第45話 聖女の苦戦
「すまん……本当にすまんかった! 俺はアンリの配下になる事を誓おう。これからは友達としてもよろしく頼む。」
最初の軽薄そうな態度はどこへ行ったの? というか、最初からそうしていれば争いにもならなかったんだけど……。
「えぇ。ずっと友達よ。」
アンリさんは笑顔で答え、握手を解いた
これが戦いの後に芽生える友情というものなのね。
それにしても……どうしてベーゼブはショックを受けた顔をしているのかしら?
ずっと友達なんだから喜べば良いのに。
「仲直り出来て良かったですね。」
「あぁ、ありがとう。アンリの孫にそう言ってもらえると嬉しいものだ。」
ベーゼブの目にはちょっぴり涙が浮かんでいた。
「そろそろ戦いたいんだけど……。」
「もう良いんじゃないか? 仲直り出来た事だし……これからは仲間だぞ? アンリの娘よ。」
「仲間なら修行に付き合うべきね。」
「……ごめんなさい。娘のワガママに付き合ってくれないかしら?」
「そういう事なら仕方ない、か……。良かろう、かかって来い!」
ずっとうずうずしていたお母さんが攻撃に移る。
拳を連続で突き出しては全てがガードされ、相手へのダメージは一切ない。
「流石に強いわね。」
「お前はなんなんだ?! さっきより明らかに強くなってるぞ! それとも、強さを隠していたのか?」
「私はね。強い相手と戦うと調子が良くなるのよ!」
お母さんも私と同じだったんだ……。
「なんて重い攻撃だ……。」
ベーゼブはお母さんの攻撃をガード出来てはいるが、さっきまでの余裕はなさそう。
「私も一緒に頑張ります。」
私もお母さんに合わせ、拳を連打する。ベーゼブは私の拳を左手で、お母さんの拳を右手で上手く防御している。
「凄いわ! 私とお母さんの攻撃を全て防ぐなんて。」
しかし、最初に振り払われたような感触ではなく、確実に相手の肉体を打つ手応えが拳に伝わってきている。
「でも、調子の上がってきた私達を完全に抑え続けるのは難しそうですね?」
「……その通りだ。」
実際、防御が時々間に合わず、顔面目掛けて放った拳を首を傾けて避けるような場面が何度か見られるようになった。
このまま押し込めそうだと思った瞬間……
「今だ!」
ベーゼブが叫んだ瞬間に私の腹を突き抜けるような衝撃が走り、一瞬で視界が切り替わる。
恐らく私は蹴りを入れられ吹き飛ばされたのだろう。
「ぐっ……結構効きますね。」
そして空いた片手でベーゼブはお母さんに反撃を行うと、私同様吹き飛ばされていた。
「魔界に五体しかいないと言われるだけはあるわね。結構キツイわ。」
お母さんも相当なダメージを負ったようだ。
「確かにお前たち2人は強いが、こちらだって魔神と呼ばれる存在。そうそう簡単にやられはせん!」
「楽しいわ。私にダメージを与える存在なんて母さん以外は久しぶりね。」
明らかに足にきているだろう歩き方なのに、気力も魔力もまだまだ健在の様子で笑っているお母さん。
「あくまでこれは修行だ。だから威力はお前たちが立てるだろう程度には抑えてある。」
「それはありがとうございます。」
私はお母さんへと話しかけているベーゼブに対し、背後から襲い掛かる。
しかし、そんな事は分かっていたとばかりに簡単に避けられた。
気付かれていた?
「アンリの孫よ。お前はなぜダメージが無いのだ?」
そう言いながら、ベーゼブは私の腕を掴みお母さんの方へと投げる。
かなりの勢いをつけて放り投げられた私をお母さんが受け止めた。
「お母さんナイスキャッチ。」
すぐに回復魔法で癒す。
「娘の回復魔法は格別ね。」
すっかりダメージも消え、再び2人がかりで襲いかかる。
「回復魔法とは驚いた……聖女だったか。」
「はい。」
「戦える聖女がこれ程厄介だとは知らなかった。」
「アリエンナは特別よ。私も結構鍛えてあげたんだから。」
私達3人は会話をしながらも拳と蹴りの応酬を繰り返している。
ベーゼブの攻撃は徐々に鋭さを増していくが、私とお母さんも調子がグングン上がっていき、上手く対応出来ている。
「……お前たち2人はどこまで強くなるのだ? 本気の俺に対して互角だとは……。」
とうとう本気を引き出せたのね。
でも、まだまだだ……。現時点ではお母さんとの2人がかり。
これでは勝ったとは言えない。
「アンリ。お前の娘と孫はオカシイぞ!」
「私もそう思う。」
アンリさんは他人事のように言っていた。
「しかし、まだ甘い。」
ベーゼブが拳を放ち、それを防御した瞬間に私は吹き飛ばされてしまった。
防御が間に合ったのになぜ?
見ればお母さんも吹き飛ばされている。
「お前たちは戦いながら魔法を使用せんのだな。」
え?
「さっきはアンリに魔法を妨害されていたから使えなかったが、今はお前たちとの2対1だ。存分に使用させてもらうぞ!」
ベーゼブは両手をそれぞれ私とお母さんに向け、黒い塊のような魔法を連続で放つ。
威力こそ直接攻撃には劣るが、それでも魔神の放つ魔法。牽制程度なんて威力ではなかった。
「こうやって魔法を使いながら戦うのが魔神の戦い方だ。お前たちは途轍もない肉体能力に任せて、相手をぶん殴っているだけに他ならない。」