第4話 チュクチ現る
ガンコウは真っ直ぐ杏奈たちを見る。
「今後、ヴァンパイアに会うことがあれば、注意することだね。そんなに多くはないけど」
ガンコウは、はあと息を吐きながら、指で唇をなぞった。薄い赤の唇が、さらに赤く見えた。
その時、血のような鉄の匂いがした。
「体の血を一滴も残さず吸う奴もいるから」
皐月とアキラは背筋がぞくりとした。
杏奈は、何かを考えるように黙り込んでしまった。
「じゃあ、言いたい事は言ったから、俺はテントに戻るね。これからも、よろしく」
ガンコウはフードを被り直し、食事場所から去っていった。
「色んな種族がいるんだな」
皐月は顔を青くさせて、そう言った。
「ヴァンパイアのことは授業で習ったことはあるが、出会うのは初めてだよ」
「アキラでも会ったことない種族がいるんだな」
「不可族や惑星守護神なんて、聞いたこともなかったし、二年間も旅をしていたのに何も知らないんだなって思ったよ」
二人は種族について話だしたが、杏奈はその間もずっと黙っていた。
アキラはそれに気づいていた。しかし、考える時間も必要だと感じて、触れないでいた。
夜になった。先ほど、唯から聞いたが、今いる時代は夏らしく、夜でも蒸し暑かった。
杏奈は唯と会ってきたが、あまり会話が続かずに終わってしまったのを、残念に感じた。
アキラたちのいるテントに戻ると、寝袋が三つ敷かれていた。
「姉さんと一緒は無理!」
「思春期だな。皐月」
皐月とアキラは、言い合いをしながら、荷物を隅に避けていた。
「戻ったわよ」
「皐月が、杏奈と寝るのは嫌だと」
「聞こえてた。なんでよ、皐月」
「いや、普通に男女で一緒には寝れないだろ」
「そうかな? アキラはともかく、皐月は弟だし」
「俺は杏奈となら、一緒でもいいよ!」
「あんたは、そうだよね」
皐月は不貞腐れていたが、テントを移動するわけにもいかないので、黙って寝ることにした。
「ねえ、アキラ」
杏奈は寝れる気がしなくて、どうせ寝ていないであろうアキラに声をかけた。
実は、皐月も起きているが、声は発しなかった。
「なんだい?」
「なんで、種族が違うだけで、こんなに仲が悪くなるのかな」
「杏奈はなんでだと思う?」
「色んな人から話を聞いて思ったのは、自分と違うところがあるから、だと思う。でも、同じ種族でも違うところはあるでしょう?」
「そうだね。杏奈、こんな話を知っているかい?」
杏奈は黙って、アキラの話を聞いた。
「とある動物族は、自分と同じ種類の動物族としか交わらないのさ。言い方は悪いけど、同種主義みたいなものかな」
アキラは、くるりと体を回転させて、うつ伏せになり、顔を上げた。
杏奈の頭が見えた。
「例えば、杏奈のような黒猫は黒猫の猫耳族としか結婚しない」
「私の両親は違う毛色の猫耳族同士だったわよ」
「そうだよね。気にならない動物族もいる。レゾが話していたのは覚えているだろう。ヒュー族と魔族は姿に違いはないけれど、魔力がないというだけで、違う種族だと決めれられて、お互いが交わろうとしない」
「種族が違うだけなのに」
「種族の違いは、杏奈が思うより、ずっと隔たりが大きいんだ」
アキラは仰向けに寝転がり、テントの布を見た。乳白色で少し汚れている。
「俺は気にしない……ようにしている」
「アキラも種族の違いが気になるの?」
「旅をしていると、種族の違いで争う人たちをたくさん見れるからな。俺が旅をしていたエスト王国のように種族差別が少ない国でも」
杏奈は黙りこくってしまった。また、考えているのだろう。
「ウエスト帝国は俺たちの時代でも種族差別が多い。それに」
アキラは何かを言いかけて、言うのをやめた。それは、杏奈たちには言う必要がないと感じたからだ。
「それに?」
「いや、なんでもないよ。そろそろ寝ようか」
「……うん」
二人は眠りにつくことにした。
杏奈は考え事をしていたが、疲れに負けて寝てしまった。
「おはよう!」
杏奈は元気よくテントから出た。
「いい天気ね」
「なんでそんなに元気なんだよ」
杏奈に続いて出てきた皐月は、寝不足なのか目の下にクマができていた。
「皐月、寝れなかったのか?」
「寝れるわけないだろ」
「思春期か!」
アキラは皐月を小馬鹿にした。
「うるせえ!」
「ふーん。元気な子どももいるんだねえ」
突然、高い少年の声が聞こえた。
「何?」
杏奈は声のする方を向くと、テントの後ろから、黒髪で三角の耳を持つ少年が出てきた。
「僕はチュクチ。君、弱そうだねえ」
チュクチと名乗った少年はにやつきながら、杏奈を見た。
「誰? ここの人?」
「杏奈。気をつけろ。昨日、紹介された人の中にはいなかっただろ」
「色々聞かせてもらおうかねえ!」
チュクチは跳躍し、杏奈とアキラの間に入った。
「早い!」
アキラが杏奈の方を振り向いた時には、杏奈はチュクチに抱えられていた。
「軽いねえ。小さなお嬢さん」
「杏奈!」
「姉さん!」
「じゃあ、もらっていくから」
チュクチはそう言って、再び跳躍して、テントと柵を越えて、軽やかに走っていった。
「追うぞ!」
「ああ」
「アキラ! 皐月!」
アキラと皐月が杏奈を追おうとした時に、背後からレゾに話しかけられた。
「何があった?」
「杏奈が攫われた!」
「おい、もうどこに行ったかわからないぞ」
皐月はチュクチが消えた方向を見た。木々が生い茂っているだけで、人影は見えない。
「杏奈が……。ゾーコさんに相談しよう」
「ああ」
アキラは自分がいながら、不甲斐ないと感じた。
「ちょっと! 離しなさいよ!」
杏奈はチュクチに抱えられている。暴れるが、ガッチリと捕えられている。
「小さなお嬢さん」
「その呼び方やめて! 私は杏奈よ」
「杏奈は自分の立場がわかっていないようだ」
チュクチが走るのをやめて、立ち止まると、目の前に洞窟があった。
森の近くに山があったので、その山にある洞窟だろう。
チュクチは洞窟に入る。薄暗いが、チュクチの目には洞窟の細部が見えていた。
明るい光が見えたと思ったら、少し開けた場所に出た。
二人の男女の動物族が岩に座っていた。二人は同じ髪色をしている。
「チュクチ様」
女の方が、チュクチに声をかける。
「メロンを探していたら、変な組織を見かけた」
「この女に聞くんですか?」
「その予定。とりあえず、縄で縛っておいてえ」
杏奈は動物族の男女に縄で縛られ、奥に座らせられた。
「メロンさんを探してるってどういうこと?」
「それ、言う必要あるか?」
杏奈がそう聞くと、動物族の男が話した。
「お前は捕まってんの。大人しくしてたら?」
杏奈はそれ以上何も言えずに、黙ることにした。
その頃、パークス・ミールではゾーコたちが中央のテントに集まっていた。
ゾーコの他にはアキラ、皐月、レゾ、唯がいる。
「チュクチという男か」
ゾーコは思い出すように考えた。
「聞いたことがないな。メロンにも聞いたが、知らないそうだ」
「何が目的なんだろう」
レゾが呟いた。
「俺たちが何をしているか探りにきたのかもしれない」
「ということは、ウエスト軍か、フォマーの差金の可能性があるってことですね」
唯がゾーコに聞いた。
「その可能性が高いな。レゾ、杏奈の匂いを追えるか?」
「残り香があれば、なんとか」
「アキラ、皐月、レゾ、唯で、探しに行ってもらう」
「わかりました」
四人はパークス・ミールの敷地外へ出て、レゾの鼻で杏奈を探すことになった。
「人を一人抱えては、そう遠くへは行けないだろう」
皐月がそう言うと、レゾが頷いた。
「そうだね。捕らわれたってことは、何か聞き出そうとするかもしれないから、殺されはしないと思うけど」
「殺されなきゃいいってわけではないだろ」
アキラが怒りを含んだ声で言った。
杏奈がさらわれたことが、自分で許せないのだ。
「そうね。急ぎましょう」
唯は横目でアキラを見て、すぐに正面を見た。
森は深い。どこかに捕えられているだろう。
その頃、杏奈は暇だなと考えていた。
捕らわれた後は、放置されている。
チュクチたちは地図を見て、話をしていた。
「ここから攻めるのがいいかねえ」
チュクチは地図を指差した。
「私は賛成です」
女は言った。
「ラノーマは賛成」
「俺はこっちの方がいいと思いますけど」
男は言った。
「ラロネーはそこか。そこは攻めやすいけど、守りも堅いと思うよ」
「ラロネー。チュクチ様の言うことに従うべき」
「はいはい」
ラロネーと呼ばれた男は嫌そうに返事をした。
「チュクチさん。そろそろ、こいつを尋問しますか?」
「そうだねえ。早くしないと助けが来ちゃうかもだし」
「追っては来れないのでは?」
「あそこで獣の匂いがした。動物族がいる可能性が高いよ」
チュクチは杏奈に近づいて、座っている杏奈に視線を合わせた。
「あそこはどういう組織なのかな?」
「教えるわけないでしょ」
「まあ、そう言うだろうね」
チュクチは立ち上がり、ラノーマを見た。
「ラノーマ。できる?」
「え? 何をですか?」
ラノーマは不思議そうにチュクチを見た。少し不安げだ。
「拷問……まではいかないけど、痛めつけてほしいんだよね」
ラノーマはギクリとした。拷問ではないが、同じ動物族を、自分より年下の少女を傷つける。それが自分にできるか、心配になった。
「ど、どうすれば」
「殴ったりすれば? 腹を蹴るのもいいねえ。できるよね。ラノーマ」
「俺がやろうか?」
「ラロネーは加減を知らなそうだから、ダメ」
ラロネーはつまらなさそうに舌打ちをした。
「私がやります」
ラノーマは杏奈に近づく。
「ごめんなさい。チュクチ様の命令なの」
ラノーマはそう言って、杏奈の腹を蹴った。
「うぐっ」
杏奈は呻き声をあげる。
「こ、こんな事されても、言わないから」
「ラノーマ。続きやって」
チュクチはつまらなさそうに、岩に腰掛けて、杏奈に対して興味なさそうにした。
「はい……」
「殴って、蹴っても話さないなら、二、三本折るかなあ」
チュクチはあくびをしながら、言った。
「そう言うなら、自分で……うぐ」
杏奈は再び蹴られて、倒れる。
「自分でやりなさいよ! 女の子にやらせるな!」
チュクチは杏奈を目だけ動かして見たが、すぐに目を逸らした。
「ラノーマにやらせるのに、意味があるんでしょ。わかってないなあ。……サボってないで、やれよ。あと、殴るのもやってねえ」
「は、はい」
ラノーマは杏奈の胸ぐらを掴み、顔面を殴った。
歯が口内を傷つけたのか、杏奈の口から血が垂れる。
「ラノーマもやる時はやるじゃん」
ラロネーはラノーマと杏奈を近くで見て、ニヤニヤと笑っている。
「ごめんなさい……」
ラノーマは唇を強く噛んだ。そのため、ラノーマの口からも血が出る。
その言葉に杏奈はチュクチを睨んだ。
「お前がやれ!」
杏奈は今まで出したことがないほどの大きな声を出した。
チュクチは、杏奈の方を向いた。
「最低よ! 他の人にやらせて!」
「杏奈が怒るのは、ラノーマにじゃない?」
チュクチは杏奈の方へ歩いた。
「あんたが指示したんでしょ。この人はやりたくないのよ」
「ふーん。そうなの? ラノーマ」
ラノーマはびくりと震えた。
「わ、私は」
「言わなくていい」
杏奈は先ほどとは違って、優しい声で言った。
「え?」
「あなたがどう思ってるのか。こいつになんか言わなくていい」
杏奈はそう言ってから、チュクチを睨みつけた。
「杏奈。捕まっておいて、よくそんなことが言えるよねえ」
「助けに来てくれる人がいるから」
杏奈の目には光が宿ったままだ。
「アキラが、絶対に来てくれるから」
チュクチはその言葉に興味ありげに、杏奈を見た。
「アキラ?」
「アキラのこと、信じてるの」
「ふーん……。面白い!」
チュクチは口角を上げて笑った。
「それって、愛ってやつ?」