一期一会
「ポマード、ここは公平にしないと」とエドマンド。
「そうですよ。自分だけ抜け駆けはズルいです」とシャールまで言い出しました。
「ちぇっ。仕方ないなぁ」と言っているポマードは、まるで学生時代に戻ったかのようです。
そして三人は、一斉に私へ手を差し出しました。
これには……何をやっているのかと、笑うしかありません。
三人の手を順番にぱしっ、ぱしっと叩き「リリーさん、来て頂戴」と侍女を呼びます。ここで一人だけ選ぶと、絶対に拗ねますからね。表向きはなんともないという顔しても、ずっと覚えているものです。ですから選ばないが最善。
リリーさんにエスコートしてもらい歩き出すと、三人は「「「そんな~」」」と情けない声を出しながら、私とリリーさんの後に続きます。
カランという音と共に扉を開け、店内に入ると……。
静かです。そしてインクの香りを感じます。
いいですね。
本屋さん。
いつだって本屋さんに入る時は、わくわくします。
本屋さんはお店によって品揃えが微妙に違いますから。私はいつだって待ち合わせ場所は本屋さんにしていましたよ。だって少し遅れたぐらい、気にならないじゃないですか。本のタイトルを眺め、新しい出会いに胸をときめかせることができるんですよ。
孫たちは、ネットサイトで売れている本しか見ないなんて言っていましたけど。タイトルにインスピレーションを受けての一期一会を、ぜひ本屋さんで体験してほしいと思いますね。
棚に並ぶ本のタイトルを眺めていると、前世での幼い頃の記憶が蘇ります。
少ないお小遣いを握り締め、どの本にするか迷った一時間。手の平は汗ばみ、硬貨の匂いがついてしまって……。
――「僕ならこの本を買います」
そう、そう。
初めて買った翻訳された洋書。あれを薦めてくれたのは、都会から転校してきた「坊ちゃん」という、一人だけいつも洋装の男の子だったわ。あの時、すすめてくれた本、タイトルはなんだったかしらねぇ?
「お嬢様」
リリーさんに手をぐっと掴まれ、つんのめりそうになるのをなんとか堪えます。「大丈夫ですか」とエドマンドの声もしました。
すっかり前世の思い出に浸り、前を見ていなかったところ。
階段から降りてきたご婦人と、ぶつかりそうになっていたのです。
私はリリーさんに支えてもらい、ご婦人を支えたのは、咄嗟に動いてくれたエドマンドでした。
「大変申し訳ありませんでした」
私が謝罪すると、ご婦人は「いえ、お気になさらず」とその場を立ち去ろうとしています。銀朱のドレスには白のフリルがたっぷりで、被った帽子にも白の羽飾り。オレンジブラウンのクセのある髪に、琥珀色の瞳の美しい方ですが……。よく見ると、口元目元と皺があります。
こういう時、ついそこを見てはいけないと思うのですが、なんとなく目がいってしまうのは……。前世で私がおばあちゃんだったからですね。よく鏡を見ては「あらやだ、皺が増えたわ」なんてやっていましたから。
ということでご婦人は、服装よりうんとご年配なんだと分かりました。それでも五十代ぐらいでしょうか?
婦人が去った後には甘い、甘い香りが漂っている……と思いましたが、それはどうやら二階のカフェから漂って来ているようです。ホットケーキを焼くバターのいい香りが、この二階へ続く階段付近に漂っていました。
「あの……」
そこでシャールが突然声をあげるので、みんなの視線が彼に向けられます。