夏は夕暮れ、ようよう涼しくなる7時半過ぎ
最近、娘が『疲れた。疲れた』と言う
車で5分の会社から戻ると、
糸が切れたように居間にドカッと座り込む
まだ二十代前半の彼女
バレーで鍛えた引き締まった身体は
亡くなったうちの父いわく
『おめーが蟹だったらなぁ』と惜しがらせるほど
どうしたんだよ、身の詰まった蟹
じゃなかった 娘よ
帰ってくると、会社で溜め込んだ不安や不満を
機関銃のように喋り出す
会社ではがんばってるんだね
だからたくさん話すことがあるんだね
母は穴だらけになりながらうなずくばかり
話し尽くすとため息ついて
『疲れた、疲れちゃったぁ、もう……』
ひと息ついた娘がポテチの袋を開ける頃
土日休みだった母は、ようやく自分の話をする
今日は一日中YouTubeで音楽聴きながらマスク作ってたんだ
お盆に実家の皆に渡してあげようと思ってさ
『何聴いてたの?』
えーと、ほら、詐欺師の映画で流れてたやつ
繰り返し聴いてた
オフィス髭男爵のプリテンダーってやつ
その瞬間、娘が激しく咳き込んだ
心配して声をかければ
『ぶわっはっはっは!』
どしたの?
『オフィス髭男爵!?』
うん、そうだよ 若い人に人気のバンドでしょ?
『オフィス髭男爵!www』
?
なんか、良くわかんないけど
それであなたが笑えるなら 良いや
ちょっとは元気でた?
出たってさ
で、そのあとで『それ、余所で言わない方が良いよ。マジでヤバいから』と忠告されました
それでも、ポテチをバリバリする娘の横顔に『君は綺麗だ~』と歌ってあげたい親心w