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魔女と悪魔と普通の少女と  作者: 10月猫っこ
8/8

「かんぱーい!」

 ざわめく店内では、多少大声を出した所で咎められる事は無い。

 実際、かなり大きく出された聖子の声は店員の視線を集める事も無く、隅に陣取っている自分達の騒ぎは、周りからは何の苦情めいた顔を向けられる事は無かった。

 カラカラと氷をかき回し、雫はグラスの中のアイスティーを飲みつつ苦笑で聖子達を見つめる。

 中間テストも無事終わり、赤点を大量にとってもおかしくは無い聖子ではあったが、どうやら今回はそれを免れたらしく、テンションは集まった友人達の中の誰よりも高い。

 お祭り好きの友人が選んだ店は、何時もやってくるケーキバイキングの店だ。値段も手頃で、甘い物好きの女性客をターゲットとしているこの店は、誕生日の証明を店員に見せれば何時もよりも安く中に入る事が出来るため、財布の懐具合を考えてもベストな選択と言えるだろう。

「にしても、今回の中間きつかったわー」

「あ、それ言える」

「雫はどうだった?」

「んー」

 生返事を漏らし、雫は目の前のケーキを切りながらどう答えたものかと思案する。

 無論赤点はとっていない。それどころか、高校に入ってから最も高い点数をとり、学年百位以内をとる事が出来たのだから自分でも驚きだ。

 もっともそれは、部活内にて行われた『勉強会』のおかげといえるだろ。何しろ、教えている人間が人間だ。もしも赤点などをとろうものなら、それこそ何が行われるか考えたくもない。それが分かっているからこそ、誰もが優誠の指導のもと必死になって勉強していたのだ。

 ある種修羅場と言っても過言ではない雰囲気の元、情報処理部の人間は全員百位以内をとり、答案用紙の返却と順位発表の数位に優誠以外の全員が胸をなで下ろした。

 無論、優誠は誰にも譲る事なく、堂々と学年トップの更新記録を続けていたが。

 まさか優誠に教えてもらったのだ、と言おうものならば、ここにいる友人の何人かはそれに食いついてくるだろうことは、部活に入ってからの日々を思い返せば容易に想像がついてしまう。

 浮かべる苦笑が答えとなったのか、それ以上は雫に中間試験の結果を聞くのを止めて、思い思いのスタイルで皿やグラスをからにしていく。

 それを横目で見ながら、この場にこれなかった友人達が送ってくれた紙袋に手を伸ばした雫が、かけられた疑問に行動をぴたりと止めた。、

「そういえば雫、阿久津君とどうなったの?」

「……どうって?」

「阿久津君、あんたに告ったんでしょ」

「はぁっ!」

 頓狂な声が雫の唇をつく。その反応に、友人達は驚いたように顔を見合わせると、だって、ねぇ、と言いずらそうに雫に話しかけた。

「阿久津君が、雫に告白したって、本人から聞いたんだけど」

「そんなわけないじゃない」

 すっぱりとそう言い切り、不機嫌そうに雫は眉間にしわを寄せる。

 えぇ、でもー、という友人達の声は右から左に流れ、雫はこの場に乱入しかねない阿久津の事を思い返し、顔面を不機嫌から仏頂面へと表情を変えた。

 少なくとも、優誠があの『契約』を壊した時に、全ては終わったものだと思ってた。

 加えてあの力加減を知らない魔女により強制的に魔界に戻されたのだ。もう二度と自分と顔を合わせる事もないだろうと安堵していたのだが、そんな雫の予想を裏切り、二日ほど間を開けて阿久津は何事もなかったかのように教室に現れた。

 その姿を眼に入れた途端、雫は思わず大きな声を上げそうになり、慌ててその口を押さえつけて周囲を見回してしまった。まさかあれだけ痛めつけられたにもかかわらず、まだ自分の前にのこのこと現れるなどとは、全くもって考えてなかったのだ。

 慌てて優誠へとメールを送れば、ものの数分もたたぬうちにただ一つの言葉が液晶に映し出されていた。

 曰く……。

 ぶっとばす。

 たったそれだけだが、優誠の怒りが再燃したのがよく分かってしまう。とはいえ、これだけではどう対処していいのか分からなかったが、数秒もたたないうちによく知った気配が雫の側で感じられた。

『困ったものですねぇ』

 と、ぼやいたのは、もちろんエイドだ。

 同意見しか持てはしなかったが、エイド達がいるだけで安心感が増してくる。この一人と一羽がいる限りは阿久津も何もしてこないだろう事は、主たる人間がその実力を認めているからだ。

 おかげさまで、と言うべきか、エイド達の気配に押されているのか、今のところ阿久津が雫の側に不用意に近づく事はない。何度か雫に声をかけようとしているのを見てはいるが、あえてそれを無視したまま雫は今日まで過ごしている。

 それに業を煮やしてなのだろうか。そんな事を友人達に宣言したのは。

『外堀から埋めてきおったな』

『まぁ、その方が確実性はありますし』

 他人事のサライとエイドの意見だが、友人達には聞こえていない声に対して、不満をぶつける事は出来ない。ぐっと喉の奥で意見を潰し、雫は興味丸出しの友人達の様子に深々と溜息を吐き出した。

「とにかく、そんな話しは、全く、これっぽちも、あり得ないから」

「ふーん」

 何とも納得しかねると言いたげな返事を返しつつも、これ以上この話しは後にも先にも続かないと感じたのか、友人達はがらりと話題を変えて話し込み始めた。

 たわいのない平穏な会話を聞き流し、雫は一通り渡されたプレゼントに視線を落としていたが、それを見た聖子が軽い口調で話しかけてくる。

「ねぇ、鏑木ちゃんからは何ももらってないの?」

「んー。なんか、それは明日の部活で渡すからって言われてるんだよね」

 約束の都合上本日は部活にはいけなかったが、明日は必ず部室に立ち寄るように情報処理部の部員からは念を押されている。サプライズとはいかないが、それでも誕生日を盛大に祝うのだ、と、お祭り好きな部員達は口にしていた。

 なにせ無法地帯的な部だ。何をどうやるかは分からないが、自分も楽しめるだろう事は確実と言って良い。一抹の不安はあるものの、自分の想定内で事が楽しめれば良いのだから、ある意味雫も毒されてきたといって良いだろう。

 小さなクマのストラップを手に取り、それを携帯に付けようとした雫の頭上から、聞き慣れた声が聞こえたのはちょうどその時だ。

「高坂」

 ぎくりと身体を強ばらせたのは、先程話題にあがった人物だからだ。嫌々そちらに顔を向ければ、両手で抱えても抱えきれない花束を持った阿久津が立っている。

 何人かは、やっぱり、と小さな小声で話しているが、雫の耳にはそれら全てが入ってくる事は無い。何もこんな所まで追いかけずとも、と言いかける雫だが、阿久津にその言葉は馬耳東風であろう。仕方なく、雫は疲れたように名を呼んだ。

「阿久津君」

 何をしに来たのだ、と険を含んだ雫の声に、阿久津は両手に抱えた花束を雫へと差し出す。

 白を基調にしたそれは、花に疎い雫でも高価なものだと一瞬で理解できる。いったいどうやって花屋に料金を渡して作ってもらったのか、はなはだ疑問に感じるが、それ以前にこれを受け取っていいかどうか判断に迷ってしまう。

「お前のために作った。無論、受け取るのを前提にしてこの花を贈るが」

 すっごーい、と言う友人の声が聞こえるが、これで無視して花束をもらわなければそれはブーイングへと変わるだろう。そんな雫の葛藤に、エイドがそっと耳打ちをしてくる。『受け取っても大丈夫ですよ。魔力は全く感じられませんし、何かあればこちらでどうとでもなりますし』

「はぁ」

 間の抜けた答えを返し、雫は渋々ながらその花束を受け取った。

 花には何の罪もないのだし、何かしらの術がかかっていればエイド達がどうにかしてくれるだろう。

 香しい匂いが辺りに充満し、友人の何人かは阿久津に熱い視線を送っているが、そんなものなど気にしていないらしく、阿久津は満面の笑みと以前言っていたとおりに雫を花嫁扱いしているのは、雫だけでなくエイド達も同じように感じたのだろう。

『いっそ後で生ゴミにしたらどうです』

『まぁ、その方法をとった方が良いじゃろうな』

 それはそれでもったいない気がするが、送ってもらった相手が相手だ。生ゴミ扱いにしたら、自分の家までやってくるのは目にみえている。

 さてどうしたものか、と考え込んでいた雫の耳に聞き慣れた声が届く。

「あれ、先輩も居たんですか?」

 すでに皿の上に何種類かのケーキをのせた優誠を見つけた瞬間、雫は苦笑とも泣き笑いともつかない笑顔を浮かべた。

 それだけで察したらしく、優誠は心底嫌そうな表情で阿久津を見上げた。

「何であんたが居るのよ」

「居て悪いか」

「悪いね。

 ってか、空気の読めない男は嫌われ対象だと思うけど」

 バチバチと火花が散る中、そんな事にお構いなく優誠の背後から声がかけられた。

「優誠ーこっちの席とったから、早く来なよー」

 中等部の制服を着た少女の一人がのんびりとした口調でそう言ってくると、優誠は明らかに機嫌の悪さを身体中から放ち、ちっ、と鋭い舌打ちとともにその場から立ち去る。

 その際、阿久津と雫にだけ聞こえる声で、物騒な事を言い放った。

「後でボコる」

 言葉とは裏腹に颯爽とその場から離れた優誠に、まるで口を開く事を忘れていたかのような友人達は、一斉に雫へとしゃべり始める。

「何、何なの!阿久津君だけじゃなくて、鏑木まで現れるって、どんなびっくりよ!」

「いや、あたしに言われても……」

「ここによる、とか鏑木から聞いてなかったわけ」

「あのね、中等部の人間にそうほいほい自分がどこに行くかなんて言わないでしょ」

「まぁ……そうかも」

「じゃぁ阿久津君は?うちらが話してるのを聞いて、ここに来たわけ?」

「そうなるね」

 にっこりと、人好きのする阿久津の笑顔に、ポッと友人達の頬が赤く染まった。耐性のない人間にとって、これはかなり有効な手段だろうことは、阿久津の瞳を見ていればよく分かる。

 早くここから立ち去れ、と念じてはみるが、それはあっけないほど簡単に粉砕された。「阿久津君、ここ空いてるから座りなよ」

「いいのかい?」

「もっちろん!」

 紳士的な、流れるような動作で阿久津は勧められた席に座る。まるで当然のような振る舞いは、まるで寓話に出てくる王子のような所作に、ぽーっと雫以外の女子生徒達は阿久津に見惚れている。

 この場でこいつは悪魔だとカミングアウトしても、それを信じる者は少なく、逆に雫の頭を心配するだろう。それほどまでに、今の阿久津の雰囲気はその場に馴染んでいるものだからだ。

「阿久津君、学校に慣れた?」

「えぇ。皆さん良くしてくれますから」

 先ほど雫がばっさりと否定したからだろう。幾分か媚びを含んだ目線を送る友人の姿を見て、雫はそっとため息をはき出す。

 本性を知らないとは何とも羨ましい事だと思いながら、先程からおどろおどろしい視線を送ってくる人物へと、雫はちらりと視線を向けた。

 不機嫌さを隠そうともせずに、ガシガシとコップの中の氷をストローで粉砕している様は、周囲の温度を絶対零度にするだけではなく周りの友人が引いてもおかしくはないのだが、さすがはあの優誠の友人と言うべきか、誰もその様子に恐れる様子もなく本人をほったらかしでケーキ類を突いている。

「なんだかなー」

 思わず苦笑を漏らしそうになりながらも、こちらをじっと見ている優誠の顔を見て何とかそれを押し込める。だが、それは自分の側に居る視えない存在には分かったのだろう。 クスリという笑い声が聞こえ、雫はエイドの態度に巻き込まれた形で笑みを零してしまった。

「また賑やかになるのかな?」

「雫?」

 唇をついた言葉を聞き咎めた友人に緩く頭を振り、ふと考えた事を口にした。

「優誠も呼ぶ?」

「あ!それいいかも!」

「なら、店員さんに言って席作ってもらおうよ」

 雫の提案に阿久津の顔が一瞬引きつるが、それを見ていなかった友人達は近くの店員に交渉すべく腰を上げる。

 雫も同様に、優誠達の座る席に足を向ける。その背中に、阿久津が焦ったような声をかけてきた。

「せっかくの誕生日に、後輩まで呼ぶのはどうかと思うんだが」

「えー、阿久津君。誕生日だから、無礼講にしたいんじゃない」

 阿久津の言葉に反対の意を示したのは、何時も優誠へと助力を頼んでいる友人からだ。無論、雫の友人達は優誠を呼ぶ事に何のためらいも持っていない。

 高等部の女子生徒達の大半以上は、優誠の事を可愛がっている。というか、優誠に対しての敵対意識などはないのだから、これは当然の反応と言えるだろう。無論そこには、雫が優誠にかかりきりになる事を期待し、自分達が阿久津との仲を少しでも縮めたいという欲求があるのは、否定できない事ではあるが。

 雫の行動を眼で追いかけていたのだろう。優誠の表情が疑問を形作る。

 もしも自分達の席へ、と声をかけたならば、盛大に顔を歪めるだろが、優誠は気乗りしない表情でこちらに来るだろう。

 其れを考える雫の背中に、友人が声をかけた。

「きっちし連れてきなさいよね」

「分かってるわよ」

「お、おい」

 阿久津の焦りの声を聞きながら、雫は歩き出す。

 この騒がしい日常は、これから先も続くのだろう。

 それが良い事なのか、悪い事なのか……。

 これから先に起こるであろう事態を思い起こしながら、この騒がしくも愛おしい日常を送るために雫は優誠へと手を振った。

 いかがでしたでしょうか?最強魔女対悪魔の対決は?

 一応学園ラブコメチックな話しにはしたつもりですが、そうなっておりますでしょうか?

 主人公よりも目立つキャラクターではありますが、主人公は主人公なりに頑張ったと思います。とはいえ、これより先は主人公も波瀾万丈な生き方をするのでしょうが。

 自分が書くラブコメは、これが目一杯です。一本完結型なので、その点はご了承ください。

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