ヒント
入った瞬間は、ズラリと並んだ本棚と蔵書の多さに圧倒されましたが、全体に空間が目立ちます。つまり、引っ越し直後のような部屋なのです。窓際に文机。暖炉の前にリクライニングチェア。
絨毯がないのは、遺体と共に運び出されたからでしょう。
「!」
剥き出しの床に浮かび上がる、黒い影のような痕。
ここでソラリスが絶命したのだと伝わってきます。
生前会ったことがない方だとしても、いろいろ話を聞くことで、もはや他人とは思えません。そのソラリスが心臓を刺され、さらに首を斬られ、ここで……。
そう思うと、一気に気分が沈みます。
それにこんなもの、サスペンスドラマでしか見たことがありません。
勿論、本物は初めてです。思わずドキッとしてしまいましたし、つい手を合わせると……。シャールが不思議そうに私を見ています。
それはそうですね。
この手を合わせる動作、つまりは合掌は、仏教が由来ですよね?
秀才で知られるシャールですが、さすがに仏教は知らないと思うのですが……。私の真似をして手を合わせる姿は、可愛らしくて仕方ありません! シャールみたいな孫がいたら、お祖母ちゃん、散財しそうですよ。
おかげで重苦しい気分も吹き飛びました。
「こちらが亡き奥様の姿絵です。お若い頃のものですが、お歳を召しても、この頃と変わらないくらい、若々しい方でした」
ヘッドバトラーに言われ、振り返ると、そこには肖像画や風景画が飾られています。その中に、白いドレスを着た女性が日傘を持ち、振り返っている絵がありました。
夏なので麻で出来たドレスなのでしょうか。透け感があり、とても美しく感じます。
そのドレスから伸びる手足はほっそりして、すべすべとしたミルク色です。
柔らかそうなバターブロンドの髪に、碧い瞳。
頬と唇は薔薇色で、とても血色がよく感じます。
ものすごい別嬪さん、という感じではありません。ですが大人しそうで、優しそうで、近所の少年たちの憧れのお姉さんみたいです。
まさかこんな方が、誰かに命を奪われることになるなんて。
世の中、本当に何があるか分かりません。
天寿を全うした私からすると、信じられないことです。
なんとかして犯人を見つけたい。そんな気持ちになっていると……。
「三十分程しましたら、お声がけさせていただきますね」
ヘッドバトラーは自由に見られるようにと、私とシャールを残し、部屋から出て行きました。こういう気配りも完璧ですね。彼なら貴族のお屋敷でも、十分通用するでしょう。
「ではシェリーヌ公爵令嬢、どこから確認しますか」
「そうですね。シャール様は、本を沢山読まれていると思うので、お詳しいと思うのです。ですから本棚を見ていただいていいですか。私は文机を確認してみます」
「分かりました!」
こうして文机に向かうと。
もう、心臓が止まるかと思いました!
いきなりあの案内標識が出てきたのですから。
本当に。
まだ十八歳ですが、前世での私でしたら、何度昇天したことか。
乙女ゲーム、心臓に悪いわ。
ただ、そこには……。
『引き出しに真相解明につながるヒントがあるよ!』
そんなことが書かれているではないですか。
たまには役立つ情報をくれるのね。
そこで引き出しを開けた私は、いきなりビックリです。
なんと引き出しには、黒のインクのボトルがぎっしり詰まっていました。
さらに下の引き出しには沢山の羽ペン。
一番下の引き出しは……。
「これは……」
大量の真っ白な紙です。
「どうされましたか、シェリーヌ公爵令嬢」
私の声に驚き、シャールがそばに来てくれました。
私が引き出しの中を見せると、シャールは……。