向かい合う。
ひんやりと冷たい椅子。
コンクリートの箱の中。
後ろで縛られた手首、足首は痛くて。
けれど、泣くことなんて飽きてしまった。
ここに来て何日が経っているのだろう…
予想などつけることも出来ない。
「おはよう。でいいのかな?」
「おはよう。でいいのかもね。」
透き通るみたいな高い声
やさしくささやくテノールの声
「今日、で何日目かな。」
「予想もつかないよ。」
「痛い?」
「痛くない。」
「さびしい?」
「寂しくないよ」
「冷たい?」
「……冷たいね」
いつもの挨拶を交わすが、今が夜なのか昼なのか
夏なのか冬なのかわかるはずも無かった。
分かるのは1つだけ。
自分の目の前に居るのが女性
自分の目の前に居るのが男性ぐらいだろう。
なんせ、視力を封じられているのだから。
2人は同時に連れてこられて
何も分からず繋がれて、見えなくて、寂しくて、寒くて。
この世界は2人だけのものになっていた。
それは先ほどまでだが…
先ほど相手と違う人が来て言った。
「飽きたから殺す。けれど、選ばせてやろう。
30分、口から血をはきながら苦しみ死ぬか。
30分かけて刃物で切りつけられながら死ぬか。」
そいつは鼻で笑ってどっかにいった。
靴音が遠ざかったのが分かったから。
「どうする?」
「どうしよう。」
二人は無言で見詰め合っているだろう。
「でも、最期なんだから少し語りたいね」
彼は切り出した。
「それも、いいかもね」
彼女も同意した。
「私は、死んでもかまわないわ。
だってもともと死ぬ人間だったのよ?」
「どういうこと?」
「母さんがね、虐待してたの。だから痛いのは慣れてる。
刃物で切りつけられる事も、熱湯も、罵声も」
「……痛かったよね?」
「痛く…なんて…なかったよ」
頬から泪がつたった。
泪がこんなに暖かくてきれいなものだと思わなかった。
「ごめん、なんだか泣いちゃった。君の話…して?」
「うん。僕も死ぬ人間だったよ
生まれてすぐね親に捨てられ身内も居なくて
知らないところにつれてかれて。
薬の実験をされてから、口から血を吐くなんて当たり前だった]
「苦しかったでしょ?」
「 え?」
「苦しくて、泣きたくて、逃げたかったよね。」
「生まれたことを後悔したよね。」
「うん。」
「私もだ。この世界は美しくなんか無い。
幸せの背景はすべて不幸。私たちはその不幸の中の住人」
コツコツと靴の音。
カランカランと刃物の音
チャポンチャポンと薬の音
「さぁ?決めたな?王様、お后様」
「僕は刃物」
「私は薬」
「それではお后、お口をあけてください」
体内へとしみこむ薬はとても熱く感じた。
「けっほっ!」
「次は王様。」
滴る血の鉄の香り
小さく聞こえる悲鳴
それでも2人は泣きもしなかった。
ごぼっ…
口から落ちる血
地面に流れる血
暗い部屋を紅蓮色で染めていく。
「さぁ、そろそろ逝こうか?」
男は二人の目隠しをはずした。
「はじめまして。」
「初めまして。」
こみ上げてくる血だまり
振り上げられる銀色の刃物
「ありがとう」
「ありがとう」
「また、今度会いましょう。」
「そうしよう。」
「次はもっともっと…」
「素敵で美しい世界でお会いできることを祈ります」
箱の隙間から見えた
朝日はとてもとても
美しかった。
end 20080227