同じ手
「……女流作家さんですよね」
シャールのこの一言に、ご年配のご婦人の体がピクッと反応しています。
立ち去ろうしたのに、足を止められました。
「すみません、急に声を掛けてしまい。僕と同じ手をしていたので……」
シャールの手……。
ああ、そうね。シャールの手には沢山のペンだこができ、爪の間にインクが残っています。毎日のように物語を書いているシャールと同じ手をしている、そこから作家だと思ったのでしょう。
「……そうね。私としたことが……普段はグローブをつけているんですよ。それが今日は……バレてしまっては仕方ないですね。はい、そうです。私は作家をしているわ。……タイド・ティント・メーよ」
「「タイド・ティント・メー!」」
これには私とシャールが反応してしまいます。
この世界では、女流作家はそこまで多くいません。その中でタイドは、私でも知っている方でした。聖獣と悪魔の戦い、凶暴化した動物との人間の死闘など、女性とは思えないダイナミックな作品を書いている方です。
「今すぐ本を買うので、サインいただけないでしょうか」
シャールがまるで祈るように尋ねると「ええ、よくてよ」とタイドは答えてくれたので、よく分かっていないポマードとエドマンド、さらにはリリーさんや従者の皆さんまで、彼女の新作を購入し、サインをもらっています。
すると新たに店に入って来たお客さんも彼女に気が付き……。
サインを求める行列ができてしまいました。
急遽店主に事情を話すと、彼は想像通りの方。趣味で始めた本屋であり、二階をカフェにしたのも、本好きが楽しく集えるようにするためでした。
そんな店主ですから、サイン会をすることの許可も、あっさりもらうこともできたのです。
そうなったらやりきるしかありません。
てきぱきお客さんを整列させるのは、ポマードとエドマンド。
警備隊員であるポマードは、こういう群衆をコントロールするのはお手の物。エドマンドはそのポマードを手伝っています。即席サイン会は三十分程続き、なんとか収拾がつきました。
「あなた、素晴らしいわ。まるでイベントのスタッフみたい。本職の方かしら?」
タイドに褒められ、ポマードは「それほどでも」と嬉しそうに頭をかく。
「自分は王都警備隊の隊員ですから。王族の皆様のパレードやイベントで、群衆を整備するのも、任務の一環です」
「まあ、王都警備隊の隊員さんだったの。……でも隊服ではないですわよね? 今日はプライベートでこちらの本屋に?」
「そうですね。プライベートで仲間たちと会っていたのですが、ちょっと担当している事件の調査も兼ねてここへ来ました」
ポマードのこの言葉を聞いたタイドの瞳が輝きました。
小ぶりの鞄から何かを取り出しながら、ポマードに尋ねます。
「本屋で何か事件が起きたのかしら?」
「いえ、事件は被害者の自宅で起きました。ただ、殺害される二日前に、この本屋に立ち寄っているのです。何か関連することがないか、確認しにきました」
「まあ、そうなのですね。……これから捜査を?」
ポマードが「そうです」と答えると、タイドはこんな提案をしました。
「私、普段、クライム・ノベルは書かないけれど、興味がありますの。皆様が捜査する様子、拝見させていただいてもいいかしら? サイン会にも協力しましたし、いいですわよね?」
確かに無償で即席サイン会をやってもらっているのです。「ダメです」とは言えませんよね! それにシャールと私は、あのタイドとまだ一緒にいられることに、大興奮状態です。
ポマードには「いいですよ」と返事をするよう、念を送ってしまいます。