プロローグ
「……というわけで、容疑者が誰なのか、まったく分からなくて」
初夏の平日のティータイム。
街のカフェのオープンテラス席は、大賑わいです。
歩道や馬車道との区別のため、テラス席の周囲にはアジサイが生垣のように植えられています。紫や青のアジサイが、美しく咲いていました。
日本だと梅雨と言われるこの季節。
こちらの世界では、もう夏を思わせる明るい陽射しです。日没の時間が夜の21時となり、サマータイムも始まります。
カラッとして過ごしやすいこの季節、白い丸テーブルをぐるりと囲むように座っているのは、時計周りでエドマンド、ポマード、シャール、私ミーチェ・シェリーヌです。
三人の男性は、まるでそうすると約束したかのように、白シャツに黒のズボンという姿。エドマンドは、相変わらずシャツのボタンを多めに開け、袖はまくり上げ、上腕二頭筋が見えています。ポマードは、意外にもきっちりタイをつけ、ピシッとした装いです。かつての不良少年の面影はありません。シャールは涼し気な麻のアイスグリーンのショールを首に巻き、とてもお洒落です。
私はというと、アジサイを彷彿させる瑠璃色のドレスを着ていました。
学校を卒業し、エドマンドは騎士養成学校に入学し、今日は山岳訓練の翌日で、学校が休み。
ポマードは、王都警備隊という前世で言うならば警察組織のような国の機関に入隊し、今日はオフ。シャールは一年間のモラトリアム期間中で、物語を書きつつ、剣術の訓練に励んでいました。
個別で会うことはあったものの、四人で揃うのは、これが久しぶりのことです。
離れたテーブルには私の侍女のリリーさんや男性陣三人の従者もいて、こちらの四人も久しぶりに勢揃いして、会話の花を咲かせています。
私達四人はというと、ポマードから聞かされた話に「うーん」と考え込む事態になっていました。
ポマードは最近、研修期間が終わり、現場仕事を任されるようになったとのこと。そこで先輩の警備隊員と共に、資産家老婦人殺害事件の捜査を任されたというのですが……。
資産家老婦人殺害事件。
殺害された老婦人の名は、ソラリス・ママレード。平民でしたが、夫は資産家で、子供はいません。十年前に夫が亡くなった後、多くの資産を相続した故ソラリス未亡人は、貴族が住むような豪華な屋敷に、五人の使用人と共に暮らしていました。
ヘッドバトラー、侍女、メイド、料理人、馬丁は、母屋に部屋を持つ侍女を除き、全員離れで住み込みです。
ソラリスが殺害された日、ヘッドバトラーは週に一度の休みの日。料理人とメイドは「今日は夕食はいらないから、もう戻っていいわ」と言われ、離れに戻っていました。
馬丁は既にその日の仕事を終え、離れで夕食を摂っています。侍女はソラリスの指示で、ワインセラーの整頓を任されていました。
ちなみにワインセラーには、取引のある商会の人間も、その日の仕事を終え、駆け付けています。つまり侍女のワインの整頓を、商会の人間も手伝っていたのです。
なんでもソラリスの夫はワインマニアで、希少と言われるワインを集め、ワインセラーを満杯にしていたというのです。
ソラリスは自分でワインセラーに近づくことは、夫の生前も亡くなった後も、ありませんでした。ですが殺害された前日に突然、母屋の地下にあるワインセラーの整頓を、侍女に命じたというのです。
普段であれば、ソラリスのそばには使用人の誰かがいるはずなのに、殺害されたその日のその時間は、誰もいない状況でした。地下に侍女と商会の人間はいましたが、部屋でソラリスが一人の時に、何者かに殺害されてしまったのです。
お読みいただき、ありがとうございます。
新章はミーチェと一緒に謎解きしながらお楽しみいただけると嬉しいです。