プロローグ
「ヒック、ヒック」
「うっ。ぐすっ」
ポマードは、王都警備隊という前世で言うならば警察組織のような国の機関に入隊し、資産家老婦殺害事件で犯人を検挙、アップルトン侯爵の事件を経て、異例の出世を遂げています。警備隊の屯所は前世の交番のようにあちこちあるのですが、区画ごとにまとめられています。その一つ、王都南部警備隊の統括警備副隊長にポマードは大抜擢されたのです。
私と変わらない年齢なのに、もう沢山の部下がいるんですよ。
それなのに。
「シ、シェリーヌ公爵令嬢が、おう、王都から、この国からいなくなるなんて、もう二度と会えないなんて」
「ポマード、私はあの世に行くわけではないんですよ。ちょっと遠いですが、ターナー帝国でちゃんと生きるつもりですし、王都には家族もいるんですから。季節ごとに時間を見つけて帰ってきます。二度と会えないわけではないでしょう!」
「で、でも~」とポマードが号泣するので、仕方なく、その体を抱きしめ、背中を撫でます。立派な王都警備隊の隊服を着ていても、こうすると子供みたい。
そして子供はね、こうやって背中を撫でてあげると、次第に落ち着いてくれるんです。スキンシップというのは、とても効果的だと思います。前世で正太郎のことも、よくこうやって宥めたことを思い出しますねぇ。
「シェリーヌ公爵令嬢! ぼ、僕も悲しいのですが!」
エドマンドは、さすが騎士を目指しているだけあり、見事な体躯。そして笑うと白い歯がキラーンと輝き、歯磨き粉のCMに出演できそうな偉丈夫。それなのに鼻をぐすぐすさせ、泣きじゃくるなんて!
「もう、せっかくのお顔が台無しですよ」
そう言ってハンカチを取り出し、鼻をかませます。「ううっ、シェリーヌ公爵令嬢」と、さらにエドマンドは涙を流します。仕方ないのでこちらも抱きしめ、背中を撫でてあげることに。
「……シェリーヌ公爵令嬢。そろそろいかがでしょうか。出発予定時刻を30分以上過ぎ、先に出発した護衛の騎士とソフィーとシャール殿が、途中の道で待機しているので……」
セシリオはとても遠慮がちにそう言ったのですよ。それなのに二人は!
「「ひどいですよ、殿下!」」
ポマードとエドマンドが声を揃えて抗議をするので、軽く二人をはたき、いなすことにします。
「しゃんとなさい、ポマード、エドマンド! 例え物理的に距離ができても。私達は同じ学校を卒業し、その後も沢山の思い出を一緒に作ったでしょう。築き上げた絆もある。この絆は、会えなくなったらすぐ壊れてしまうものですか? 手紙のやりとりだってできます。それにまだまだ先ですが、結婚式には二人を招待するのですから。それに結婚式より前に、この王都にも戻ってきます。また会えますよ。心配はご無用です!」
本当は。
二人の気持ち。
痛い程、よく分かりますよ。
だってね、これは前世の私の子供の頃と同じですから。
私が子供の頃、セシリオ……坊ちゃんと離れ離れになった時と同じです。
海外旅行なんてまだ一般的ではなく、飛行機だって乗ったことがないと人も沢山いた時代。異国の地に旅立てば、もう二度とは会えない……そんな気持ちになる時代でした。
ポマードもエドマンドも。
その時の私と同じ気持ちなのでしょう。
ターナー帝国は平和で、歴史も長く、どの国とも仲が良い国として知られています。でもそれだけなのです。これという特産品があるわけでもなく、ものすごく裕福というわけでもない。決して貧しい国ではないですが、なんというか遠い存在なんですね。実際、王都からは少し遠いのですから。
飛行機があるわけではないので、確かにそう簡単には会えません。しかもなんだか遠い国。ゆえにポマードもエドマンドも、ターナー帝国に嫁ぐ私とは二度とは会えない……そんな気持ちになり、悲しくなってしまったのではないでしょうか。
そう。
ターナー帝国に嫁ぐ。
私、ミーチェ・シェリーヌは、ターナー帝国の皇太子セシリオ・フィル・ターナーと婚約することが決まりました。
お読みいただき、ありがとうございます!
とあるコンテストの一次選考突破を記念し、新章開始です。
毎週土曜日の夜に更新予定。
お楽しみいただけると嬉しいです!