第3話 初めてのヴァンパイア
杏奈はハッとして、無造作な髪の男を見た。
「イヴって、あなたは」
「俺は不可族の獅維だ」
「不可族って!」
杏奈はアキラと皐月を見た。
二人とも頷く。火星で会った幻と同じ種族だ。
「ふむ。不可族を知っているのか」
「会ったことがあるだけです」
「そうか。それなら、説明はいらないな。パークス・ミールへようこそ」
杏奈は獅維を握手を交わした。
「あの、説明はほしいです」
「同族に会ったことがあるんだろ?」
「その人は、あまり説明しない人でした」
「なるほどな」
獅維は焚き火に向き直った。顔が火に照らされる。
「長命な種族のこと……そして、伝承を口伝する者」
「伝承?」
「俺たちの歴史はいつから始まったのだろうか。創世の時代には何があったのか」
獅維は、杏奈とアキラを見つめる。
「イヴとアダムのことは、俺たち不可族でも詳しくは知らない。だが、教えられることは、誰よりも多い。また、ここに来るといい」
杏奈たちは獅維に別れを告げて、次の人の所へ向かおうとした。
すると、大きな音が北から聞こえてきた。
「何?」
「モンスターの襲撃だ!」
北から、叫び声が聞こえた!
「俺が見に行く。杏奈たちはここにいて」
レゾが足早に声のした方へ行ってしまった。
「私たちも行きましょう」
「姉さんはいつもそうだよね」
皐月は呆れながらも杏奈について行った。もちろん、アキラもだ。
拠点の奥に行くと、土煙が立ち上っていた。
「何も見えない!」
杏奈は目を薄く開ける。
「杏奈! なんで来たの!」
先に行っていたレゾが近づいてくる。
「だって」
「レゾ。姉さんはいつもこうだよ」
レゾは困惑しながら、眉を下げる。
土煙が収まると、灰色の岩のような肌をした巨人が三体、地面に突っ伏していた。緑色の液体が地面に流れている。
その巨人の上に一人の人が乗っていた。
「ガンコウさん!」
レゾが叫んだ。
フードを深く被ったガンコウが下を向き、レゾを見つける。
「まもなく灰化するだろう」
巨人……トロールたちから降りると、手を叩き、埃を払い落とす。
杏奈がガンコウの様子を見ようとして、首を傾げると、ガンコウの瞳が見えた。
血のように赤く、黒く細い瞳孔が見えた。不思議なその瞳が杏奈を捕らえる。
「杏奈。ヴァンパイアを見るのは初めてかな」
ガンコウはにっこりと笑う。
「ヴァンパイア? 初めて聞きます」
「じゃあ、後で話そうか。レゾ、柵の修復は任せたよ」
「は、はい」
ガンコウはそう言って、テントの方へと歩いて行った。
「……アキラ、皐月。手伝ってくれるか。柵を直したい」
トロールに踏み潰されたであろう柵を三人で直すことにした。杏奈は手伝うと申し出たが、男三人でやった方がいいと言われて、放っておかれた。
「私も役に立ちたいのに」
三人の邪魔にならないように、大きなテントの裏手の石に座って待っていた。
「あら、もしかして、新しい子?」
杏奈が顔を上げると、女性が二人立っていた。
とんがった耳を持ち大きなピアスをしている勝ち気そうな女と、ツインテールの優しげな女だ。
「私はメロンって名前。変わった名前でしょ?」
勝ち気そうな女はウインクをした。
「私は夏美。メロンはエルフで、私は魔族よ。パークス・ミールでは戦闘員をしているの」
「戦闘? 戦うんですか!」
夏美は驚いたように目を丸くした。
「拠点に来たモンスターの撃退はもちろんだけど、戦争を止めるために戦いに出ることもあるわ」
「戦争を止めるためになんで戦うんですか?」
「戦が始まってしまったら、止めるのは容易ではないけれど、司令官を倒したり、ヴィエリ皇帝か里長のフォマーを抑えれば、引かせることもできる」
夏美はしゃがみ、杏奈に目線を合わせた。
「ウエスト軍のトップは、もちろんウエスト帝国の皇帝よ。そして、エルフの里の長がフォマー」
「え、それって……。メロンさんはエルフなんですよね? なんで、ここに?」
「私は戦争をすることは反対なの」
「私たちも帝国民だけど、戦争を止めたくて、ここにいるの」
メロンと夏美はそれぞれ答えた。
「エルフで戦争を止めたいのは私だけなのよね」
メロンは口を尖らせた。
「それで、あなたはここで何をしているのかしら」
メロンは杏奈に問いかけた。夏美は立ち上がる。
「私はアキラたち……一緒に過去に来た人がレゾと柵を直してるのを待っているんです」
「あら、一人だけ除け者?」
「そうなりますね」
杏奈は困ったような顔をした。
「じゃあ、柵が直るまで、私たちのテントでゆっくりしましょう!」
メロンはそう言って、作業しているアキラたちの所へ走って行った。
「レゾ! 杏奈ちゃん借りるわね」
「え! メロンさん!」
レゾが何かを言う前に、メロンはこちらに戻ってきた。
「さあ、行きましょ」
「そうね。杏奈ちゃん」
メロンと夏美は杏奈の手を引き、自分たちのテントに連れて行った。
アキラたちは作業が終わり、杏奈をメロンたちのテントに迎えに行った。
「もう終わったのね」
メロンはつまらなさそうに言った。
「メロンさん。杏奈は連れて行きますからね」
「わかったわよ」
レゾに言われて、メロンは渋々、杏奈を解放した。
杏奈は暇つぶしに付き合ってくれた二人にお礼を言って、次の挨拶へと向かった。
「最後はチスだよ」
「あ、皐月の」
「俺の前世って言われてた人だな」
「俺たちは十四人の組織で、それにラルたちと杏奈たちが混ざった形になるね」
レゾは立ち止まり、杏奈たちに向き直った。
「パークス・ミールは魔族の組織だ。獅維さんやメロンさんと俺は、あまり良い目では見られていない」
「え、でも山内さんや門番の……」
「その人たちは俺たちやよそ者をよく思ってない。ゾーコさんが受け入れてるから、仕方なくだよ」
レゾは続けて言葉を綴る。
「チスは一番態度に出るから気をつけて」
「おい!」
近くのテントから、叫ぶ声がした。
ポニーテールの小さな少年が姿を現す。
「嫌な言い方だね。レゾ」
「聞こえるように言っただけだ」
「はー! そういう所あるよね!」
「たぬき面」
「獣臭いやつ!」
二人は言い合いを始めた。
「れ、レゾ。紹介してくれるんじゃないの?」
杏奈は心配そうにレゾを見た。
「こいつはチス。うちの組織の中のナンバースリーのくせに嫌な奴だよ」
レゾはチスに舌を見せて、バカにした。
「弱い奴に言われたくないね! まあ、よろしくはしないけど、よろしく」
「よ、よろしくね」
「唯から聞いたけど、猫耳族とヒュー族、そして僕が魔法を教えないといけないクズの魔族ね」
「おい! どういう意味だよ」
皐月がチスを睨んだ。
「魔法を使えない魔族なんて、ヒュー族と何も変わんないんだけど。こいつが僕の来世? 冗談じゃないよ」
「ムカつく奴だな。お前なんかに教えてもらいたくないね」
「悪いけど、クズくん。僕は君と違って、ゾーコさんの命令は聞くの。黙って僕の言うことを一回聞いただけで実践しろ」
「チス。協力者にそう言う態度はやめろよ」
「嫌だね。大体、僕はレゾもメロンも獅維もよそ者も認めてない」
チスは舌打ちをした。
「特に、あのラルって奴。唯をいつも睨みつけてくるのが腹立つね」
チスは皐月の目の前に指をさした。
「とにかく、君は今日から僕の言うこと聞いて、魔法を勉強しなよ! じゃあ、僕は昼寝するから」
チスはそう言い残して、テントに入ってしまった。
「びっくりした」
杏奈は率直な感想を告げた。
「まあ、びっくりするよね。チスは俺たちにはずっとああだから」
「クズ呼ばわりするような奴に習いたくないんだけど」
皐月はチスが消えていったテントを嫌そうに見た。
「皐月、諦めてくれ。チスはあんな感じだけど、魔法だけで考えるとパークス・ミールで一番なんだよ」
皐月は納得がいかないと、不貞腐れた。
「なあ」
今まで、話してなかったアキラが言葉を発した。
「ウエスト帝国は魔族の国なのか?」
「そうだね。動物族は珍しいし、エルフは近くの里にいるけど交流はない。それに」
レゾはアキラを見据えた。
「ヒュー族はいなよ」
「……やっぱりな」
杏奈はレゾとアキラのやり取りに訳がわからないから説明してと言った。
「ヒュー族がいないってことは、魔族主義なんだろう。魔法を使えない種族を、簡単に言えばバカにしてるんだ」
アキラは表情を変えることなく言った。
「ヒュー族は首都にはいない。旅人が入る事さえできないよ」
「なんで?」
「魔族とヒュー族は見分けがつかないでしょ。だからさ」
杏奈と皐月は顔を見合わせた。
「それが何か悪いの?」
「魔族は、ヒュー族と混じりたくないんだよ」
「じゃあ、動物族はいてもいいのはなんで?」
レゾはその言葉に目を見開いた。
「はは。おかしなこと言うね。動物族と、魔族・ヒュー族は見た目から違うでしょ。混じることはないんだから」
杏奈はその言葉に衝撃を受けた。他の種族と恋愛や結婚することに疑問をあまり思っていなかったからだ。火星にいた時に蝶羽族のユイリンと魔族の望が恋人関係にあるだろうと悟った時も、疑問に感じなかった。
「杏奈は、他の種族と恋に落ちることはあると思ってるのかい?」
レゾはアキラを横目に見てから、杏奈を見た。
レゾはアキラが杏奈のことを好きなのは理解しているが、その気持ちは杏奈には受け入れられないと思っている。
「私は」
杏奈が言葉を紡ごうとした時に、背後に気配を感じて、振り返った。
ガンコウがいた。
「なかなか来ないから、迎えに来たよ」
「ガンコウさん!」
レゾがそう呼ぶ。
「全然、気配を感じなかったぞ」
皐月は驚きながら、ガンコウを見た。
「ヴァンパイアの話、聞きたくないかな?」
「聞きたいです……」
杏奈は少し俯きながらも、ガンコウの方を向いた。
「じゃあ、食事する所で話そうか。この時間は誰もいないから」
杏奈たちはレゾと別れ、ガンコウについていった。
机と椅子がある場所につき、ガンコウと向かい合わせになるように三人は座った。
「ふう」
ガンコウはフードを取った。
赤く長い髪が綺麗な三つ編みになっている。
「ヴァンパイアは太陽に弱いんだよね。ここは屋根があるから、大丈夫だけど」
血の色をした瞳が杏奈を見た。
「最初に言うけど、ヴァンパイアは人の血を吸う」
「え!」
杏奈と皐月は驚いた表情を見せる。
アキラは黙って話を聞いていた。
「ラルはヒュー族で、スザクは魔族だから、ヴァンパイアは俺だけだね」
「聞いてもいい?」
「いいよ」
「さっきのトロールを倒したのはガンコウなの?」
「そうだね。あれくらいのモンスターなら、小指だけで倒せるよ」
杏奈たちはその言葉に驚いた。もちろん、アキラも。
「あんなに強いのにですか?」
アキラは驚きのあまり質問をした。
「俺たちの時代よりは、少し強いけど、大したことはないよ」
ガンコウはにっこりと笑った。
「なんでこんな話をするか、わかるかな?」
「え? なんでって」
杏奈はすぐになぜ話したのかはわからなくて、考えた。
「後で、知られて怖がらせたくないからだよ。今はラルとスザクからしか血をもらってない」
「怖い?」
「怖いだろう。血を吸う化物が一緒にいるんだから。他の人はそうだよ? レゾだけは何とも思ってないみたいだけど」
「化物だなんて。同じ人間でしょ?」
「そう思うのは、無知だからかな」
ガンコウは笑顔を絶やさずに、言葉を紡ぐ。
「そう思ってくれるのは嬉しいけれど、ヴァンパイアはそんなに優しい生き物ではないよ」
ガンコウは手を組み、机に乗せた。
杏奈は今気づいたが、爪が赤くなっている。
「爪、怪我してるんですか!」
「これは、色をつけているんだよ。魔法は生身では威力が出ないからね。ヴァンパイアは皆、爪に取れにくい液体をつけているよ」
爪をなぞり、目を一瞬伏せたかと思えば、杏奈たちをそれぞれ見て、さらに口角を上げた。