第2話 ラルとレゾとの出会い
「知らない人がいる」
その声を聞いた杏奈は振り返った。
ゾーコにテントへ案内され、テントの外で荷物を整理している所だった。
言葉を発したであろうクリーム色のボサボサの髪をした少年は杏奈たちを珍しそうに見る。その後ろには男が二人いる。フードを被った赤い髪の男、深い緑色の髪をして首にゴーグルをぶら下げた少年だ。
「私は杏奈。未来から来たの。ここの人よね?」
杏奈は歳の近いであろう少年に声をかけた。
「違うよ」
杏奈が思っていた返事とは違う回答が飛んできた。
「僕はラル。この時代より過去から来たんだ。境遇は君たちと同じってことか」
「え! 過去から来たの?」
「一二六二年から来たんだ」
「唯が、また失敗かって言ってたのはもしかして」
皐月が口を挟んできた。
「へえ、あの女、そんな事言ってたわけ」
ラルは不機嫌そうに呟いた。
「本当に勝手な女」
「そういうな、ラル。俺は未来に来られて楽しんでいるぞ」
フードを被っている男がラルにそう言った。
「楽しくないよ。戦争を止めるだなんて、馬鹿げてる」
「あの……」
「ああ、すまない。俺はガンコウ。ラルが付けてくれた名だ」
「俺はスザク。ラルとは幼馴染だぜ」
フードの男……ガンコウに続いて、ゴーグルの少年が答えた。
「俺たちは楽しんでるんだけど、ラルはずっと不機嫌で、困ってるんだよ」
スザクは仕方ないけどな、と続けた。
「この時代より、もっと過去の人に会えるとは思わなかったわ。よろしくね」
「境遇は一緒だけど、考えは違いそうだね」
杏奈が差し出した手に、ラルは答えなかった。
「仲良くしてもらえると、嬉しいのだけど」
「仲良くする気はないよ。僕たちは早く元の時代に戻りたいんだ。君みたいな呑気な人と一緒にしないでくれ」
「の、呑気! 私は唯を助けようと思って」
「初めて会った知らない女を? 助ける?」
ラルは杏奈を睨んだ。
「僕たちには、そんな義理はないよ」
「ラル。だが、俺たちは協力しないと、帰してはもらえないだろう」
ガンコウが前のめりになったラルを引いた。
「……僕は」
ラルはちっと舌打ちをして、後ろを向き、歩いて行ってしまった。ガンコウはそれをすぐ追った。
「ごめんな。ラルのやつ、ずっとああでさ」
残ったスザクがそう言い放つ。
「関係ない君たちにまで、あたってごめんな」
スザクは手を合わせて、謝罪した。
「ううん。ラルの気持ちも全くわからないわけではないもの」
「ありがとう。仲良くしてくれると、助かるぜ。境遇は一緒だからな」
スザクはそう言って、ラルの行った方向へと歩いた。
「まさか、ここより過去の奴らが来てたとはな」
皐月が荷物を整理しながら言った。
「……ラルたちはなんで呼ばれたんだろうな」
アキラは疑問を口にした。
「どういう事だよ」
「唯が最初に言っていた感じだと、杏奈がイヴ、俺がアダムだから呼んだような言い方だった。もしかして、ラルたちの誰かがアダムの生まれ変わりなのか」
「ああ、そういう事か。あとで聞いてみるか。ラルってやつは話してくれないかもしれないが、ガンコウやスザクは好意的だったからな」
そんな話をしつつ、荷物を整理し終わった杏奈たちは中央の大きなテントへまた向かった。
中に入ると、ゾーコと、三角の耳の少年が立っていた。
「ああ、荷物整理は終わったか?」
「はい。ゾーコさん、こちらの人は?」
杏奈が少年を見ると、少年はカッと目を見開いた。
「ああ、レゾだ。杏奈と同じ猫耳族だよ」
「レゾ・プリエール……」
レゾはゆっくりと杏奈に近づいた。
「え? 何?」
だいぶ接近した辺りで、レゾは杏奈の両手を掬い上げた。
「え?」
「可愛い!」
「はい?」
「おい。杏奈に触るなよ」
アキラの声にレゾの耳が少し傾いたが、アキラを見ることはなく、杏奈を見つめ続けた。
「こんなに可愛い同族に会うのは初めてだよ!」
レゾは目を輝かせて、そう言った。
「はあ!」
杏奈はその言葉に、カッと顔を赤くした。
「レゾ。話をしたいから、その話はあとでにしなさい」
ゾーコにそう言われて、レゾは大人しく杏奈の手を話して、ゾーコのところまで身を引いた。
「これから、ここで生活する上で困ったことがあれば、レゾに言ってくれ。それと、杏奈はレゾの手伝いを頼む。アキラは俺と一緒に行動してもらいたい。皐月はさっき言ってたチスの所に後で行ってくれ。レゾに案内させる」
「おい。勝手に決めるなよ」
皐月は抗議したが、一瞬目を鋭く光らせたゾーコを見て、仕方なくそれを了承した。
「チスは魔法が得意だし、君の前世に当たる。戦いが素人なら、チスに色々と教わるといい」
「……わかった」
「俺は杏奈のそばに居たいのですが」
アキラはレゾをちらりと見て、言った。
「レゾでは心配かな?」
「ええ」
「俺では不服ってことか。ゾーコさん、いいですかね?」
「まあ、模擬刀で軽くならいいぞ」
アキラはそういう事かと、納得した。
「え? どういうこと?」
状況を把握していない杏奈が質問した。
「レゾが俺に勝てないなら、杏奈と一緒にいるのは俺ってこと。勝つしかないよな」
アキラは杏奈に笑いかけた。
杏奈はその笑顔にどきりとした。アキラと一緒にいるか、レゾの手伝いをするか。私はどっちがいいのだろうと考えた。
「テントの裏でやるか。レゾ、模擬刀を持ってきてくれ」
「はい」
杏奈たちとゾーコは外に出て、テントの裏へと周った。
そして、レゾが模擬刀を抱えて戻ってきて、アキラに一つ渡した。
レゾも剣を握る。
「先に地面に膝をついた方が負けだ」
ゾーコはそう言ってから、始めろと叫んだ。
その瞬間、レゾが地面を蹴り上げて、アキラに突進した。
アキラはそれを剣で受け止めた。二人の剣がぶつかり合い、鈍い音を立てる。
「力は俺の方が上かな」
アキラはレゾに押されている。
「力は関係ない」
アキラはそう言って、剣を受け流した。レゾは少し体勢を崩したが、右足で踏ん張り、アキラの方を振り返った。
「じゃあ、素早さではどうかな!」
レゾは一気にアキラから離れた。二人は見合い、先にどちらが動くか牽制し合った。
「大体、動物族にヒュー族が勝てるわけないんだよ!」
レゾが先に動き、アキラの背後を取った。
アキラはそれを目で追うことはしなかった。レゾが後ろから剣を叩きつけようとした瞬間、アキラは左手に剣を持ち替えて、後ろへ吹っ飛ばした。
それがレゾの足に当たり、レゾは転びそうになる。
レゾは舌打ちをするが、咄嗟にアキラの膝裏に剣を刺す。
「え……!」
杏奈がそう呟いた瞬間、勝負は決した。
「これは引き分けだな」
ゾーコがそう言った。
二人は同時に膝をついたのだ。レゾは飛んできた剣に足を取られ、アキラは膝裏に当たった剣の打撃で崩れた。
「これはどうなりますか!」
レゾはすぐに立ち上がり、ゾーコに駆け寄った。
アキラも立ち上がる。杏奈と皐月がアキラの近くに行く。
「剣を飛ばす発想になったな」
「利き腕じゃないから自信はなかったけど、力も速さも敵わないなら、策を練るしかない」
「利き腕じゃない?」
杏奈は先ほど、アキラが剣を左手に持ち替えたのを思い出した。
「アキラ! 前に両利きって言ってなかった?」
「あ、あー。ごめん、杏奈」
「ごめんじゃないわよ! やっぱり、嘘ついてた!」
杏奈たちがぎゃーぎゃー喚いてるところに、ゾーコとレゾがやってきた。
「引き分けだったから、レゾの手伝いは杏奈とアキラに任せることにした」
「ありがとうございます」
アキラはゾーコにお礼を述べた。
「じゃあ、ゾーコさんの手伝いは?」
「俺の手伝いは獅維にやらせるよ」
「獅維?」
杏奈が首を傾げた。
「そうだな。レゾ、まずは拠点内の案内とみんなの紹介を頼む」
「わかりました。……アキラ、次は俺が勝つからな」
「こっちのセリフだよ」
二人は睨み合ってから、杏奈の方を見る。
「杏奈。君のような可愛い女の子と一緒にいられるなんて、嬉しいよ」
「杏奈。レゾに心を許すなよ」
そう言った二人はまた睨み合った。
「アホが増えた」
皐月は、いつものため息をついて、三人を見ていた。
「じゃあ、まずは食料置き場と資材置き場に案内するよ」
「うん。ありがとう、レゾ」
「そんな! 杏奈! 別にいいんだよ!」
レゾが杏奈に近づこうとすると、アキラが間に割って入った。
「杏奈に近づくな」
「……君さ、杏奈の何?」
「え」
「恋人って感じでもないし、片思いなら、邪魔しないでよね」
アキラは何も言えなくなってしまった。
「図星か」
皐月がニヤつきながら、アキラに耳打ちした。
「……う」
「あんたたち! 早くしなさいよ!」
そんな男三人を放っておいて、杏奈は先に進んでいた。
食料置き場、資材置き場に案内された後、パークス・ミールのメンバーへの挨拶をすることになった。
「ラルたちとは、もう会ったんだね」
「うん。ラルには嫌われてるかもしれないけどね」
「ラルは……仕方ないさ。俺は過去や未来の人に協力してもらうのは、反対だったんだよね」
「え、そうなの?」
「戦争に巻き込む必要はないだろう」
レゾは少し俯き、眉間にしわを寄せた。
「杏奈は、君たちは、嫌じゃないのか?」
「俺は嫌だよ。仕方なくだ」
皐月が真っ先に答えた。
「俺は帰る方法が見つかるまで、唯が帰す気になるまでは、世話になるつもり」
「私は唯を放って置けなくて」
レゾの瞳が揺れる。
「杏奈は変わってるね」
「そうかな?」
そう話している内に、一つ目のテントに辿り着いた。
「あら、レゾくん。どうしたの?」
中から男女二人組が顔を出した。
「新しい仲間を案内してるんです」
「まあ、新しい協力者の方が来たんだったかしら」
男女はテントから出てきた。二人とも穏やかな顔で、杏奈たちを見る。
「山内さん夫婦だよ。カキさんと、レロさん」
「よろしくな。俺がカキだ」
男の方が手を差し出す。
杏奈はそれをとり、握手を交わした。
「よろしくお願いします」
「妻のレロだ」
「よろしくね。私たちは食事作り担当なの」
山内夫婦に挨拶をして、次は休憩している門番たちや、仕事中の門番たちに挨拶をしてきた。
「じゃあ、次は獅維さんたちのところに行こうか」
レゾはそう言って、拠点の西側に杏奈たちを誘導した。
いくつかのテントがあるところに来ると、無造作な髪型の男が焚き火を焚いていた。
「……君が未来のイヴか」
振り向くと眠そうな目をしていた。