本屋の店主
「分かりました。ただ、今日は非公式なんですよ。ですから、知り得た情報は、口外不要でお願いします」
「勿論ですわよ。どんなことを聞かれるのか、そこが気になるだけですから。今後の創作活動にも役立ちそうですし」
そう言うとタイドは、鞄の中からさらに黒いチョークのようなものを取り出しました。さっき取り出していたのは、メモ帳です。
しかし、あの黒いチョークは何かしら?と、思わず尋ねると、タイドは巾着袋を取り出します。小さな鞄なのに! いろいろ入っています。まるで前世のアニメに登場する、なんでもポケットから出てくるロボットみたいですね。
「これはね、黒鉛よ。羽根ペンは持ち歩きが不便でしょう。でもね、これはほら、持ち手に丈夫な木綿糸が巻かれているでしょう。ここを持つと……こうやって字が書けるのよ」
なるほど。もしやこれは鉛筆の原型ではないでしょうか。
チョークのような黒鉛に、タコ糸のような糸を巻き付けたものは、確かに持ち運びに便利です。羽根ペンなんてかさばりますし、インクも必要ですしね。
「沢山あるから、良かったらどうぞ」
なんとタイドは巾着袋に入っている黒鉛を、全員に一本ずつくれたのです。その上で一枚ずつ、メモ用紙もくれました。
捜査と言いつつ、思い付きで行動していますから、筆記用具なんて持っていません。そもそもそう言ったものを持ち歩く習慣が、この世界ではないですからね。……何よりこの乙女ゲームは、いきなりイベントが始まるのですから、用意も何もないのですが。
でもこれで体裁は整いました。
そこで先程少しだけ話した店主の元へ向かいます。
店主の名前はテト。
御年六十六歳の、白髪白髭に丸めがねの好々爺です。
ソラリスのことを聞かれるのは、今日が初めてではないでしょうが、とても丁寧に教えてくれました。
「故ソラリス未亡人ですよね。ええ、覚えていますよ。事前に本の取り置きの依頼を受けることが多く、その時に使用人の名前ではなく、ご本人の名前を使われていたので」
取り置きの依頼は、書簡で届くこともあれば、使用人が直接来店し、口頭で店主に伝えることもあったそうです。
「それに丁度、十年前ぐらいからでしたかね。婦人は、肩に大変珍しい鳥を乗せ、来店するようになったのですよ」
「もしやそれは、オウムのことですか!」
つい私が尋ねると、テトさんは「ええ、そうです。オウムはご存知ですか?」と、私たちを見ました。皆、オウムのことは馬車で話していたので、「知っています」と答えます。するとテトは、オウムの説明は不要と分かり、話を続けました。
「ソラリス様は、そのオウムを大切にされていたようで、外出の際は、連れて歩いていると言っていました。なんでも亡くなられたご主人様からの、ギフトだったそうですよ。仕事が忙しく、留守がちにしていることから、ご主人はそのオウムをソラリス様に、贈られたそうです」
ここからソラリスと亡き夫との絆を感じさせる話を、聞くことになりました。