◎ 2095年7月30日 土曜日 ◎ 楽しいお通夜
僕は、とてつもなく寝相が悪い。目が覚めたら上下が入れ替わっているなんてのは序の口で、ベットから落ちて床を這いずり回ることもしばしばだ。加えて鼾もすごいらしく、結婚以来、妻とは寝床を別にしていた。なんとも寂しい結婚生活に聞こえるかも知れないが、妻に迷惑をかけることに比べれば気楽なものだった。
そんな僕が、今日は頭から足の先まで針金を通したかのようにピンと伸ばし微動だにせず眠っている。どんなに耳を澄ましてもいびきも寝息も聞こえてはこまい。それどころか、心臓の鼓動音だってたてようはずがない。だって僕は、もう死んでしまっているのだから。
まさか、自分自身の死について語ることができる日が来るとは思いもしなかった。肉体から精神が解き放たれて身軽になったおかげか、年の割に体の調子はすこぶる良い。いや、この場合は体の調子というより魂の調子と言った方が良いのかもしれない。
ソロモングランディで言うところの、「木曜」と「金曜」、すなわち「病気」と「病気の悪化」は僕には訪れなかった。そりゃあ、風邪やインフルエンザに罹ったことはあるけど、その程度なら経験したことの無い人の方が少ないはずだ。若い時に入った医療保険の保険料を数えれば、良いバイクの1台ぐらいは容易く買えたかもしれない。保険会社にしてみれば、さぞ良いお客様だったことだろう。
しかし、病気をしないというのも考え物だ。だって僕は、つい昨日まで自分の足で歩けていたし、何なら明日は河川敷をジョギングでもしようかと考えていたほどだ。それが、寝て起きたらもう死んでいたから困ったものだ。死の前兆が無かったせいで、悔いをたくさん残してしまった。死ぬとわかっていれば、とっておきの羊羹だって食べておいたのに。
ただ、年相応に死ぬ準備だけは済ませておいて正解だった。遺影は毎年取り直しておいたし、遺産の分け方についても家族と相談を済ませてある。残された家族は、きっとスムーズに事を進めてくれていることだろう。
絶賛開催中の僕の通夜には、親族が山程集まって来た。しかし、長く生きていればそりゃあ親族だって増えるものさ。僕の子供たちが孫を生み、孫が曾孫を生み、曾孫が玄孫を生む。そうやって鼠算式に家族が増えていく。そういう年齢になるまで、僕は生きてきた。
それに、僕には三人も妻がいたのだ。ソロモン・グランディに倣って、子供に関しては特に触れることもなくやってきたが、実のところ実子が9人もいる。一人目の妻と2人、二人目と2人、最後が5人。内訳でいうと2:2:5。
前妻の子たちとは、離婚後も良好な関係を築けていた。それも、事あるごとにお小遣いをかかさなかったおかげだろう。彼らもよく、我が家に遊びに来ていた。腹違いの兄弟たちも、その特殊な関係性を気にすることなく仲良く過ごしていたものだ。一方で、年末からお正月にかけては僕も大分泣かされたものだ。世代をまたぐごとに鼠算式に増えていくクリスマスプレゼントとお年玉。年始は、すっからかんで初詣に行き、妻にお賽銭を無心するのが恒例の行事となっていた。
正直なところ、子供たちの養育や教育には莫大な金がかかった。本来の僕の稼ぎでは、到底はじき出せない額だ。だが僕には、かつてアメリカ大陸で熱狂的支持を受けたとあるスポーツ選手から頂戴した慰謝料があった。金の切れ目が縁の切れ目というが、家族の絆だって例外では無かろう。そのことを思えば、僕が子供たちとの絆を失わずに済んだのも彼のおかげなのだ。
ちなみに、その資金源は未だ枯れることなく残っており、僕の遺産として次の世代に受け継がれていくことになっている。
人の葬式だと眠くなる、「南無阿弥陀仏」のフレーズも自分のために念じられてると思えば幾分か心地よく聞こえるものだ。僕の通夜は、もちろんのこと浄土真宗の菩提寺で行われていた。
振る舞いの席は、大量に集まった親族によってちょっとしたお祭り騒ぎになっている。子供の騒ぐ声と、大人たちの馬鹿笑い、アルコールの臭いが部屋いっぱいに広がり皆が陽気に思い出話に花咲かせている。少しは湿っぽくやってもいいんじゃないかと眉をひそめたが、久々に集まった家族の笑顔を見ていると自然と留飲も下がってくる。まあ、大往生であったことを思えば、さもありなん。僕自身ですら、死んでしまった悲しみよりも良くぞここまで長生きしたと祝杯をあげたい気分なのだ。
幸いにも一番奥の席には、僕に供えられた影膳が見える。僕は、身軽な体でヒョイヒョイと机や人ごみを飛び越え自分の席を目指した。その道中、物心もついていない幼い玄孫連中が僕の方に向けて指を指したりワアワアと喚いてきたりしてきた。母から受け継いだ茶目っ気で、渾身の変顔を披露してみせたら声を上げて泣き出したのはとても可笑しかった。どうやら彼らには、僕の姿が見えているらしい。
僕の席にたどり着くと、その隣に老いた我が妻がチョコンと座っていた。妻は、馬鹿騒ぎに混ざることなく穏やかに家族たちのどんちゃん騒ぎを見守っている。よっこいしょっと腰を下ろすと、するはずもないドシンという音が鳴った気がした。すると、妻があらあらと僕のお気に入りだったお猪口に酒を注いでくれた。僕は少しだけ驚いたが、それを一口でグイっと飲み干した。酒が喉を通ると、文字通り冷え切った体に少しばかりの熱が宿ったような気持ちだ。まったく。妻は昔から、気の利く女であった。
影膳に視線を落とすと、生前に楽しみにしていたあの羊羹が添えられている。間違いなく、妻の計らいであろう。まったく、この女の勘の良さと言ったら。僕は、彼女に「ありがとう」と耳打ちしてから羊羹をつまんだ。
少しだけ頬を赤らめ微笑む妻と並んで、ゆっくりと会場を見回す。かなりの大人数がひしめき合っているがだが、誰一人として顔と名前が一致しない子はいない。ネクタイを緩めだらしなくシャツをはら毛出しているのは、僕の三男の末っ子。座敷の片隅で輪に混じることなく寿司を貪っているのは、次女の息子。先ほど泣かせてしまった玄孫は、四女の孫だ。僕の大事な家族たち。
思えば僕の人生、妹を失い、両親を見送り、悲しみに打ちひしがれることもあった。しかし、それ以上に家族が増える幸せに満ち溢れていた。人の生き死にをそう表現するのは功利主義的であまり気持ちが良いものではないが、プラマイでいったら確実にプラスだろうさ。カントだって認めざるを得まい。
僕は、かつて望んだ平凡な人生とは随分かけ離れた生き方をしてしまった。しかしそこには、非凡な人生でしか味わえない非凡な大きさの幸せがあった。その人生を楽しめたかと問われれば、僕は躊躇なく「YES」と答えられる。もはや、人生に悔いなどない。羊羹も既に腹の中だ。
そんなことウトウト考えていると、とんでもない光景が目に入ってきた。
その女は、通夜に似合わぬケンタのボックスを抱えていた。艶やかな髪に、少したれ気味の目、年老いてはいるが見間違えようがない僕の二番目の妻だ。彼女は、その年齢からは想像できない素早さで僕の空っぽの肉体へと近づくとケンタのボックスを素早く棺桶へと突っ込んだ。あまりに迅速に事を為したせいか、誰一人として彼女の奇行に気付いた者はいなかった。彼女の行為が、何を意味するかはわからない。だが、あの謎宗教がらみの所作であることは間違いなかろう。
火葬後に起きるであろう惨劇、あるいはミステリーが、既に機能を止めたはずの僕の胃をキリキリと痛ませ始めた。死んでしまった僕には、もはやどうすることもできない。ただただ天に祈るしか術はなかった。
「どうか、あのチキンが骨なしでありますように」




