トマトのように顔が真っ赤
「ちょっと自分、本部へ寄ってくるよ。さっきの店主の話で、いくつか気になったことがあったから」
これには「あらま、そうなの」と驚きます。
ポマードは飄々とした表情で話を聞き、この馬車の中で振り返りをしても、解決の糸口になるものはない……彼もまたそう思っていると思ったのですが、どうやら違うようです。
ここで一旦、馬車を下り、我が家の馬車に乗ることになりました。
今まで乗っていた馬車は、ポマードの馬車だったからです。
すると。
「あ」
今度はエドマンドがポマードのように、声をあげます。
どうしたのかと思ったら……。
タイドのサイン入り本を、先程の本屋に置いて来たというのです。
ミステリーが好きと言っていたエドマンド。
間違いなく、ミステリーの本が好きな訳ではなく、ミステリーの噂話が好きなのでしょうね。作家がサインしてくれた本を忘れるなんて!
本一冊買うにも真剣だった前世の記憶がありますから、ここはエドマンドに本屋へ取り戻るように伝えます。
「えええ、では従者を向かわせます」
「ダメです。同じ失敗を繰り返さないためには、時に痛い目に遭うことも必要ですわ」
「そんな……」
昭和を生きた私ですからね。正太郎がふざけてご近所さんの畑から大根を引き抜いた時は、その手にお灸を据えました。大根を育てるのに、どれだけの苦労がかかっているのか。それを面白半分で抜くなんて、許されることではありませんからね。我が子には善悪の区別がちゃんとできる子に育って欲しい。お灸は愛の鞭でした。
でも令和の今ではそんなこと、許されないでしょう。しかしここは中世の欧羅巴のような世界観。躾のための鞭打ちや手をつねることが許されています。ここはエドマンドに、従者ではなく、彼自身に本屋へ本を取りに向かわせました。
面倒でしょう。なんで自分が……。
そう思うかもしれませんが、そう思うことで「絶対に今度は忘れ物をしないようにしよう」と学習するのです。エドマンドは騎士を目指しているのですから、うっかりは命取り。そう言った意味でもこれはいい勉強ということで。
つい親心でそんな風に思ってしまいますが……。
この親の気持ち、子供にはなかなか伝わらないのですよね。雷父ちゃん、優しい母ちゃん。我が家の場合は、その逆でした。きっと正太郎は「母さん、昔はすごい怖かったんだよ。お灸を据えられたんだぞ」なんて昔話を、私のお葬式でしたかもしれませんね。
ふふ。
でも正太郎だって人の親になったのです。きっと私があの時、なんであんなに厳しく叱ったのか、分かってくれたのではないですかねぇ。
こうして。
ポマードは王都警備隊へ、エドマンドは本屋へ。
そしてソラリスの屋敷へは、私とシャールで向かうことになりました。
ただ、いきなり見ず知らずの私達が向かって、その屋敷に残るヘッドバトラーが対応してくれるのかと思ったら……。
ポマードは、自身の紹介であることを示す書類を、その場でささっと用意してくれたのです。私がエドマンドを説得している間に。
「シェリーヌ嬢。これを見せれば、問題なく、ヘッドバトラーは対応してくれるので」
「分かりました。ありがとうございます。……いざという時のために、ちゃんと準備しているのですね。成長されましたね、立派になりました」
私の言葉を聞いたポマードは、いきなりトマトのように顔が真っ赤になり、耳も首も真っ赤です。そんなに褒められたのが、嬉しかったのでしょうか。
「そ、それはっ、その、シェリーヌ嬢が『備えあれば患いなし』と教えてくださったからで……」
なんだか感極まった後、「で、では、自分は、本部へ行ってくるんで!」とダッシュで王都警備隊への建物へと向かっていきました。その背を見送り、シャールを見ると「 が多すぎます。みんな本気なんだ……」となんだかこちらはこちらで呟いています。
何はともあれ、私の馬車にリリーさんが戻って来て、シャールと三人で乗り込みました。
目指すはソラリスの屋敷です。