第五話
副島健人視点 です。
俺が学園祭実行委員長になってから数日後。
まだ実感は無いけれども会議などでだんだんと責任の重さを感じ始めていた。
そして会議を何回か重ね、大まかではあるが具体的なプランが見え始めていたころ。
放課後、俺はいつもの会議室ではなく、グラウンドにいた。
そう、サッカー部の部活だ。今は実戦的な練習をしている。
もうすぐ試合があるということで、メンバー全員張り切っている。
選手はもちろん、指導する監督も。
「サイド開いてるぞ!」
「8番のカバー!」
「クロスあげるぞー!」
皆の練習時の声も心なしかいつもより大きいように聞こえる。
「おーいっ。何ボーっとしてんだ。」
後ろから肩をたたかれた。
振り返ると、キャプテンの永井悟がたっていた。
「副島らしくねぇなぁ。ボーっとしてるなんてよぉ。」
「そうか?」
「あぁ。何かそんな感じがする。」
確かにそうかもしれない。
最近、一人で何かを考えることが多くなった。
その『何か』が何なのかは、分からない。
サッカー?学園祭?財布の中身?
…
「ほら、またボーっとしてる。」
「うおっ、気づかんかった…」
「ま、何か悩んでるんなら俺にでも相談しろよ。お、コーナー来るぜ!」
といって永井の視線のほうを見ると、コーナーキックが蹴られるところだった。
「うっし!行くか!」
俺と永井はそういってペナルティーエリア内に飛び込んでいく。
不思議にも俺は、ボールがくると考えていた『何か』を意識から消すことができた。気づかないうちに。
ボールが飛んでくる。幸い、俺にマークはついていない。
俺はその『何か』をどこか遠くへ飛ばすように、右足を思いっきり振り切った。
ボールはゴールネットの隅に突きささる。
「うっしゃぁ!」
「ナイスゴール!」「ナイスシュート!」
『何か』のことなんて、完全に忘れてしまったみたいだ。
この気持ちよさがあるから、サッカーは辞められない。
「休憩!」
グラウンドにコーチの声が響く。
その言葉を合図に、俺ら選手は控え室へと戻っていく。
中へ入ると、2年生でマネージャーの咲岡百合子が飲み物を配っていた。
「お疲れ様です!はい、どうぞ!」
咲岡は皆から『咲ちゃん』と呼ばれている。
「あっ、副島先輩!はい、飲み物です!」
「あぁ、ありがと咲ちゃん。」
俺は笑顔で咲岡に礼を言う。すると咲岡は「い、いえっ!」とか言って顔を赤くしてむこうを向いてしまった。
何か顔にでもついているのか…?
俺は助けを求めて緑や永井のほうを向いた。が、彼らは彼らで休憩している。
仕方なく、携帯のメールを確認してみると、サエからメールが入っていた。
内容に多少期待しながら文面を読む。
…
ん、まぁ、まとめれば『先帰る。』ってことだった。
俺とサエはほぼ毎日一緒に帰っているので、別々の日はこうして連絡をとってから帰るようにしている。
今日は一人だし、どっか寄ろうかな…
「よし、練習始めるぞ!」
そんなことを考えていたら、コーチが休憩終了だと声を上げた。
俺らは『休憩が少ない』だとか悪態をつきながら、グラウンドに戻る。
「副島先輩!」
俺が控え室から出ようとすると、咲岡に呼び止められた。
「ん、何?」
「あの…練習、がんばってください!」
いきなり何を言い出すかと思えば…
と思ったけれども、そういうことは顔に出さずに返すのがマナー。
「あぁ、ありがとね。咲ちゃんも色々と頼むよ。」
「はっ、はぃ!がんばります!」
俺はそういってから皆が集まっているセンターサークルへと走っていった。
「くぁ〜、今日も練習つかれたぁ!」
帰り道、俺はそう呟いた。
「じゃあ明日もどうせ、真壁に起こしてもらって遅刻だろ?」
緑が冷やかす。
「あぁ、何か現実になりそうだから言うのはやめてくれ…」
「でも副島先輩、真壁さんと仲いいですよね?」
「んん、そうだよ。ってか幼馴染だからね。それ以上でもそれ以下でもないし。」
咲岡とサエは互いのことを知っている。が、あまり接点は無い。
2人が顔をあわせることも珍しいし、あわせたその場には必ずと言っていいほど俺がいる。
「そうだ緑、今度の試合でゴール決めたら、誰か好きな人に告白するとか言ってなかったっけ?」
俺がふと思い出したことを言うと、緑は明らかに狼狽した。
「うえっ!?あ、えっと、言ったかもしれないし言ってないかもしれないし…」
「緑先輩頑張ってください!」
「俺にだけでいいから、その人教えろよ〜。」
「あ、緑先輩、私にも教えてください〜!」
と俺らが緑に詰め寄ると、形勢不利と見たのか
「あ、あばよ!」と言って走って帰ってしまった。
緑らしいなぁ、と思う俺。
「緑先輩ゴール決められますかね?」
「ん〜、まぁ、大舞台に強い男だから、決めちゃうんじゃない?」
そういいながら俺は緑が過去に決めてきたゴールの場面を脳裏に思い浮かべていた。
「ですよね〜。副島先輩は緑先輩みたいなことしないんですか?」
「俺?俺はしないよ。第一好きな人がいないし。」
その言葉を聞いた瞬間、咲岡は小声で「よかったぁ」といった。
「ん、何がよかったんだ?」
「い、いえっ、何でもないです!あ、ではこれで!」
そういって、咲岡も顔を真っ赤にしながらどこかへ走っていってしまった。
あ〜ぁ、告白かぁ…
俺だったら誰にするんだろ?自分でも想像がつかない。
サエとか?いやいや、多分無い。
たぶん…
見上げた夕焼けはやけにきれいだった。
ちなみに次の日、例の通り俺は時間ぎりぎりにサエに起こされて、
2人で自転車に乗っていって、やはり遅刻した。