忠義
「シェリーヌ公爵令嬢、お屋敷が見えてきましたね」
「ええ、立派ですね」
シャールと二人で、馬車の窓から見える立派なお屋敷に、目が釘付けです。
ここはまだ王都の中心部。このエリアに住める貴族は限られています。
ましてや平民であり、資産家というだけで、これだけ立派なお屋敷に住めるとは……。
ところが。
さらに屋敷が近づくと、違う景色が見えてきます。
あえてそうしているのでしょうか。
塀のレンガが欠けていたり、庭木は手入れしていないせいでぼうぼうだったり、使っていないだろう部屋の窓には、蜘蛛の巣も見えます。見えるぐらい巨大な巣が張っているのです。
建物自体は重厚なのに、あえてお化け屋敷のような演出をしているのは……。
「これだけのお屋敷で、未亡人となると、いろいろと悪い考えで近づいて来る人間もいるのでしょうね。敢えてお化け屋敷のように見せ、人が住んでいないと思わせている……そんな風に思えます」
シャールが言う通りだと思います。
本当に、世捨て人のように暮らし、最愛の夫が残したオウム、そして沢山の本に囲まれ質素に生きていただろう故ソラリス未亡人。お会いしたこともない方ですが、慎ましやかなご婦人の姿が、目に浮かびます。
なぜ、そのような方が、むごい殺され方をされないといけないのでしょうか。
何か見落としている情報がないのでしょうかね。
そう思っているうちに、エントランスに到着しました。
するとそこにはちゃんとテールコート姿の老齢のヘッドバトラーが待っていてくれたのです。銀髪を綺麗にオールバックにして、シャツもピシッとして、革靴もきちんと磨かれています。白手袋をつけた手を胸に当て、お辞儀するその姿は、貴族のお屋敷にいるヘッドバトラーとなんら変わりません。
先触れなんて出していないのに、敷地内に入るのが見え、ちゃんと出てきてくれたのでしょう。
馬車が止まり、シャールと私が降りると、ヘッドバトラーは深々と頭を下げます。私はポマードが用意してくれた書類を渡し、シャールが訪問理由を分かりやすく説明してくれました。さらにそれぞれの身分を明かすと……。
「亡き奥様のために、わざわざありがとうございます。ではまず、奥様が使っていたお部屋へ案内し、その後、私の部屋にご案内します。そちらに奥様が可愛がっていたオウムもいますので」
「「よろしくお願いします」」
こうしてシャールと私は、屋敷の中へ入りました。
リリーさんとシャールの従者は、応接室で待たせてもらうことになっています。
まず、足を踏み入れたエントランスホールは、広々としています。
目につく限り、飾られている彫像、甲冑、絵画などに、埃や蜘蛛の巣は見当たりません。
これに驚いてしまいます。
「……エントランスホールだけは、なんとか私の方で維持させていただいています。お客様を迎える顔ですから。ここが汚れていては、奥様はもちろん、亡き旦那様の顔に、泥を塗ることになります」
ヘッドバトラーが当たり前のようにそう言いますが!
大変ですよ、これだけの広さのエントランスホールを維持するのは。しかもお一人で。来客があるかどうかもわからないのに、です。来客があっても、世捨て人のように生きていらしたのなら、王都警備隊の関係者ぐらいではないでしょうか、訪問するのは。
それなのに、今もこの世にいない主に忠義を尽くすなんて……。
忠義という言葉で、前世で見た白虎隊の時代劇ドラマを思い出し、頭の中で主題歌の「愛しき日々」が流れます。思わずうるっとしてしまったところで、ソラリスの部屋に到着しました。