怪しい人物は……?
このような場合、まず身近な人物に疑いの目が向けられるとのこと。本当に離れにいたのか、自身の証言しか証拠がない馬丁と料理人は、徹底的に調べられることになりました。
しかし、調べた結果。
彼らにソラリスを殺害する理由は、見つかりませんでした。
何よりソラリスは世間に疎く、使用人の給金を言われるがままの金額で渡していたのです。それだけ夫の残した資産が、膨大だったというのもあります。「今月はちょっと苦しくて、もう少しいただけると……」と言われれば、気前よく渡していたのです。そんな主を殺す必要は、使用人にはありませんでした。
ソラリスが亡くなったところで、その資産を使用人である彼らがもらえるわけでもないのですから。
そうなると同じ敷地内にいた人間ではなく、外部の人間が怪しいのではないか。そうなったのですが――。
ソラリスは人嫌いというわけではないのでしょうが、屋敷にこもることが多く、滅多に外へ出掛けることはありません。屋敷の外へ出るのは、持病の腰痛の月に一回の診察、時々思いついたように自分や使用人に食べさせるために洋菓子店に向かったり、本屋へ出向いたりするぐらいです。
そんな生活を十年以上続けているので、知り合いも減り、友達と呼べる人物もあまりいません。しかもソラリスは孤児であり、夫の両親も既に他界しています。夫の弟は、夫婦共に、隣国へ移住していました。夫の葬儀で会った際も、遺産相続はトラブルなく終わったそうです。ゆえに亡き夫の弟夫婦は、文句なく帰国し、以後、没交渉。
そんなソラリスは、日々を何して過ごしていたのか。
ソラリスは、少女の頃から読書好きでした。自室には、彼女が大切にしていた本が、びっしり本棚に整然と並んでいます。冬であれば暖炉に当たり、夏であれば窓を開けて涼をとり、自室で本を読んで過ごしていたというのです。三度の食事やティータイムさえも自室で摂り、屋敷の中でもソラリスが行く部屋は、限られていました。
つまりは完全に、前世で言うなら引きこもりに近い生活を、ソラリスは送っていたのです。
そんなソラリスが殺害されたとなると、怨恨の線は限りなく薄くなります。何せ人付き合いがないのです。犯人として誰も浮かび上がりません。腰痛を診察する医師を調べても、洋菓子店や本屋の店主や従業員を調査したところで、ソラリスを害する理由が見つかりません。
あくまで客の一人であり、ソラリスが亡くなることで得るメリットも、大きなデメリットもありません。
では夫の残した遺産を狙ったのか……となったのですが、ソラリスが残している遺書には「自分の死後、全財産をヨータリー孤児院に寄付します」と表明されていました。つまり、ソラリスが死ぬことで、その遺産が手に入る人間というのも存在しないのです。
そうなるとなぜ、殺されたのか……となります。
犯行動機が完全に不明です。こうなると強盗が侵入し、鉢合わせをしたソラリスを殺害した。たまたま屋敷に立ち寄った人間が、通り魔的に殺人を犯した。そんなことも考えることになるのですが……。
ソラリスが殺害されたのは、あいにくの雨の日。しかもソラリスが殺害された時刻以降、本降りとなりました。もし強盗犯や通り魔が屋敷へ来ていたとしても、足跡も馬車の痕跡も、残っていません。
結局、捜査は行き詰まり、担当しているポマードも困り切っていました。そこで私達に知恵を貸して欲しいと、久々の再会の席で、資産家老婦人殺害事件について話したわけです。