ターナー帝国を守る。
宮殿の庭の一画には、ヒヤシンスの花壇がありました。
ヒヤシンスは耐寒性が強く、北東に位置する寒冷地のターナー帝国でも、春先のこの時期、元気に青色の花を咲かせているのです。
「ミーチェ、青いヒヤシンスの花言葉をご存知ですか？」
「知っていますよ。『変わらぬ愛』。この世界では少し違う神の名で語られていますが、前世ではギリシャ神話に基づいていますよね。二人の神から求愛された青年が、嫉妬した片方の神により大怪我を負うことになり、命を落とします。残された神の一人は深く悲しみ、青年が流した血からヒヤシンスの花が生まれた。ゆえに『変わらぬ愛』という花言葉を持つのですよね」
「さすがですね。静江さんは学校によく花を持ってきて飾っていましたから、花好きとは思いましたが、こちらの世界では本領発揮では？」
坊ちゃん……セシリオのまさに言う通りです。
こちらの世界で花は日常的な贈り物として大活躍。王侯貴族は競うようにして庭園を手入れして、お茶会を開き、披露していますからね。花言葉は多くの人々が教養の一環で知っているのです。
「この花壇のヒヤシンスは全てミーチェに捧げたいです。わたしの気持ちとして」
「まあ、大袈裟ですよ、セシリオったら！ それにこの子達はここでこのまま咲いているのが一番。みんなの目を楽しませてくれますからね」
「やはりそう言うと思いました。ミーチェは謙虚ですから。……父上も母上も、ミーチェが褒賞を全て辞退するから、困り切っているんですよ」
褒賞。
そうですね、皇帝陛下夫妻は驚くような品々を私に贈りたいと言ってくれました。
ですが私がしたことは、あくまで自分の第二の故郷となるこのターナー帝国を守りたくて動いたこと。決して手柄を褒められ、何かを得るためではないですからね。
ターナー帝国を守る。
ここは乙女ゲームに基づく小説の世界。
ゲームはずっと続いているようです。
いつも突然現れる案内標識。
寿命を削られるのではと思うくらい、毎度驚きますが、今回は非常にビックリさせられました。期間限定イベントを解放しないと、ターナー帝国が滅亡するというのですから！
前世では結ばれず、この世界でようやく結ばれることができる坊ちゃんの生まれ故郷が滅びるなんて！ しかも私が嫁ぐ国です。滅びるなんて困りますよ！
そこであの日。
そう雪花翡翠の採掘場に行ったあの日に、セシリオに案内標識が知らせた恐るべき未来について説明し、二人して動くことになりました。
セシリオはラニーニャ現象を持ち出し、皇帝陛下を説得。干ばつに備え、ため池を作り、食料を備蓄することを訴えたのです。さらに害虫被害に備え、天敵となる虫や鳥を入手。
シャールと私も両親に頼み、ターナー帝国で干ばつが起きる可能性があるので、支援をお願いしたいと頼みました。レオンハイム公爵も私の両親も、婚約のお祝い気分で盛り上がっていたので、喜んで助けてくれたのです。
その一方で。
雪花翡翠のイベントに手を出すことはできないので、別の何かでターナー帝国を支えることができないか。私は考え、ひらめいたのです。
鳥たちが楽しむ樹液について知ることで。
ターナー帝国は平地が少ないのですが、その代わり野山が多く、そこに自生している木々は楓でした。
楓。
楓といえば、メイプルです。
そしてその樹液、それすなわちメイプルシロップ！
そもそもこの世界にメイプルシロップが存在しているのかというと、それは「NO」でした。ホワイトバーチウォーターとして白樺の樹液は昔から活用されていましたが、メイプルシロップについてはまだ皆さん、その価値と利用に気が付いていなかったのです。
この大陸では、楓の木より白樺の木が広範囲で自生しています。よって皆の目が向かうのは白樺だったのです。確かにホワイトバーチウォーターは、昔からこの大陸で利用され、長い歴史を持ちます。ですがメイプルシロップだって前世では人気でした。
テレビのワイドショーで紹介されていたんですよ。メイプルシロップは年齢と共に不足しがちなカルシウムやカリウムを豊富に含み、蜂蜜よりも低カロリーだと。生活習慣病の予防になると。それにポリフェノールがたっぷりだから、老化予防にも効くらしいんですよ、奥さん！ってね。
そういった細かい効能は、この世界では「？」となってしまうでしょうが、パンケーキにかけた時のメイプルシロップのおいしさ。料理にも活用できるメイプルシロップの旨味が伝われば、ちゃんと人気になると思うのです。
そしてターナー帝国は白樺の木ではなく、楓の木が沢山あるんですよ。メイプルシロップを特産品にしない手はないと、セシリアに提案したのです。
セシリアも転生者ですから、メイプルシロップの良さはすぐに理解してくれました。そしてこの世界における森林の専門家である樹木学者、ホワイトバーチウォーターに詳しい人物を招き、楓の木からメイプルシロップを手に入れるにはどうすればいいか、すぐ様実践研究を始めてもらったのです。
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最終章開始
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