第四十話
やっとここまできました。
遅いですね。がんばろー、俺。
クライマックスへ向けて加速します。
前話の真壁冴子視点ですね。
私の名前が呼ばれたとき、思わず立ち上がってしまった。
「えっ!?」
ステージ上の真理っちはそんな私を満足げに、ニヤニヤと見ていて。
いつもの私なら『何よ~!』とか、何かしら言うのかもしれないけど、その時だけはなんだか口から声が出なかった。
だ、だ、だって、ケ、ケンと、ベスト、ベストカップル…!!!
その言葉が頭の中をぐるぐると回り、私の頬を紅潮させる。
ケンが前のほうで緑君と何か言い合っているようだが、その言葉なんて、私の耳には入ってこなかった。
ケ、ケンと、ベストカップル賞…!!!
だ、だめだめっ!意識したら、だめだって!
そんな私のささやかな意思を知ってか知らずか、頭の中ではやっぱりあの言葉が回っている。
はっ、と次に気づいたときには、ケンがステージのほうに歩き出していた。
私もそんなケンの後ろをついて歩く。もちろん、恥ずかしくて下を向いたままだ。
わ、私は嬉しいけれど、ケンがどう思ってるかなんて、全然知らないから…
前を歩くケンの顔はどうなっているのかな?なんて思ったりして。
そのうち、気づけば私は壇上にいた。
緊張しすぎてケンの背中しか見ていなかったみたい…
「はい、改めまして、今年度ベストカップル賞、副島アンド真壁ペアです!」
ふうっ、と一呼吸しようとした私の耳に、真理っちのそんな言葉が入ってきた。
きゅ、急に言われると、ま、まだなんだか、慣れなくて…
は、恥ずかしいって…
そんな私の心情を無視するかのように、視界に広がる観客からは歓声が。
も、もう、心臓がドキドキ言い過ぎて、何て言っているのか全然分からない…
きっと、今の私の顔は真っ赤だろう。自分でも分かるくらいなのだから。
「それでは、優勝者インタビューです!まずは冴っち!」
「わ、私!?」
真理っちがマイクを私に向ける。
インタビューなんて、聞いてないって…
そして今の私は、恥ずかしすぎて、真理っちの顔さえ見えないほどだ。
「受賞したと決まったときの気持ちはどんな感じでしたか?」
「え、えっと…」
『どんな感じ』って、真理っちは私がケンのことを好きなの知っているでしょ!
だ、だけど、ここでそんなこと言えるわけないし…
第一、ケンが私のこと、どう思っているかなんて全然わからないから、そんなことをしたら、今の私とケンの関係じゃいられなくなっちゃうかもしれない。
それは、それは…嫌だ。
だけど、ケンのことが大好きという気持ちも諦めきれない。
むしろそっちのほうが強いくらい。
ケンのクールなところ、サッカーボールを追う姿に、朝起こしに行くと寝ているところ、そして、私だけが知っている、ケンの優しさとか。
スッと頭に浮かんできたそんなことで、またちょっと、恥ずかしくなる自分もいたりして。
「え、えっと、ケンと一緒で、とっても嬉しかったです…」
だからこのコメントには、今の私の気持ちを精一杯凝縮した。
恥ずかしくて小声だったけど、ケンは、気づいてくれたのかな?
ケンがどんな表情をしているのか、恥ずかしさからなかなか顔を向けることが出来ない。
視線のやり場に困った私は、真っ赤な顔をみんなに見られたくないこともあり、もじもじと下のほうに視線を落とす。
「はい、ありがとうございました~!」
真理っちがニコニコしながら言うのが、下を向いていても分かる。
というか、真理っちも共犯なのかな?絶対共犯だよね、緑君が主犯なんだから。
いつか復讐しよう、なんて悪戯心が芽生えてきた。
「では次に、副島っ!」
「は、はいっ!」
ゴクッ。思わずつばを飲み込む。
ケンは、私との賞に、どう思っているんだろう?
そりゃもちろん、『嬉しい』って言ってくれたら最高だけど、ケンが私のことをどう思っているかなんて私には知るはずも無く。
「どうだった~?」
「ど、どうだったって…」
固唾を呑んでケンの答えを待つ。
チラッ、とケンのほうを見てみると、不意にケンも私のほうを見てきた。
恥ずかしくていつものように顔をあわせられない。いつも以上に、余計に、ケンのことを意識しちゃうみたい。
慌てて視線を再び下のほうにやる。
「で、どうだった~?」
真理っちがなかなか答えないケンに再び言う。
ケンは、何て思っているんだろう?
それを聞くまでの時間が、永遠に感じられた。
「う、嬉しいよ。しかも相手がサエだから…」
そう言ってもらえただけで、十分なのに。
私だって、嬉しいんだから。そう、この上なく。
「相手がサエだから、もっと嬉しい。」
ケンの不意をついた一言に、私はノックダウン。
ケ、ケン、反則だよ…
急激に顔が火照りはじめる。
じ、自分の、す、好きな、人に、大勢の、前で、そんなこと言われちゃうと…!
もう恥ずかしくて、誰の顔も見れない。
「じゃあ、ここでベストカップル賞の証でも見たくないですか?」
…え?
真理っちの一言は、一人で興奮する私を急に冷めさせた。
あ、証?
証って何なのよ?
「皆さん見たいそうですよ~?」
真理っちの言葉の意味が分からず、ポカーンとしている私とケンを急かす真理っち。
証って、例えば…
『キスとかしちゃうのかな!?』
一列目の女の子軍団の声が耳に入ってきた。
キ、キ、キス…!?
こんな、大勢の前で!?わ、私、したことないんだよ…!?
ファーストキスを、こんな大勢に見られたくないって…
「キスするんだったら、2人だけのときがいいのに…」
…え?
今、ケン、何て言った?
『キスするんだったら、2人だけのときがいいのに…』って言った…!?
じゃ、じゃあ、ケンは、私と、2人っきりなら、そうしてもいいってこと…!?
頭が爆発しそう。
ケンがわたしのことをどう思っているのか、ますますわかんなくなってきた。
「サエ。」
不意に隣から私を呼ぶ声。
心を落ち着けてから、ゆっくりと、ケンのほうに体を向ける。
床を捉えていた視線をだんだんと上に…そして遂には、ケンの視線と私のが重なる。
ケンのクールな、だけど、その奥には私だけが知っている優しさが秘められた目。
そんな瞳に見とれていると、ケンが急に一歩を踏み出した。
次の瞬間、私は、ケンの腕の中にいた。
だ、抱きしめられている…
そう認識するのに、数秒かかった。
会場からはいろんな声が聞こえるが、私の聴覚をそこに向けるほどの余裕なんて無く、ただ全身で、ケンの温もりを感じている。
全部の感覚を、ケンに預けた気分。
私はただ垂れていただけだった腕を、ケンの背中に回す。
それと同時に、頭をケンの胸にもたれかける。
今を永遠に、感じていたい。
「サエ、今日の学園祭の打ち上げ中、この場所で2人で話したいんだ。」
ケンが私の耳元で、私だけに分かるような声でささやいた。
もちろんOKだ。今度は、『2人っきり』で。
「ありがと。」
少しだけ顔を上下にふると、ケンの言葉が頭上からした。
『2人っきり』の打ち上げを楽しみにしながら、私は再び、ケンを全身で感じる。
いかがでしょうか?
感想お待ちしております。