読者家が好む本屋さん
「それがさ、事件が発覚したのは、オウムの鳴き声だったんだよ。侍女は夜半過ぎにワインセラーの整理を終え、自身の部屋に戻ることにした。一応、主である故ソラリス未亡人に声をかけようと部屋に向かったら……」
オウムの鳴き声が聞こえ、ドアはいくらノックしても反応がありません。
そこで慌てて侍女が部屋に飛び込むと……。
そこには血まみれのソラリスの死体。
そしてけたたましく鳴いているオウムは「デンジャー、デンジャー」と繰り返していたというのです。
「それって危険を主に知らせようとしていた……ということか?」
エドマンドが言う通りだと私も思いましたが、ポマードも「そうだと思う」と答え、こう続けます。
「飼い主が目の前で殺されるのを、そのオウムは見ているしかなかった。だって、オウムだもんな。どうにもできないさ。それでも必死に、飼い主を助けたくて『危険だ、危険だ』って知らせたのかと思うと……。せつないよ。オウムのためにも、絶対に犯人を捕まえてやらないとな」
これには私も同意です。
でもしかし。世捨て人のように生きているソラリスを、なぜ殺す必要があったのでしょうか。
そこが分からない限り、どうにもならない気がします。
「お、着いたぞ」
ポマードがそう言うのと同時に、緩やかに馬車が止まりました。
馬車から降りると、そこには、そう大きくはない書店があります。
くすんだようなローズダスト色のひさし、一部崩れた部分もあるレンガ色の二階建ての建物。よく見ると一階は書店、二階はカフェで、購入した本をすぐに読めるようになっていました。
これは……読者家が好む本屋さんですね。大通りではなく、裏路地にひっそりあるのも正解です。店先の看板を見ると、各種ハーブティーや、パウンドケーキ、クロテッドクリーム付きのスコーンなどが、メニューとして紹介されています。のんびりお茶を楽しみながら、読書ができそうです。
なぜソラリスがこの本屋に足繁く通っていたのかが、よく分かる気がしました。
「うーん、だいぶさびれているなぁ。今にも潰れそうだ」
「だろう? でも本屋と言えば、毎度ここだったらしい」
エドマンドはミステリーが好きと言っていましたが、読書家というわけでないのです。そしてポマードについては多分、本より即行動派なのでしょう。この本屋の良さが分かるのは……。
「シャール、あなたはこの本屋さんのこと、知っていたのかしら?」
「残念ながら知りませんでした。ですが知っていたら、利用したと思います。……ただ、場所が場所ですから。ここは大衆向けのお店だと思います。いわゆる庶民の読書家が愛好する本屋だと思いますね。カフェのメニューの値段も良心的ですし、きっと店主が趣味でやっているようなお店ではないでしょうか」
さすが、シャール!
そこまでちゃんと見ているなんて。
目に見えて分かるシャールの成長を目の当たりにすると、息子の正太郎が、ついにガキ大将を土下座させた日のことを、思い出してしまいます。
あの日は鰻にするか、赤飯にするかと大騒ぎだったわね。
「シェリーヌ嬢、店の中に入らないのか?」
ポマードがひょいと私に手を差し出しました。
見ると既にリリーさんや従者たちも馬車から降り、店内に入る準備はできています。
私は「入りましょう」と返事をしつつ、ポマードが差し出している手に、目を戻しました。
これは「店に入るだろう。なら自分がエスコートするよ」ということですね。私はポマードが差し出した手に、自分の手を載せようとしました。
すると……。