最強の武器
「父上は……。僕が物語を書いていることは、知っています。でもそれだけです。僕は、運動が全然ダメでしたが、勉強だけは得意でしたから……。来年になったら、アカデミーに行き、そこで経営学を学ぶなら、この一年は好きなようにしていいと言われています。物語を書きたいなら書けばいいとか、そういうことは言われていません。それに僕から物語について話すつもりないです。父上は……興味ないと思います」
ここはどうしてもおせっかいを、焼きたくてなってしまいます。
シャールとの楽しいお茶会が終わり、今度は一緒に街の本屋へ行く約束をした後。私はレストルームへ行くと伝え、リリーさんを探します。
リリーさんは応接室にいました。そこでこの後、レオンハイム公爵に、エントランスホールへ来てもらえるよう、リリーさんに伝言を頼みました。
レストルームから戻り、私が帰ることを伝えると、シャールはちゃんとエスコートしてくれます。エントランスホールに着くと、そこにはリリーさんとレオンハイム公爵が待っていてくれました。
私はそこでお茶会への招待の御礼とあわせ、レオンハイム公爵に、こんなことを尋ねてみました。
「蛮族を撃退し、猛者と知られるレオンハイム公爵にとって、最強の武器とは何でしょうか?」
「それは……剣であろうな。槍は戦場において、馬を走らせ、投擲することも多い。弓矢の矢だって放たれてこその攻撃。両方とも、手元から消えることが多い。剣だって折れることもあるし、連続では斬りにくい。だが刺すことはできる。そういう意味ではわたしは、剣こそ最強の武器と考える」
「なるほど。さすがのレオンハイム公爵のお考えだと思います。……そうなりますと、剣を使える者こそ、最強でしょうか」
「そうだろうな」とレオンハイム公爵が強く頷くと、シャールの視線は、ホールの大理石の床へと落ちてしまいます。
「でもこの世界には、剣を使えなくても、最強となり得る人物がいます」
「ほう、それは面白い。一体それは誰だろうか?」
レオンハイム公爵がその鋭い眼差しで私を見ました。
戦場で、命のやり取りの経験がある人の目ですね。
前世でも見たことがある瞳です。
圧倒されますが、深呼吸をして、「それは彼です」とシャールに視線を向けます。
視界の端にレオンハイム公爵の「困ったな」という表情が見えましたし、当のシャールは驚いて一瞬顔を上げましたが、すぐに俯いてしまいました。
「シャール様は、物語の書き手です。つまり、言葉の使い手。言葉は人の心を動かすものだと思いませんか。レオンハイム公爵も戦場に出る前に、部下たちを鼓舞する言葉をかけると思います。指揮官の熱い想いが伝われば、部下の皆さんの意欲も湧くのではないでしょうか」
リンカーン大統領やキング牧師も。言葉で人を動かしましたからね。
言葉は剣と変わらない武器になるはずです。
「シャール様が書いている物語で、こんなシーンがありました。圧倒的な強さのドラゴンに立ち向かう時、みんなの心は折れそうでした。そこで主人公が仲間に語り掛ける言葉を、先程のお茶会の席で教えてもらいましたが……。それはとても胸を打つものでした。ぜひ、シャール様とこの物語について、話してみてはいかがですか?」
レオンハイム公爵がシャールを見ますが、まだ彼は俯いたままです。
シャール、ここは勇気を出してみて!と、ハラハラと親心で彼を見てしまいます。
「シャール」
レオンハイム公爵の声に、シャールがビクッとして顔を上げます。