プロローグ
黄色のミモザの花を見ていると、私自身が子供の頃に見た、菜の花畑を思い出します。
私が生まれた家は、大きな平屋の一軒家。
そうなると、どこぞのお嬢さん?と思うでしょう。
違うんです。
周りは畑や田んぼばっかり。その向こうに見えるのは山の稜線。
春にはモンシロチョウが飛び、夏には蛙の大合唱、秋には虫の声、冬にはツグミがやってきます。女の子の多くがおかっぱ頭で頬が赤くて、男の子はたいがいがいが栗頭に鼻水をたらして。
春になると、唯一の鉄道駅の周辺が、菜の花で満開になるんです。
そこによく足を運びましたね。
ああ、そうそう。
一人。
都会から転校してきた男の子がいて。
彼だけは髪が長くて、紺色のズボンに白のハイソックスに革靴をはいていたから「坊ちゃん」と呼ばれていたわね。
他の男子とはちょっと違うから、女の子たちはみんな緊張しちゃって。
何よりまだみんな着物を着ていたから。洋装の男の子ってだけで、近づきがたいってなっちゃうの。
ふふ。懐かしいですね。
毎日のようにドレスを着ている今の私なら、あの「坊ちゃん」の横に堂々と立てそうです。
窓を開けると、春のなんだか少し生ぬるいような風が、部屋の中に入り込んできます。
鳥の鳴き声も聞こえ、シェリーヌ公爵家の庭園は、色とりどりの花が咲き誇り、春爛漫です。
すると自然に脳の中で、あの童謡が流れるのです。てっきり「菜の花畑」というタイトルかと思っていたのですが、あれは「おぼろ月夜」というんですよね。しかも私のイメージでは、昼間の菜の花畑。ですが歌詞をよく思い出すと、夕方の春の景色を歌っている。
でも春風が気持ちいい今。
見上げた霞んだ空こそが、この童謡にピッタリに思えてしまいます。
女学校を卒業し、一年が経ちました。
この一年でいろいろなことがありましたよ。
まずはあの案内標識。
断罪イベントをクリアしたから、特典を選びなさい、ってあれね。
一旦は無視しましたよ。
特典と言いますけど、私からすると、ただ煩わしいだけですからね。
でもそうしたら、ずーっと消えてくれないのです。
正直、自分しか見えていませんから、気にしなければいいのでしょうが……。
気になりますよね。
仕方ないので、選ぶことにしました。
ただ、案内標識に並んだみんな、エドマンド、ポマード、シャール、キーファース、キャンベル……友達であり、先生であり、国王です。既に友達になっているエドマンド、ポマードのルートを進むということは、恋仲になってしまいそうではないですか!
孫と年齢の変わらないエドマンドやポマードと恋をするなんて!
無理ですね。
そこで「シャールのルートを解放する」を選んだのです。
するともうビックリ。
卒業式から一週間後。
突然、シャールの父親であるレオンハイム公爵から手紙が届いたのです。
何事かと思ったら「シャールがお茶会を開くので、良かったら顔を出して欲しい。正式な挨拶もまだだったので、自分も挨拶をしたい」という趣旨の手紙でした。
シャールは三人の令息からいじめられていたのですが、その彼を庇っていたのが、ポマード。私はてっきりポマードが三人の令息をいじめていたのかと思い、仲裁しようとして、真実を知ったわけです。
その一件を機に、ポマードは熱血教師のキーファースと仲良くなり、いじめ撲滅に尽力。シャールもいじめから解放され、卒業式では婚約破棄され、断罪される私を助けようと声をあげてくれました。
同い年なのに、シャールは線が細く、金髪はおかっぱの長さなので、まるで女の子みたいです。そのシャールが懸命に私とポマードを庇う言葉を口にする姿を思い出すと……。やはり自分の子供のように、抱きしめてあげたい気持ちになってしまいます。
そのシャールの父親であるレオンハイム公爵からのこのお誘い。お断りするわけにはいかないですね。足を運ぶことにしました。
お読みいただき、ありがとうございます。
とても大切にしている作品です。
新章、お読みいただけると嬉しいです!