第1話 ここはどこ?
猫耳と尻尾を携えた猫耳族の少女・河川杏奈と、魔族で杏奈の義弟・河川皐月、杏奈をイヴと呼ぶヒュー族の少年・木田アキラは惑星旅行から地球に帰ってきた。そして、イヴの能力を覚醒させる方法を探そうとして旅立つことにした。しかし、旅を始めてすぐに、視界が歪み、体の浮遊感と共に気を失った。
「う……」
杏奈は草木の匂いを感じて、目を開ける。自分が地面に横たわっているのに気付き、飛び上がった。
杏奈たちは木に囲まれた場所にいた。
「な、何が起きたの! 皐月! アキラ!」
杏奈は周囲を見渡した。
近くに皐月とアキラが寝転がっていた。
皐月のクリーム色の髪が土で汚れている。
「目が覚めたのね」
そう言われ、杏奈は声の方向を見た。
すると、知らない女が二人、男が一人いた。一人の女はフードを深く被り、顔を隠していて表情は読めない。
「動物族の女」
フードを被っていない方の女……少女は一言呟いた。
おでこを出して、左側にある前髪を止めているピンがきらりと光った。
「また、失敗か」
「そんな事言うなよ。魔力がなくても、使えるかもしれない」
少しくたびれたような顔をした男が言った。
「さあ、立てるかい?」
男は杏奈に手を差し出した。
杏奈は、男を悪い人ではないと判断して、手を取った。
「ありがとうございます。あの、ここは? 皐月たちは大丈夫なんですか?」
「一つずつ回答するよ。お連れの子たちは時期に目を覚ますだろう。時空移動の反動だろう」
「時空移動?」
「君たちはどこかの時間から、ここに来たのさ」
「え?」
杏奈はぽかんと口を開けて、彼らを見た。
「私は室館唯。ここは一四七五年のウエスト帝国」
おでこを出した少女は唯と名乗った。
「せ、一四七五年!」
杏奈は驚き、身を引いた。
杏奈たちがいたのは、二〇〇〇年なのだ。しかも、元々いた場所はエスト王国。
エスト王国の西にある国がウエスト帝国なのだ。
「あなたの名前と生きていた時代を教えて」
「私は河川杏奈よ。二〇〇〇年にいたはずなのに」
「杏奈ね。今度は未来から来たの」
杏奈は何が何だかわからず、口を開けて、聞かれたことに答えることしかできなかった。
「未来の世界はどうなっているのか、気になるところだけど」
唯はそう言って、皐月とアキラを眺めた。
「まずは、この子たちを起こさないとね」
唯はしゃがみこみ、皐月とアキラの肩を揺らした。
二人は唸り、目を開ける。
「なんだ……?」
「ここは?」
唯は、先ほど杏奈に説明したことを再度言い、二人の名前も聞いた。
「梅林姉さん」
唯はフードを被った女に話かけた。
「わかってる。魂を見るわね」
梅林は、杏奈たちに手をかざし、ぶつぶつと何かを唱え始めた。
「うん」
「わかった?」
「ええ。杏奈は間違いなくイヴで、アキラはアダム。そして……」
梅林は皐月の方を向き、指を指した。
「驚いたわ! チスと同じ魂を感じる」
「チスと?」
「ええ。未来から来たということは、チスの来世ってことね」
唯は考え込むように、口元に指を当てる。
「あの、チスって?」
杏奈は話についていけず、一応簡単に理解できそうなことを聞いてみた。
「私たちの仲間」
唯はそう答え、皐月をちらりと見た。
「魔力が高い可能性がある。使えないことはないか」
「それと……」
梅林は唯の方を向いてから、アキラに向き直った。
「アキラから変なものを感じる」
「いきなり会った人に変って言われるのも久しぶりだな」
アキラはあっけらかんと言ったが、杏奈は疑問に思った。
変なものを感じる? アキラに何かあるのだろうか。
「とにかく、こんな所で話してるのもな。拠点に行こう。俺はゾーコ。よろしくな」
ゾーコはアキラの肩を叩き、行こうと促した。
拠点とやらに向かうことになり、杏奈と皐月、アキラは仕方なくついていくことにした。
「あの、なんで私たちは過去にいるんでしょうか?」
杏奈はずっと疑問に思っていたことを聞いた。
すると、前を歩いていた唯、梅林、ゾーコは立ち止まり、杏奈たちを見た。
「覚醒してないのか、イヴだと知らなかったのかわからないけれど、私の前世はイヴ。あなたと一緒」
唯はそう言って、杏奈をじっと見つめた。
「イヴは時を操る力を持っている」
唯は手のひらを出して、手を合わせる。
すると、手のひらから、杖が現れた。羽や宝石の飾りがついた白い杖だ。
「これは時の杖。イヴの力を増幅させるもの。あなたは持っていなさそうね」
「時を操る……私たちが探していた力だわ!」
杏奈は耳と尻尾をピンと立てて、興味ありげに唯の杖を見た。
「探していた、ね。やっぱり、覚醒はしていないみたいね」
唯は残念そうに、ため息をつき、前に向きなおる。
「おい。あいつ、失礼じゃないか」
皐月はボソリとアキラに耳打ちする。
「話を聞かないことには、何もわからないから、気にするなよ」
アキラはそう答えて、歩き始めた唯たちに続いた。皐月はあまり納得はしていなかったが、どうしようもないため渋々後に続いた。
木々が生い茂る中を歩くと、森から出たが、さらに目の前に森が広がっていた。
「こっちの森に拠点がある。もう少し歩くが、杏奈は大丈夫か?」
ゾーコは杏奈の頭をポンと優しく触り、目を細めて見た。
「大丈夫です!」
「杏奈に気軽に触りやがって」
「アキラうるせえ」
杏奈たち、三人はいつもの調子が戻ってきたのか、少し騒げるようになっていた。
「ふふ。仲が良いのね」
梅林はくすくすと笑い、三人の方を向いた。
「先に来た人たちより元気で良いかな」
唯は、今まで仏頂面だったが、少し顔を緩めた。
森の中をいくらか歩くと、開けた場所に出た。
テントがたくさん並んでいて、それを鉄線と木の杭が囲っていた。
「ここが俺たちの拠点。俺たちは、パークス・ミール。平和を祈る団体だ」
「平和を祈る?」
杏奈は疑問に思ったことは、すぐ口に出すタイプだ。
「今、ウエスト帝国は、戦争が起きている。それを止めるための活動をしているのが、パークス・ミールだ」
アキラはその言葉にぴくりと反応したが、誰にも悟られないように、平静を取り繕った。
「戦争ですって! どことどこが?」
「別の森が近くにあって、そこのエルフの里と、ウエスト帝国軍の戦争だ」
ゾーコが杏奈たちをパークス・ミールの入口に促した。
入口には二人の男が立っていた。
「その人たちが協力者ですか?」
「ああ。顔を覚えろよ」
「はい」
二人はゾーコの言葉に、姿勢を正して答えた。
「さあ、中心の大きなテントで話そう」
杏奈たちは言われるままに、大きなテントの中に入った。
唯と梅林は、別の所へ行き、ゾーコと杏奈たちだけがテントに残された。
「俺はここのリーダー、ゾーコ・ソー・ベー。君たちに協力してもらいたいことがあって、別の時間軸から呼んだ!」
ゾーコは中にある椅子に、どかりと座った。杏奈たちにも座るように言った。机を挟んで、ゾーコを見る杏奈。
「おい。待てよ。勝手すぎないか?」
皐月はずっと疑問に思っていたことを口に出した。
「こちらも手段を選んでいられなかった。協力者が必要だったんだ。しかも、力のある、ね」
「力はないですよ。この三人の中で、まともに戦えるのは俺と皐月だけです。それに、皐月は戦うのはほとんど素人です」
アキラは、今まで穏やかな顔をしていたが、突然ゾーコを睨みつけるように見た。
「イブとして覚醒すれば、杏奈も戦えるだろう」
「覚醒しようが、しまいが、杏奈は戦わせません」
「……そういうことか」
ゾーコとアキラはお互い視線を逸さなかった。
「だが、覚醒しなければ、帰れないぞ」
「え……?」
杏奈はゾーコを不思議そうな目で見た。
「唯は君たちを帰す気はないだろう。それなら、協力者として、戦争を止めるしかない。それが嫌なら、杏奈。君は覚醒しないといけないよ」
ゾーコは真剣だった物言いをやめて、杏奈に優しく言う。
「帰さないって、どいうことだよ!」
皐月は声を荒げた。
「アキラと皐月に期待しているんだろう。今は、一人でも協力者は多い方がいいからな」
「そんな勝手な」
皐月はゾーコを睨む。
アキラはゾーコの方をずっと見ていたはずだったが、杏奈の方を見ていた。
「杏奈はどうしたい?」
優しい声で、アキラは聞いた。
「アキラ……私」
「姉さん、まさか」
「手伝いたい。私は、あんまり戦えないから、役に立てるかわからないけど」
「そうか。杏奈らしいね」
アキラは優しく微笑む。
「戦いに出ないと約束するなら、俺はいいよ」
「はあ! アキラ、いいのかよ」
「杏奈は俺が守るから、大丈夫」
「そういう問題かよ」
「そういう問題だよ」
皐月はアキラの言葉に、はあと大きなため息をついた。
「じゃあ、決まりだな。君たちの寝るテントは用意しよう。それまでは……ちょっと待っていてくれ」
ゾーコはテントから出て行った。
「姉さん! 何を考えてるんだ」
「困っていたから」
「お人好しにも程がある!」
「唯を放って置けなかったの。ごめんね、皐月」
「なんで……」
「それに、イヴについて知りたい。唯たちはイヴやアダムを知っていた。何か得られるかも」
「それには俺は同意するよ」
アキラがにっこりと笑い、言葉を綴る。
「唯が帰してくれないなら、ここで安全に暮らす必要がある。協力者が欲しいみたいだから、雑な扱いは受けないだろう。杏奈に危険なことをさせなければ、俺はここにいるのを仕方ないと思っている」
アキラは、先ほど気づいたことを考えないようにして、杏奈と皐月が安心できるように話した。
「わかったよ」
「皐月……」
「姉さんが約束を破る常習犯だってことは忘れるなよ、アキラ」
「それもわかってる」
「ちょっと、二人とも、それは失礼じゃない?」
杏奈は少しムッとして、二人を見た。
「姉さんは自分の実力を考えた方がいいよ」
「杏奈は俺が守るから大丈夫」
皐月はため息を、アキラは笑顔を見せた。
杏奈はいつもの調子の二人を見て、どことなく安心したのだった。