再会
番外編であります。
ご存知ケンの妹、副島美穂編です。
感想お待ちしております。
12月も中盤に差し掛かり、いよいよ年も暮れる。
そんなある日の午後3時ごろ、くつろいでいる私と両親の耳にインターホンが鳴る音が聞こえた。
誰が来るのかはもう分かっていたので、家の玄関を開けると、そこには幸せそうな2人がいた。
「お兄ちゃんに冴子お姉さん!」
「よっ、美穂。」
「美穂ちゃん!久しぶりね。」
玄関先でお兄ちゃん・冴子お姉さんと言葉を交わす。
「美穂~?健人たち来たの~?」
「来たぜ~。ただいま~。」
「おじゃましま~す。」
リビングから聞こえてくるお母さんの声を聞いて、大声で返事するお兄ちゃんたち。
お似合いの2人は本当に幸せそうで、見ている私もなんだか幸せになってきそうなくらい。
私の兄である副島健人と、その幼馴染である冴子お姉さんは、Jリーグの開幕に間に合うように来年の2月頃に結婚式を挙げる。
お兄ちゃんはプロサッカー選手で、去年のリーグ戦の最終戦、優勝を決めた試合のお立ち台で彼女である冴子お姉さんにプロポーズした。
あの日の夜にかかってきた電話の2人の声が、とっても幸せそうだったのは今でも思い出せる。
ちなみに、うちの両親と真壁家の両親は2人がくっつくことを当然だと思っていたらしい。
2人はすぐにでも結婚式を挙げたかったのらしいんだけど、お兄ちゃんがトレーニングや代表戦などで忙しく、結婚式は1年後と決めてじっくりプランを立てたと聞いている。
今年の夏にはW杯があるから、日本代表で不動の地位を築いているお兄ちゃんにとっても、結婚式を挙げることで一段と気合が入るんじゃないかな?
今日2人が来た理由は、他でもない結婚式についてのことだ。
自分たちがどんな結婚式にするつもりか、などを一生懸命お父さんとお母さんに説明している。
「…でさ、ここはこんな感じがいいなって2人で言ってたんだけど、どう思う?」
「んー、健人と冴子ちゃんのやりたいようにやればいいさ。なぁ、母さん?」
「そうよ。父さんの言うとおり、あなたたちの結婚式なんだから。」
やりたいようにやればいい、そのOKをもらって、喜び合うお兄ちゃんと冴子お姉ちゃん。
「あっ、式はいつだっけ?」
私が携帯のスケジュールデータを確認しながら聞いてみる。
「えーっと、2月の14日よ。」
「そっ。サエが『バレンタインデーにしよっ!』って言ったからな。美穂もちゃんと来いよ?」
冴子お姉ちゃんがお兄ちゃんに『結婚式はバレンタインデーにしよっ!』と言っているのを頭の中で想像する。微笑ましい光景だなぁなんて思う。
分かってるって、と言いながら、私は携帯を操作して『2/14』の欄に『結婚式』と入力した。
携帯を閉じてテーブルの上を見ると、今度は席順が書いてある表が載っていた。
「あれ?もう出席する人は決まってるの?」
「もう招待状は出して、返ってきたからね。」
席順に書かれてある名前を一通り読んでみる。
お兄ちゃんや冴子お姉さんの同級生である『緑朋樹』『緑真理』なんて名前は良く知っている。
『宮野下俊春』という名前を見つけたときには、一瞬誰だか分かんなかったけど、昨日見たスポーツニュースに出ていたサッカー選手だ、とすぐに思い出した。
そうか、お兄ちゃんのチームメイトの人がたくさん来るのか。
冴子お姉ちゃん側には、冴子お姉ちゃんが勤めていた会社の人の名前がズラリ。
『私がケンと結婚するって職場の皆に言ったら、“ええっ!?副島健人のプロポーズの相手って真壁さんだったの!?”ってすごい驚かれたわよ。』
いつだか冴子お姉ちゃんがそんなことを言っていた。そりゃ驚くだろう。『日本の将来を担う若き中盤のイケメン司令塔』副島健人の婚約者が自分の職場にいたら、ねぇ?
そんな感じでボーっと出席者の席順を眺めていたら、不意に懐かしい名前を見た。
『真壁秀』
ご存知、冴子お姉ちゃんの弟で私と同い年。
私とこの人は、高校生のときまで付き合っていた。
だけど大学進学先にこの人が選んだのは、地方の大学。
私は家から通える大学を選んだのだが、この人は地方で下宿するか一人暮らしかということになった。
大学1年のころは『離れていても僕らは一緒だよ』なんていうクサイ台詞を信じて、頻繁に連絡しあったり休みの時にはお互いに会ったりもしていた。
だけど、所詮遠距離恋愛で。
私が他の彼氏を作ったころには、向こうからの連絡も来なくなっていた。
きっと向こうは向こうで新しい彼女を作ったんだろう、そう思って忘れようとしたけれども、なぜだか忘れられない。
違う男とキスするときも、どうしてだか目の前にあの人の顔が浮かぶ。
あれから彼氏は数人作ったけど、どうしても、なぜだか、どうやっても、忘れられない。
何でなのか考えてみたことは何度もあるけども、結局結論は出ないまま。
正直、就活とか卒論とかいろんなことがあって忘れていたけど…
名前を見て久しぶりに思い出した。
当日、見ることができたらいいな、それくらいにしかその時は思ってなかったけど。
時は流れ、当日。
お兄ちゃんはいつにも無く緊張した顔で、ビシッと服も決まっている。
お父さんとお母さんはニコニコして楽しそうなのに、お兄ちゃんだけ固い顔。
「…なんだか、お兄ちゃんらしくないや。」
「うっ、うるせぇっ!」
そんなことを言ったら顔を赤くして怒っちゃって、どっか行っちゃったけど。
普段は緊張感のかけらも無いお兄ちゃんでも緊張してるんだなぁ、と実感。
そんな中、私は『真壁秀』を横目で探してはいるけど、全然見つからない。
さっきは真壁家の両親に会ったけども、その時もいなかった。
冴子お姉ちゃんは『秀なら来るよ?』と言っていたはずだけども…
そのうちに、結婚式が始まった。
教会の後ろのドアから、ウェディングドレス姿の冴子お姉ちゃんが真壁パパと一緒にゆっくりと歩いてきた。
…綺麗。その一言に尽きる。
冴子お姉ちゃんは何もしなくてもその容姿は美しいけど、これ以上無いくらいに綺麗になっている。
途中で、隣が真壁パパからお兄ちゃんにバトンタッチする。
お兄ちゃんはさっきの緊張した面持ちはどこへやら、微笑を浮かべていてリラックスしているみたい。
二言三言、言葉を交わす真壁パパとお兄ちゃん。
お兄ちゃんは優しく、冴子お姉ちゃんの手を取り、前の神父さんの元へと歩いていく。
その横顔は、2人とも幸せそう。きっと、いい夫婦になるだろうなぁ。
神父さんの言葉を聞いたりしたその後、お兄ちゃんと冴子お姉ちゃんは向かい合った。
お兄ちゃんはウェディングドレスのベールを上げて、ニッコリと微笑んで冴子お姉ちゃんと見つめ合う。
そしてどんどん、永遠の愛を誓おうと、2人の距離が近づいていって…
その後皆は教会から移動し、パーティーが行われるホールみたいなところに。
家で見た席順表通りに出席者の人たちが座っている。
アレが緑さんたちなんだな~、と見つけたり、アノ人が宮野下選手か~、なんて納得したり。
そして『真壁秀』の席に目をやると…
そこには誰もいなかった。結婚式が始まる前から、探しているんだけど、見つからない…
あ、さっきの教会では、2人に見入っちゃっていたけれどもね。
そのうちに、今度はドレス姿となった冴子お姉ちゃんと、その手をしっかりと握ってお兄ちゃんが入ってきた。
司会である緑さんの旦那さんの進行で、和やかな雰囲気で始まった。
スピーチでは友人代表として緑さんの奥さんが喋ったり、その後には宮野下選手が喋ったり。
『新郎新婦の歴史を振り返る』スライドショーで、あんなときがあったんだなぁと楽しんだり。
「新郎新婦がワイワイしたいみたいなんで、どうぞ皆さん、席をご自由に移動してお楽しみください!」
途中で緑さんがそういうと、いろんな所で人が移動し始めた。
冴子お姉ちゃんの会社の人たちがサッカー選手の人たちと喋り始めたり、お兄ちゃんたちは高校時代の同級生たちとで話に花を咲かせたり。
だけど私の意識は、自然と『真壁秀』に。
さっき見たときは空席だった席を見てみると、誰か男の人が席を立つ瞬間をちょうど見たみたいだった。
もしや、今席を立ったあの人が…
しかしその人は人ごみに紛れどこかへ行ったみたいで、私は見失ってしまった。
そして少しテンションが下がった私のところに、お兄ちゃんがヒョコっとやってきた。
「どう、楽しんでる?」
「うん、勿論。2人ともすごいお似合いだよ!」
照れるな~、なんて言いながら笑うお兄ちゃんを見てると、本当に幸せそう。
「なぁ、美穂。」
お兄ちゃんが急に真剣な表情をしてそう言ったので、私はお兄ちゃんの顔を見ることしかできなかった。
「アイツ来てるぞ、秀。」
その言葉は、一番私が聞きたかった事実。
「あ、あぁ、冴子お姉ちゃんの弟の?」
「…お前、アイツのことを思い出すんだろ?」
興味が無い不利をして答えてみるも、お兄ちゃんには見破られた。
確かに、お兄ちゃんの言っていることは合っている。
だけど私たちが顔をあわせたところで、何かが急激に変わるわけでもないし。
第一、自然消滅した彼氏彼女の関係なのだから、すごい気まずい。
「そ、そうだけど…」
「なら、会ってこいよ。前までの関係とか、今考えてることとか、全部忘れてさ。」
私がやっと言葉を発すると、ノータイムでそんな返答。
ただ『会う』だけなら問題はないだろ、と付け加えてお兄ちゃんはまた冴子お姉ちゃんの元へと戻っていった。
…『会い』に行ってみようかな。
そう決断するのに、時間はかからなかった。
お兄ちゃんも背中を押してくれたし、何よりも、ただ『会う』だけなのだから。
副島美穂としてではなく、一人の結婚式参加者として。
決意した私は、彼の椅子の方へと歩いていく。
彼の席はちょうど人ごみにさえぎられて、そこに人がいるのかいないのか分からなかった。
深呼吸して、気持ちを整える。
…前までの関係とか、今の気持ちとか、関係ないんだ。ただ、『会う』だけ。
再びそう思って、私は一歩を踏み出す。
そのとき、後ろから懐かしい声がした。
「美穂ちゃん…?」
その声はよく聞いたことがある声で、振り向かなくてもその声の主は想像できた。
「…秀くん…」
振り向くのがなんだか怖くて、私は前を向いたまま答える。
それから互いの出方を伺うように、そのままの状態で少しの静寂。
周りはにぎやかなのに、私たちの空間だけ違う時間が流れているみたい。
…ふぅっ。
大きく息を吐いた私は、振り向いた。
そしてそこには、見慣れた彼の顔が。
「…久しぶりだね、美穂ちゃん。」
「…うん。そうだね。」
笑顔でそう話しかけてくる彼を見ていると、私も自然と頬に微笑が。
この瞬間、あの日以来私の心に欠けていた色が、どうやら戻ってきたみたい。
この後の展開はご想像にお任せします…
感想や評価、よろしくお願いいたします。