一言ビシッと
レオンハイム公爵に隠れるように、でも懸命にあのシャールが、私を庇う言葉を伝えてくれたのです! 同い年なのに、シャールは線が細く、金髪はおかっぱの長さなので、まるで女の子みたいでした。そのシャールが懸命に私とポマードを庇う言葉を口にする姿を見ると……。孫と言うより、自分の子供のように、抱きしめてあげたい気持ちになってしまいます。
一方、いきなり教師、レオンハイム公爵、従兄弟から、私に非はないと言われたジョナサンは……。完全に目が泳ぎ、どうしていいのか分からない状態です。
そこでヒロインが再びジョナサンに耳打ちし、彼はまだ何か言おうとしたのですが、私としては、タオルを投げたい気持ちになっていました。
その私の想いが届いたのでしょうか。
「もう良い。ジョナサン、それ以上、口を開くではない。そしてその隣で、先程からこそこそとジョナサンに耳打ちしている、シカリアーナ・ララック子爵令嬢。私の息子は、操り人形ではない。見ていて不快だ。言いたいことがあるなら、自分の言葉で申すがいい」
ビシッと告げたのは、なんと国王陛下です。そのお姿は……痺れてしまいます。御年三十九歳。まだまだお若く、ジョナサンとそっくりの金髪碧眼ですが、見掛け倒しではありません。しっかり芯があり、国民からの人気も高いお方です。
一方、まさか国王陛下からいきなり話しかけられるとは思っていなかったヒロインは、鯉のように口をパクパク。言葉が出ません。隣にいるジョナサンは、“ヒロインに操り人形のように動かされている間抜け”と、皆の前で指摘されたも同然。わなわなと震え、こちらはこちらで言葉が出ないようです。
こうなるともう、今すぐごめんなさいして終わりにしましょう――そう、言いたくなってしまいます。ですが私がそうするまでもなく、決断力もあり、有能な国王陛下が、指示を出してくださりました。
「何も言うことがないと言うのなら、シカリアーナ・ララック子爵令嬢、もう屋敷へ帰るがいい。そしてララック子爵には明日、私に会いに来るよう、伝えよ」
「か、かしこまりました、国王陛下」
かろうじて声を絞り出したヒロインは、お辞儀をすると、ヨロヨロとホールから出て行きます。ジョナサンはそのヒロインには、目もくれません。
ヒロインはこの乙女ゲームの主人公だと思うのですが、これでよいのでしょうか。不安になってしまいます。
「ジョナサン」
「は、はいっ、父上!」
「お前はミーチェ・シェリーヌ公爵令嬢と婚約破棄をすると言い出した。だがそれは間違いだ」
国王陛下の言葉を聞いたジョナサンの顔は、なぜか嬉しそうになっています。間違いと指摘され、喜ぶとは……。ジョナサンの心境が理解できません。やはりこの世界でも、今時の若い子が考えることは……分からないですね。
「ミーチェ・シェリーヌ公爵令嬢」
「はい、国王陛下」
「そなたは良き友に恵まれた。それはそなたの人徳故であろう。我がバカ息子には勿体ない。大変申し訳ないが、ジョナサン・アレクサンダー・キャンベルとの婚約は、そなたから破棄してもらえぬか? 国王の権限で、そなたの非は問わない。このバカ息子に灸を据えると思い、一言ビシッと告げて欲しい」
「そんな、父上! わたしは、わたしは、ミーチェと婚約破棄するなんて、嫌です!」
あらまあ、一体どういうことかしら? ジョナサンはさっき、自分から婚約破棄すると言っていたのです。御父君はこんなに聡明なのに。でも出来が悪い子は、それはそれで可愛いのよね。ここまでダメダメだと、守ってあげたくなります。
「ジョナサン。自分が言った言葉には責任を持て。お前はシェリーヌ公爵令嬢に、自ら『婚約を破棄する』と告げたのだ。自身が王族という身分であることを忘れたのか? お前が言葉を発した瞬間から、その言葉には責任が伴う。そしてもうお前とシェリーヌ公爵令嬢との婚約は、終っている。だがな、お前のようなバカ息子から婚約破棄されたなんて不名誉を、聡明な彼女に与えるわけにはいかない。恥をさらすのはお前だ」
そこで一度、「コホン」と咳払いした国王陛下は、その碧い瞳を私に向けた。
「ではシェリーヌ公爵令嬢。遠慮なく告げてくれたまえ。この茶番の幕引きを、そなたの手でお願いできぬか」
「賜りました、国王陛下」
きちんとお辞儀をした後は、ちゃんと背筋をピンと伸ばし、下腹に力を入れて、顎を少しだけ引く。
「やめてくれ、ミーチェ、頼む。本気ではなかった。婚約破棄なんて言わないでほしい!」
涙をこぼすジョナサンを見ると、心が痛みます。だって孫にしか見えないのですから! でもここは、甘やかしてはダメね。この子の成長には、挫折も必要。ここでの失敗をバネに、成長なさい、ジョナサン!
「私、公爵令嬢であるミーチェ・シェリーヌは、王太子であるジョナサン・アレクサンダー・キャンベルとの婚約を破棄することを、ここに宣言します」
「ミーチェ~!!!」
国王陛下が拍手すると、広間にいた全員が、一斉にそれに倣っています。泣き叫んで崩れ落ちるジョナサンは、近衛騎士に支えられ、広間から退出していきました。