第七話
サッカー編です。
副島健人視点 です。
−大会1回戦
「俺らの最後の大会だ。思いっきりやろう。」
「おぅ!」
青空の下、永井を中心に集まっていた円陣は声を上げる。
今から遂に、俺ら高3の最後の大会が開幕する。
胸が高鳴るのが分かる。高校生活の中で、一番高鳴っているだろう。
自分で自分をなだめながら、俺は自分のポジションであるトップ下の位置にゆっくりと歩いていく。
「副島。」
声の方向を見ると、緑がいた。
「いいパス、頼むよな?」
「あぁ、任せとけって。」
緑は「よかった」と言うとFWの位置へと移動する。
あいつ、やっぱりその気じゃん…
俺はそう思いながら、観客席のほうを見る。
俺らの学校の応援団から少しはなれたところに、サエと坂上が座っていた。
サエと目があう。
サエは親指を立ててニコッと笑った。
俺は少しうなずいて視線をボールに戻し、すべての意識をボールに向ける。
ピピーッ
青空に響くホイッスルの音。
緑がちょこんとボールを触る。
その瞬間、俺らも、相手も、動き出した。
さぁ、「思いっきりやろう」。
前半30分過ぎ。
両チームともチャンスは演出しているが、得点はなかった。
敵陣の中盤、やや左サイド寄りで俺にボールが回ってくる。
前を向くと、緑と永井が俺からのボールを待っていた。
突っ込んできた敵をかわし、ペナルティーエリアまでドリブルを仕掛ける。
近くに永井、向こうに緑…
緑の告白を手助けすることなど頭に無かったが、本能的に軽く浮いたボールを「向こう」に出した。
ボールは永井と永井についていた相手DF3人の頭上を越えていく。
キーパーが飛び出してきた。
ちょっと位置をミスったかな、と思いながら緑を見る。
俺はスローモーションを見ているのかと思った。
ジャンプした緑が、相手DFの中から頭ひとつ抜け出した。
相手GKとボール、ボールと緑がちょうど等距離ぐらい。
GKがキャッチしようと手を伸ばす。
緑はそれより早く、ボールをコントロールしていた。
強烈なヘディング。
ボールはゴールネットに突き刺さった。
ピーッ!
「よっしゃぁぁぁ!」
緑の雄たけびとともに、応援団から歓声が聞こえる。
「ナイスシュート緑!」「ナイスヘディング!」
チームメイトが皆緑の元に駆け寄り彼を祝福している。
祝福の輪が解けた後、俺は緑に歩み寄り声をかける。
「ナイスシュート。」
「サンキュ。あのパスは最高だったわ。」
「ははっ。」
自陣に戻るとき、ふとサエたちのほうを見てみる。
坂上が椅子から立ち上がって大喜びしていた。
それをサエは隣でニコニコと眺めている。
お、こりゃ、緑、いったんじゃね? などと試合中にもかかわらず思った。
空が青い。
しかし後半開始早々、守備のもたつきから1点を失った。
その後も相手の攻撃は続く。
ちくしょう 何とかできないかな…
俺は自陣に下がりながらそう思った。
前には永井と緑がいる。そいつらに回せれば…
そんなことを思っていると、味方が攻撃を防いでボールを奪った。
俺は咄嗟に走り出す。ボールを持ってるやつと目が合う。
俺の足元に吸い付くようなパスが来た。
しかし、相手の守備もすばやく、緑と永井へのパスコースは完全にふさがれている。
サイドから味方があがってきたが、数的に不利だ。
俺は一か八か、ドリブルを仕掛けることにした。
サッカーをやってると、たまに全てを支配できるような感覚になるときがある。
たとえば、ここにどういうボールを出せばいいとか、このコースにどういうシュートを放てばいいとか、このDFはこうしたら突破できるとか、このFKはこのコースにこの回転で放てば決まるとか。
全てが直感で分かるときがたまにある。
この高校サッカー生活で、俺はこれまでに2回それを経験した。
そして今、3回目を経験する。
敵DFが2人俺のほうに来た。
しかし、今の俺はDFの動きが全て分かる。
軽くかわし、ペナルティーエリア外でフリーになった。
パスコースはふさがれている。サイドにパスを出してセンタリングという手もあるが数的に不利。
俺は、右足からゴールネットへと放たれるボールの弾道をイメージしていた。
そのコースが光ったように見える。
俺は右足を振り切る。
ボールは俺の全てをのせて、ゴールネットへと突き進む。
GKが手を伸ばす。が、それは届かない。
気づくと俺は、仲間にもみくちゃにされてた。
「ナイスゴール副島!」「よっしゃ、どんどん攻めるぜ!」
「あ、あぁ!」
俺はゴールの感覚を右足に残したまま、自陣へと引き下がる。
観客席のほうを見ると、サエが立ち上がって笑顔でいた。
俺はサエに向けて親指を立てる。
サエもそれに気づいたのか、そうしてくる。
「おぅい、再開するぞ?」
緑に言われて俺はハッとし、皆より一足遅れてポジションに着く。
ただ頭の中を占めているのはさっきのサエの笑顔だった。
太陽みたいにまぶしいあいつのあの笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
結局、その後も緑のゴールで1点を追加し、3−1で勝つことができた。
「はははっ!ま、俺の2ゴールのおかげだな!」
帰り際、今日の白星を高らかに宣言する緑。それを聞いた坂上が突っ込む。
「でも、副島君のパスあってこその緑でしょ?」
「ん、まぁそうだな。副島、サンキュー。」
おい、今更言われても困るぞ?と思ったが、適当に相槌を打っておく。
「ま、今日は勝ったんだし、結果オーライってことだね!」
「それに、あんたの王子様がナイスパスとナイスシュートを決めたからね?」
「だ、誰が王子様なのよ!真理っち!」
またまたサエと坂上で楽しそうに話し始めた。
俺と緑はそれを眺めていたが、そういや緑今日ゴール決めたなと思い出しで緑にささやく。
「なぁ緑、あとちょっとしたら俺はサエを連れて先行くから、お前は坂上にちゃんと告白しろよ?」
緑は顔を赤くし、これまたささやいてくる。
「な、なんだよ!」
「だって今日ゴール決めたじゃん。」
「そ、それはそうだけど…」
「親友がチャンスを演出してくれてるんだぜ?フラれることを心配してるのか?」
「ま、まぁな…」
緑は俯く。
「大丈夫だ。お前は絶対大丈夫。俺は確信してるぞ。」
「え…?」
「ま、がんばれよ。」
どういうこと?と表情に出ている緑を横目に、俺はサエに言った。
「なぁサエ、今からちょっと俺に付き合ってくれないか?」
サエは坂上と話しているのを中断して俺のほうを向く。
「え、いいわよ。なんかあるの?」
「ん、まぁな。」
「分かった。ということで真理っち、また今度ね!」
「うん、バイバ〜イ。緑もまた今度ね!」
「あ、あぁ…」
「んじゃお二人さん、また学校でな。」
緑と目が合う。
コクッとうなずく緑。
俺はそれを横目にしながら、サエと2人の先を行く。
駅で電車を待っているとき、サエが聞いてきた。
「ねぇ、付き合ってほしいってなんなの?」
「あぁ、アレか?ウソ。」
「ウソ?」
「うん、ウソ。」
「な、なんでウソついたのよ!」
サエが今にも怒り出しそうなので、なだめながら話す。
「まぁまぁ落ち着いて。実は今日、緑はゴールを決めたら坂上に告白するつもりなんだ。」
「え、そうなの?」
「うん。俺が言ってるから、そうなの。」
「そっか!2人だけにしてあげたのね?」
「そゆこと。緑のために親友が一肌脱いだわけ。」
ふ〜ん、とサエは言って前を見る。
「多分、真理っちも緑のこと気にしてたから、いいカップルになるんじゃないかな?」
「あぁ。俺もそう思う。」
俺とサエは今頃、緑と坂上はどうなっているだろうと想像をめぐらした。
「そういや明日、映画行こうな。」
「うん!」
街灯に照らされる俺らは、住宅街を歩いていた。
「じゃ、駅に10時でいい?」
「別にいいけど、俺がサエの家に迎えに行ってもいいんだぜ?」
うん、家も近いんだし。
でもサエは、
「お、女の子はそういうのにあこがれるの!」
とか言って、結局駅集合にした。
何にあこがれるんだ?
そうこう話していると、サエの家の前。
「今日は見に来てくれてありがとう。じゃ、また明日な。」
「うん!ケン、寝坊するなよっ!」
「す、するかぁ!」
サエはそういうと悪戯っぽい笑みを浮かべて家の中にはいっていった。
俺はサエの後姿を見ながら、明日のことを考える。
映画に行くのも久しぶりだし、サエとどっかでかけるのも久しぶりだなぁ と思いながら。
不意に俺の携帯が鳴った。
メールだ。
立ち止まって見てみると、緑からだった。
『坂上、OKだって!よっしゃぁ!
今日2度もアシストしてもらったお前に感謝、感謝!』
よかったな緑、今度なんかおごれよ、と思いながら携帯を閉じる。
なんだか幸せな気分だ。星がきれいだった。
感想などありましたら、どうぞよろしくお願いします。