お騒がせな男
2010年初投稿です。いまさらですがあけおめです。
今年もよろしくお願いします。 ←こっちは省略しないで言うんだ。
番外編・緑朋樹です。
緑視点です。
ここでの内容はこれからの展開にちょびっと関わって…くるかも?
『朋樹のバカっ!』
真理がそう言い残し、冬の闇へと家を出て行ったのはほんの30分前。
それから俺は何もすることが出来ずに、ただリビングのソファーに座っている。
真理といるときはにぎやかだったこの家の中が、今は静かだ。
そして、俺の心はポッカリと穴が開いてしまったようだ。誰にも埋められない、穴が。
それから更に10分が経って、俺はやっと今の状況を理解した。
それと同時に、一種の不安のようなものが俺を襲う。
そしてそんな恐怖に打ち勝ちながら、何故真理が出て行ったのか、少し思い返してみる。
原因は、俺の浮気だ。
今回は完全に非は俺にある。
今日、バイトをしていて知り合った違う大学の同い年の女の子と一緒にいるところを真理に見られてしまったのだ。ベンチに座って、俺が肩を抱いているところを。
しかもその日は、真理に『バイトだ』と言ってあった。つまり、バイトを隠れ蓑にして浮気をしていたのだ。
そして夜の11時過ぎに家に帰ってきて、いつものようにただいまと大きな声で言ってみるけど、いつものように『おかえり』と声が返ってこない。
不審に思った俺がリビングへと入ると、真理はソファーの上でクッションを抱えて、赤い目をしていた。
『どうした…』『どうしたってよくのん気に言ってられるわね!』
それから真理は見たことを俺に話し、俺を罵倒し、何も言い返せない俺に『バカ』と言い残して家を出て行ってしまったのだ。
ふと見れば、あいつのバッグや携帯はないけれどもコートはハンガーにかかったままになっている。
俺が、真理の誕生日にバイト代からひねり出してプレゼントしたものだ。
真理はとても喜んでくれて、大して寒くない日も着てくれていた。
これを置いてあると言うことは、単にコートを忘れたというわけじゃないだろう。
浮気男に買ってもらったコートなんて、着ないということだろう。
ということは、もう真理は、ここに戻ってくる気はないのか…?
はぁ、と溜息一つ、俺は頭を抱える。
過去に2度、こういうことがあった。
一度目は大学に入った年の9月、女の先輩と一緒に大学近くのカフェでお茶をしているところを真理に見られ、追及された。
しかし断言しよう。俺はこの先輩とはそういう関係ではなかった。
というか、サッカー部のマネージャーをしてくれている先輩で、サッカー部のことで少し話し合っていたのだ。
真理にそれをちゃんと話し、先輩からも証言をもらったのでそのときは真理の勘違いで終わった。
二度目は大学2年の夏だ。
高校時代の友達で、親友とも言える副島健人に無理を言って、大学合同の合コンを開いてもらった。
勿論、副島は真壁がいるから女の子を集めるだけ集めておいてさっさと帰ったが。
で、そこで知り合った同級生の子と少しいい感じになった。
ベッドは共にはしていないけれども、デートやキスぐらいは、真理の目を盗んでした。
だけれども10月ぐらいに、副島が急に連絡してきて、『お前、坂上がいるんだろ?浮気していていいのか?』と忠告をしてくれた。
その電話で俺は目が覚めた。その女の子とはすぐに別れた。再び真理だけを、愛した。
後で、『その子の慰め役で俺が大変なんだけど…』と副島から愚痴られたけれども、気にしない気にしない。
そして今回が、大学3年の冬だ。
今回は以前とは違い、完全に浮気をして、完全に見られ、弁解の余地がない。
デートだってしていたし、キスは勿論のこと。1回だけだけど、ベッドを共にしたことだってある。
そして真理は出て行ったまま。どこにいるかなんて、わからない。
はぁ…
再び、大きな溜息一つ。俺はクッションに頭をうずめる。
…副島?
たしかあいつ、真壁と同棲してたよな…?
なら、真理がそこにいっている可能性もあるよな…?
がばっ、と勢い良く俺は頭を上げ、テーブルの上の俺の携帯を取った。
電話帳から、懐かしい名前を見つける。
『副島健人』
最近は連絡していなかった。最後にしたのはこの前の9月ぐらいか?真壁と同棲する、という報告だった気がする。
震える手でボタンを押し、副島に電話をかける。
プルルルル…
無機質な呼び出し音。真理はそこにいるのか?呼び出し時間が永遠に感じる。
4コールぐらいで、声がした。
『…何だ。』
「久しぶりだな、副島。」
『…あぁ。』
心なしか不機嫌なように感じる。寝ているところを起こされたか、それとも真壁との時間を邪魔したか。
「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。お前って真壁と同棲してたよな?」
遠まわしに聞くと、副島は不機嫌な声で返事をしてきた。
俺の予想を超える返事を。
『…坂上なら、ここにいるぞ。さっき来た。』
「は…?真理がいるのか!?いるんだな!?」
『あぁ。今はサエと2人で話している。』
「な、なら、今からそっちに行くから、迎えに行くって真理に伝えといてくれ!」
『馬鹿野郎っ!』
急に携帯から大きな声がして、俺は携帯を落としそうになった。
動き出そうとしていてた足が止まる。
『浮気しておいて、今から迎えに行く?都合が良すぎなんだよ!』
「…」
電話の向こう側の声は激しく高ぶっている。
きっと、真理は副島と真壁に全部を話したのだろう。じゃなきゃ、コイツがこんなに怒らない。
そして俺は、その怒声に何も言い返せない。
『少しは坂上の気持ちも考えてやれよ…』
「あぁ…」
声にもならない声が、やっと出た。
確かに自分は、都合が良すぎだ。
「じゃ、じゃあどうすればいいんだよ…」
真理が副島と真壁の所にいるなら、今すぐにでも会いに生きたい。
だけどそれは、副島と真壁が許さないだろう。
『…今から●●駅のファミレスに来い。そこでちょっと話をしよう。』
「おっ、おい…」
俺が言いかけたとき、既に電話は切れていた。
とにかく、真理に会うためには、今から副島と話さなきゃなんない。
真理がこれから、この家に、俺の隣に、いないなんてそれは嫌だ。
俺は財布と携帯を持ってコートを羽織り、冬風がふいている夜へとドアを開けて飛び出していった。
そして終電ギリギリの電車に飛び乗り、3つとなりの駅へと行く。
俺と真理が同棲しているところと、副島と真壁が同棲しているところはそんなに離れていない。
電車の中でも、俺はただ祈るだけ。
再び真理が、俺の隣にいてくれるように…
指定のファミレスに着くと、店の前で見覚えのある男が立っていた。
副島健人。
茶色いダウンを着ていて、ポケットに手を突っ込んで寒さを凌いでいるみたいだ。
その顔は暗闇でよく見えないけれども、直感的に不機嫌な顔だと分かる。
一回深呼吸をして、俺は副島に近づいた。
「副島。」
「あぁ、緑か。じゃあ入ろう。」
電話で聞いた声より、随分違っている。いつもの声だ。
明かりに照らされた表情も、想像していたよりこわばっていない。
少し緊張を解いて、副島の後に続いて店内へと入る。
深夜ということもあって、客はまばらだ。バイトの青年もどこか力が抜けたような感じ。
窓際の席に通された俺らは向かい合って座る。
とりあえず何か頼むか、そう言った副島は席を案内してくれたバイトに「ドリンクバー2つ。」と注文した。
俺はこれから何を話されるのか、はたまた怒鳴られるのか、内心ビクビクしていてバイトの機械的な説明なんて耳には入らずに。
気がついたら目の前にはウーロン茶が入ったグラスがあった。
「まぁ、飲めよ。酒じゃないけど。」
このグラスを持ってきてくれた副島が自分のグラスを傾け、ウーロン茶を飲む。
俺もそれに倣い、ウーロン茶をのどに流し込む。緊張で飲んだ気がしない。
コトリ、とグラスを置いた副島を見て、瞬間に身構える俺。
「緑はさ。」
その言葉が俺の中で反響する。次はどんな厳しい言葉が浴びせられるのか?
「緑はさ、社交的なんだよな。」
「は?」
間抜けな声が出てしまった。それもそうだろう、何故かそんな言葉が出てきたのだから。
「昔から社交的で、誰とでも付き合えるってのは俺はすごいカッコいいと思ってる。男に対してだってそうだし、女に対してだって同じ台詞を違う女に吐けるのも、きっと緑だからできることだよ。」
俺の対象はサエだけだけどね、と笑って言う副島。
こりゃぁ、誉められてるんだかけなされてるんだかわからねぇや。
少し変な気分になったのを副島に見破られないために、意味もなくウーロン茶を飲む。
「だけどさ。」
その瞬間、副島の雰囲気が少しだけ変わったのを俺は見逃さなかった。
副島と俺の視線が合う。
「自分の彼女を差し置いて、違う女と遊ぶのはどうかと思うぞ。」
その目は冷たい目で、俺は再び自分がしでかしたことの大きさというものを実感した。
「…あぁ。悪かったと思ってる。」
そんなチンケな言葉しか出てこない。
「お前、坂上のことが好きじゃないのか?好きじゃないなら…別れたほうがお互いのためだと思うけど。」
ゾクッ、俺の背筋が凍る。
『別れる』その単語が出てきたからだ。
真理が家を飛び出していったときも、副島に電話をしたときも、電車に乗ってここに来るときも、そのことは意識的に考えないようにしていた。
それが現実となるのが怖かったから。
だけど、いざ人に言われると、その重みというかそんなものを感じる。
副島の冷たい視線に耐え切れず、思わずうつむく。
「…好きだよ。隣にいてほしい、って思ってる。」
「本当か?浮気相手の女よりもか?」
ゴクッ。つばを飲み込んで視線を上げる。今度は副島の視線にも耐えられる意思を持って。
「…本当だ。真理と一緒にいたい。」
そうか、と副島はつぶやいて携帯を見る。
「ちょっと待ってろ。サエに連絡する。」
副島は俺にそういい残し、席を立って入口へと移動した。
携帯を耳に当てて何かを話している。
俺が推測するに、真理の様子を聞いたり今の俺の発言を伝えたりしているのだろう。
ボーっと副島を眺めていると、通話が終わったのか、携帯をしまってこちらに歩いてきた。
思わず背筋を伸ばしてしまう俺。
いすに座った副島は、ウーロン茶を口に含んでから俺に伝えた。
「坂上は、お前に会ってもいいって言ってるそうだ。」
「…ホントか?」
「あぁ。サエがそう言ってた。」
「な、なら、早く会わせてくれないか!?謝って、もう一度やり直したいんだっ!」
この言葉を聞いた副島は、すこし微笑んだ。
「坂上のことでそんなに熱くなるなんて、本当に好きなんだな。」
だけど次の瞬間、副島の顔からは微笑が消え、さっきの冷たい目に戻った。
「だけど、これは緑の友達でもあって、坂上の友達でもある俺からの条件だ。浮気している女に『もう会えない』というメールを送って、データを全部削除しろ。」
メールアドレスも電話番号も、画像も全部。そう副島は付け加えた。
俺は少しだけ相手の女の子を思って躊躇ったが、今の俺、いや、これからの俺には真理のほうが大切だ。
小さくうなずいて、すぐにメールを送信した。
そして電話帳から女の子の名前の欄を見つけて、『削除』ボタンを押す。
『メールアドレスなどすべてのデータが削除されます。削除しますか?』
そんな確認文にも、もう躊躇わない。
『はい』のボタンを押して、きれいさっぱり。
心が消したデータ分だけ、軽くなった気がする。
それから俺は副島に消した証拠として携帯を見せようとすると、副島は拒んだ。
「俺の知ってる緑ならちゃんとやったはずだから。」
じゃあ行くぞ、そういってグラスに残っていたウーロン茶を飲み干した副島は伝票を持ってレジに向かった。
俺も慌てて後をついていく。
心の中は真理に会えるという期待感と、真理になんと言えば許してくれるのだろうという不安感でいっぱいだった。
会計を終えて外に出ると、夜の風が容赦なく俺と副島を襲う。
じゃあ行こうか、そういった副島の後を俺はついていく。
「緑が俺とサエのところに来るのは初めてか?」
「あぁ。連絡をもらっただけだ。」
「そうか。実は俺らの同棲ってな、俺とサエが言い出したわけじゃないんだ。」
「どういうこと?」
「サエの誕生日に、サエんとこの両親と俺の両親が『2人に同棲をプレゼントする』とか言ってな。俺とサエが呆気に取られている間に全部決まっちゃったんだ。」
へぇ、なかなかユニークだなぁ。
そんな他愛もない話をしながら歩いていると、あっという間に副島と真壁が住んでいるマンションのエントランスにやってきた。
そんなにすごくはない、と副島は謙遜するがなかなかキレイなマンションだ。2人は3階の一室に住んでいるらしい。
2人で住むにはちょうどいいくらいの広さで、家賃もそれほど高くはないと言っている。
副島に続いてマンションの敷地内に足を踏み入れると、これから真理に会いに行くんだ、と強烈に再認識した。
緊張で鼓動が早くなる。
無言のまま階段を上る音だけが響いて、ついに玄関の前。
「…緑。」
「何だ?」
「ちゃんと、坂上に伝えろよ。」
あぁ、と少しの不安を捨てるように首を大きくふった俺を見て、副島は鍵をまわした。
大きく深呼吸して、右足を踏み出す。
それから後のことは、正直よく覚えていない。
真理に謝るのに一生懸命で、俺の隣には真理にいてほしいんだと何回も言ったようだ。
最終的には、『俺は真理だけを愛している!』と大声で叫んだりも。
後から副島に聞くと、その言葉を聞いたときの真理は頬を赤らめて俺に抱きついたらしい。
とにかく、俺は真理に許してもらったのだ。
副島からも真理に『緑は本気だ』と言ってくれたらしく、真理との仲も元に戻った。
「で、何で俺は今床に寝ているんだ…?」
毛布から顔を出して俺は暗闇につぶやく。あ、カーペットが引いてあるから床といってもそんなに冷たくない。
「知らねぇよ。」
ソファーの上で不機嫌そうに副島が言い返してくる。
「大体、何でお前らバカップルはこんな日に俺らのところにくるんだ?」
俺と真理が仲直りしてから、副島は俺らのことを『バカップル』と呼ぶ。『お前ら、人んちでイチャイチャしてんじゃねぇよ。』とも言っていた。
副島が不機嫌な理由を尋ねると、真壁との時間を邪魔されたからだそうだ。
あんなに深刻な感じだったのにすぐ仲直りしてイチャイチャしているのが気に食わないらしい。
「だってだぞ?2人の時間を邪魔されたんだぞ?」
これを意訳してみると、
『俺とサエの愛の育みを邪魔してんじゃねぇよ、この野郎。』
あぁ、副島も欲望に忠実になったな。なんて思ったりして。
「俺さ、将来的にはサエと結婚したいな、って思ってるんだ。」
あの後も2人でいろいろと積もった話をしていると、副島が急にそんなことを言い出した。
「け、結婚?」
「そう、結婚。」
俺は考えたこともなかった…
「だけど、不安なんだよな。」
ポツリポツリとつぶやく副島は、さっきまでとは少し違う雰囲気がした。
「俺が一生、サエを幸せにしてあげられるかどうか。」
急に真剣味を帯びた、緊張感のある話になっていることを俺は肌で感じている。
それからも副島は、自らの不安を語ってくれた。
副島は現在、大学の強豪サッカーチームではレギュラーとして活躍し、プロのスカウトも注目していると何かに書かれていたほどの人材である。
ただ、副島本人は逆にそれが不安で、もしプロになってもサエを幸せにできないかもしれない、なんて考えているらしいのだ。
金銭的な問題、自分の心の問題、そして真壁の両親が認めてくれるか、などといろんな問題を副島は抱えているようで、俺に話してくれた。
「サエとずっと一緒にいたいけど、幸せにしてあげられるかどうか…」
しゃべり終える際、副島はそう言った。その声からはどこか悲しさを感じられた。
副島がこんなにも深く、真壁のことを想っているなんて。
友達として、同姓として、同年代として、俺は副島のことがかっこよく思え、そして自らの至らなさが恥ずかしく思えてきた。
だけど、人を愛するって気持ちは誰でも一緒だ。
「副島。」
「…ん?」
「自信がついたら、プロポーズすればいいんじゃねぇのか?」
副島みたいに深く考えたことはないけど、人を愛している男として感じたことを言ってみる。
「今自信がないなら、プロで活躍して自信をつければいいじゃん。何も大学卒業と同時に結婚しようなんて思わなくてもいいだろ?」
「…そっか。そうだよな。」
どこか明るくなった副島の声。
「俺がサッカーを頑張ることが、自信につながるのか。」
「あぁ。お前が頑張って一人前になって、それから真壁と一緒になれよ。」
「…ありがとな、緑。お前と話せてよかったわ。」
「…こちらこそ。助けてもらってすまなかった。」
そう言葉を交わして、俺らは眠りについた。
今日はいろんなことがあったし、副島の言葉でいろんなことを考えようと思ったけれども、それはまた明日考えればいいか。
俺は生来の楽天的性格を発揮し、そのまま寝た。
朝はいい匂いで目が覚めた。
ゆっくりと目を開けて上体を起こし、ここが副島の家だということを確認する。
いい匂いと料理の音がするキッチンのほうをそーっとみると、そこには副島と真壁が2人並んで仲良く朝食の用意をしていた。
「ケン、そっちのお皿とって!」
「あいよっ。」
聞こえてくる副島の声は昨日の夜の不安そうな声ではなかった。
そして、2人の後姿は、紛れもない『夫婦』。そんな感じがした。
俺も真理と、あんな感じになれたらいいな。
女好き・緑朋樹でした。
ちょっと長かったですか?
感想よろしくお願いします。