親子の絆
シャールはまだ父親が、自分の書く物語になど興味を持つはずがない――そう思っているようですが、それは違いますね。公爵の顔は、好奇心で輝いているのですから。
シャールもそこに気づき「ハッ」としています。
「シェリーヌ公爵令嬢の言う、そのドラゴンへ立ち向かうという物語。父さんに聞かせてくれるか?」
「ち、父上は、僕が書くような物語が、き、気になるのですか……」
「こう見えて父さんだって子供の頃は、木刀を使ってドラゴン退治ごっこをしていたんだ。それにわたしの息子が書いている物語。当然気になるさ。ただなんとなくお前は隠すように物語を書いているから、そっとしておいただけだ。本当はずっと、ずっと気になっている」
レオンハイム公爵の言葉に、シャールの顔がパーッと輝きます。
でもすぐに真摯な顔になり、公爵に問いかけます。
「僕は……剣術が、運動全般が苦手です。本を読むのが好きで、それが高じて自分も物語を書くようになったのですが……。父上はきっと運動が得意で、剣術ができる方が好ましく思っているに違いない。そう思い、物語を書くのは、隠すようにしていました……」
するとレオンハイム公爵は、シャールの頭に自身の手をのせ、くしゃっとすると、快活に笑います。
「そんなこと、父さんは一度も思ったことがないぞ。シャールは勉強が得意じゃないか、父さんと違って。この公爵家を継ぐのに、シャールのその頭脳は絶対に役立つはずだ。それにシャール、お前は言葉の使い手なのだろう? だったら思ったことがあったら、ちゃんと父さんに言ってくれ」
そこでシャールの頭から手をおろし、レオンハイム公爵は自身の頭を掻きます。
「シャールは母さん似なのだろうな。あいつは本を読むのが好きだから。父さんは頭の中も筋肉だから、きっとシャールには敵わない。だから自分の想いを文字にできるシャールが、すごいと思う。もう隠さず、堂々と書いてくれ」
今度こそシャールの顔は、満点の笑顔です。
理解し合った父親と息子の姿。
なんだかいいわねぇ。
親子の絆と言えば。
ふとあのドラマを思い出すわ。
トラック運転手の父親が、最愛の奥さんを失って、息子を頑張って育てていくお話。
広島県が舞台で、ドラマも良かったし、あれを見て瀬戸内海を旅行したくなったのよね。
「シェリーヌ公爵令嬢」
レオンハイム公爵に呼ばれ、思わず「はい、はい」と返事をすると、公爵とシャールが顔を見合わせて爆笑する。
「シェリーヌ公爵令嬢は、息子とは同い年とは思えない言動をされるのですな」
「まあ、そうですか、おほほほほ」
本当に、それはその通りですからね!
そう言われてしまうともう、ねぇ。
「何はともあれ、君のおかげだ。ずっと気になっていた息子が書いている物語。その物語について、息子と話すことができそうだ」
レオンハイム公爵がシャールを見ると、彼はとびっきりの笑顔で頷きます。
「最強の武器とは何であるか。最強の者は誰であるか。教えてくれてありがとう」
レオンハイム公爵が手を出し、握手することになりました。
これが蛮族を撃退し、猛者と知られるレオンハイム公爵の手なのですね。
大きくて、がっしりとして、頼りがいがある手です。
公爵との握手を終えると、シャールがハキハキとした口調で、私に声をかけました。
「シェリーヌ公爵令嬢、ありがとうございます! あなたのおかげで、僕は……一歩前に踏み出せた気がします。苦手だと思って、ずっと運動を避けていたのですが、僕、剣術をもう一度習おうと思います」
急にキリッとしたシャールが、レオンハイム公爵の顔を見ると、公爵は大きく頷きます。