鑑』はオウムを飼っていると聞いたので、飼育の参考にするのかしら……と思いましたが、違うのではないでしょうか。執筆の資料として使おうとしたのでは……?
そうなると、どこかに書き途中の原稿があったりするのではないでしょうか。
この考えをシャールに伝え、文机を探したのですが……。
そもそも引き出しは、先程見た三段。そして椅子に座った時、お腹の辺りにある、高さがなく、幅が広い引き出しがあるだけです。そしてそこにはペーパーウェイト、手を拭くための布切れ、ルーペなどしか入っていません。
机の上にはランプ、書類を入れるトレイ、ガラス瓶にぎっしり入ったこの粒は……多分、何かの種子です。おそらくオウムの餌ですね。
「シェリーヌ公爵令嬢、このシミを見てください」
シャールの言葉に机を見ると、丸い輪っかのようなシミが、浮かび上がっています。
「僕の机もそうなのですが、飲み物を置いて、執筆することが多いのです。最近は、眠気を覚ますと言われている珈琲なるものを飲むのですが……こうやってシミができます」
「なるほど。ということは、ソラリス未亡人は執筆を軽い気持ちでしていたのではなく、かなり本格的にしていたということですね」
「そうだと思います」
そこで私の頭の中で、さらなるひらめきが起きます。
「あの本屋の店主のテトさんに渡したという紙袋。あの中身はもしかすると、ソラリス未亡人が書いた物語……だったりしないかしら?」
私の言葉にシャールは「そうですよ、シェリーヌ公爵令嬢!」と返事をすると、こんな推理を披露してくれます。
「もしかすると、亡き旦那さんへの想いを込めた物語を、書いたのではないでしょうか。それを……うーん、誰に渡そうとしたのでしょうか……?」
そこでドアがノックされ、ヘッドバトラーが顔を覗かせました。
まだ本棚を見ることができていなかったので、あと三十分程時間をくださいとお願いし、シャールと二人で確認を始めます。同時に推理を続けますが、ソラリス未亡人がなんらかの物語を書き、それを本屋の店主テトに託したところまでは分かりましたが……。そこから先が分かりません。
一方、本棚の蔵書は、小説の資料になりそうな本と、自身の愛読書と思われる本と、半々ぐらいでした。
「ベストセラーとなった小説はもちろん、ロマンス小説もありますね。シェリーヌ公爵令嬢、タイド・ティント・メーの本もありますよ」
「あ、本当だわ」
今日、本人に会えて、サインももらえ、黒鉛ももらえたのです。その作家の本がそこにあると分かると、なんだか気持ちも盛り上がります。
ですが結局、それ以上の収穫はありません。ヘッドバトラーの案内で、彼の部屋に向かうことになりました。
「使用人の部屋にお客様をご案内するのは、大変恐縮です」とヘッドバトラーは言うのですが、案内された部屋は、彼の気質を反映したかのような質実剛健なもの。やはり塵や埃はなく、ベッドもきちんとメイキングされています。
家具は文机と、クローゼットのみで、ソファセットやテーブルセットはありません。きっとそれらは共用部にあるのでしょう。
実にシンプルな部屋ですが、調度品は安物には見えません。質素ですが、必要となるものは、上質なものが選ばれていると感じます。ソラリスとその夫は、使用人を気遣っていたのだと、自然と伝わってきました。ベッドなんて、実にふかふかで、寝心地がよさそうに見えます。
「デンジャー、デンジャー」
いきなりしわがれた声が聞こえてきて、何事かとシャールが目を白黒させています。