プロローグ
乙女ゲームとは何ですかね? 悪役令嬢とは何でしょうか?
私、日比谷 静江は享年79歳。
自分としては沢山の孫に囲まれ、亭主関白だった夫を最期まで看取り、ボケることなく旅立つことになった人生に、満足しておりました。
人生百年時代と言われるようになった昨今。79歳で亡くなった私に「まだこんなに若いのに!」と思ってくれた親族もいるでしょう。ですが私としては十分です。天国でのんびり過ごしたいと思っていました。
ところが。
よく分からない世界で目覚めました。
これは何と申しましょうか。
欧羅巴の貴族。
そうでしょうね。皆さん、フリルやレースたっぷりの衣装を着てらっしゃるのですから。それにですね、天蓋付きのベッドというのでしょうか。そこの上の方に、なんだか案内標識のようなものが出たのです。
そこには「ようこそ、乙女ゲーム『ハッピープリンセスタイム』へ」と書かれており、私がミーチェ・シェリーヌという由緒正しき公爵家の令嬢であり、しかも悪役令嬢であると説明されていたのです。公爵家というのなら、貴族ということでしょう。しかも名前から判断するに、ここは日本ではないようです。ところで、聞き慣れない言葉がございます。
乙女ゲーム。
悪役令嬢。
さっぱり何のことか分かりませんが、一つ思い当たるのは高校一年生の孫。あの子はよく病院にお見舞いに来てくれて、いろいろ話をしてくれたのですが……。その中に、何度となく出てきた言葉。そこに確かに「乙女ゲーム」と「悪役令嬢」はあった気がします。
しかも「お祖母ちゃん、その乙女ゲームがすごい大好きなんだけど、私の推しはヒロインの攻略対象のイケメンじゃなくてね、悪役令嬢なの! ミーチェはすごい美人で素敵なのよ。でもね、ヒロインに婚約者を奪われちゃうの。ひどいでしょう? だから私、二次創作で小説を書いたの。お祖母ちゃん、絶対に読んでね!」と言っていました。
そこからは私の予想です。
私は孫の書いた小説を読むことなく、命を終えました。孫はきっと「お祖母ちゃん、天国でこの小説、読んでね」と、棺桶にその小説を入れたのではないでしょうか。
その結果、私の魂は、その小説の世界に、入り込んでしまったのではないかと理解しました。
小説の世界であり、そこは乙女ゲームなるものが舞台になっている。
孫の複雑な設定に、頭がぐるぐるします。
ただ、私にしか見えない案内標識が表示され、いろいろ説明してくれるので、まだなんとかなっていました。そういえばこちらの世界に来る前は、あんな細かい文字、読みにくいし、見えないで大変でしたが……。
悪役令嬢なるミーチェに転生しましたところ、若返ったようです。
私が目覚めた時、ミーチェは十五歳で、女学校に入学したばかりでした。
十五歳。
まあ、なんてお若いのでしょうか。孫と同じ年齢!
肌はぴちぴち、髪は金髪です。胸もピンと張って、皮膚が垂れていることもありません。節々に痛みもなく、腰も膝も肩も、問題なく動かすことができます。しかもフランス人形のような碧い瞳で、老眼鏡いらず! 歯も綺麗に生えそろっていますから、何でもいただくことができます。
揚げ物も、お肉も。胃もたれすることなく、ペロリ。
甘いスイーツも大変美味しくいただけます。
ふふ。
最初こそ、驚きました。
よく分からない世界に、私の魂はやってきてしまったと。
ですが、悪くはありません。
衣食住に恵まれ、着たこともない素敵なドレスも着ることができたのですから。私はもう、食べることと素敵なドレスと宝飾品に夢中です。
女学校の勉強は、なんだか懐かしく、そして覚えられるのかしら? ついていけるのかしら? と心配でしたが、そんな心配は不要でした。脳も若返っているのですから。干からびたスポンジが水をどんどん吸収するように、知識を習得できました。
これは心地よい体験です。
ただ、どうしても引っかかることがあります。