6話 唯の苦悩 その1
パークス・ミールに戻ると、チスが飛び出してきた。
「唯!」
チスは唯に駆け寄り、体に怪我がないか見る。
「怪我してる!」
そう言って、杏奈を睨んだ。
「お前のせいか」
「私は……」
「誰のせいでもない」
唯は杏奈の言葉を遮った。
「ゾーコさんに報告するのはレゾと皐月に任せる。私は梅林姉さんのところに行ってくる。杏奈とアキラも来て」
杏奈たちは頷き、唯の指示に従うことにした。
チスは唯についていこうとしたが、ダメだと言われてしまい、しょんぼりしながら自分のテントに帰って行った。
唯と梅林のテントに行くと、梅林が飛び出してきた。
「やっぱり、怪我をして戻ってきたのね。治療するわ」
杏奈たちはテントの中に入った。
「梅林さんは、唯が怪我をすることを知っていたんですか?」
杏奈は疑問に思ったことを聞いた。
「そうよ。杏奈が無事に戻るか占ったの。近い未来なら、占いしやすいのよ」
梅林は唯の腕を縫おうと、針と糸を手に取った。
「俺のせいだ」
アキラは唯の方をじっと見つめた。
「アキラのせいじゃない。私が勝手にやったことよ」
「杏奈が傷つけられて、冷静でいられなかったのが悪いんだ」
「それはそうね。冷静にはなるべきだった」
唯は諭すように言葉を紡いだ。
「杏奈のためにも冷静に戦うのよ。アキラが冷静じゃなかったせいで、援護できなかったんだもの」
「ごめん」
「まあまあ。杏奈が無事に戻ったんだから、いいじゃないの」
梅林が唯の怪我の縫合を終えて、包帯を巻き始めた。
「梅林さん、フードを被っているのに、よく見えますね?」
杏奈は梅林に聞いた。
「私、目が見えないの。戦争で失明しちゃってね。でも、触ればわかるよ」
梅林は唯の腕を丁寧に包帯で巻いた。
「でも、失明したおかげで、占いの精度が上がったのよね! 感覚が研ぎ澄まされたのかしらね」
梅林は口角を上げて笑った。
「ねえ、杏奈。占ってあげましょうか?」
杏奈はなんでと聞いた。
「未来のことがわかれば、対処もできるでしょ」
杏奈は少し考える仕草をしてから、言葉を綴った。
「ううん。イヴって出るだけですし、未来のことがわかったら、楽しくないです」
「あら。残念」
唯は二人のやりとりをじっと見つめていた。
皐月とレゾは、ゾーコのところへ行き、報告していた。
「チュクチという犬耳族か」
「はい。杏奈と唯が怪我をしてしまいました」
「フォマーのところにいる奴らだろうな」
ゾーコは考えるように唸った。
「ゾーコ!」
その時、メロンが足早にテントに入ってきた。
「杏奈ちゃんは?」
「梅林のところだ」
メロンは飛び出そうとしたが、ゾーコに腕を掴まれた。
「何よ」
「フォマーの里へ行ってもらいたい」
メロンはあからさまに嫌そうな顔をした。
「なんでよ」
「チュクチという犬耳族のことを聞くのと、パークス・ミールについて話してきてくれ」
「フォマーさんは、戦争をやめる気は起こしてくれないと思うけど」
「止めることはしなくていい。探られると厄介だからな」
メロンはため息を吐いて、ゾーコの手を振りほどいた。
「わかったわ。その代わり、何人か連れて行くわよ」
「それは任せる。フォマーはお前には悪いことはしないだろう」
「……そうね」
メロンは眉を下げ、眉間にしわを寄せた。
「と、いうわけで、一緒に来てもらうわ。怪我してる二人には申し訳ないけれど」
メロンに呼び出された杏奈と唯、杏奈と唯を心配しているアキラがメロンの前に並んでいる。
「魔族の唯は本当は連れて行きたくないけど」
メロンは唯をちらりと見てから、アキラを方を向いた。
「アキラくんは?」
「怪我人を放っておけないだろ」
「そうね。この時代のアダムにも会ってみるのもいいしね」
「この時代のアダム?」
メロンはうなずいた。
「もちろん、いるわよ。アダムたちについても、きちんと説明した方がいいんじゃないかしら」
「いずれします」
唯は杏奈とアキラを見つめてから、目を伏せた。
「じゃあ、夕暮れになる前にいきましょうか。近くの村と川を越えた先にある森に里があるの」
メロンに連れられて、杏奈たちはフォマーというエルフが治める里に行くこととなった。