第三十話
病名・クーラー依存症。
病状・外に出たくなくなり、しまいには一歩も動きたくなくなる。
特効薬・秋になるのを待つ。
コレが伊倉政綱のカルテです。
前半は副島健人視点、後半は真壁冴子視点です。
夏休みも終盤。言い換えれば、思い出作りの時間も卒業までもうない。
そうか。サエと思い出を作ったりするための残された時間も少ないのか…
…あ、学園祭があったか。そうだったな。
ってこんなこと考えている場合じゃねぇ!
俺は周りのやつら、特に隣にいるサエに気づかれないよう首を横に振って目の前の問題に集中しようと努力する。
俺らはどっかの予備校で行われている全国模試だかなんだかを受けに来ているのだ。
今の時間は最後の現代文。
記述を考えていたら変なことを考えていたようだ。
ったく俺は…
何を考えているんだ…
今野さんのことが頭からスッキリ離れたと思ったら、次はサエのことを考えるようになっちまってる…
四六時中といっても過言ではない。
俺はどうしたんだ?自分でも分からない。
…
キーンコーンカーンコーン
その音と共に、あちこちからシャーペンを置く音やため息をつく音、誰かと話す音が聞こえてきた。
「はい、じゃあ答案用紙を後ろから前に回して〜」
うわっ、考え事してたら終わっちゃったじゃねぇか!
なんて今更愚痴っても無駄なので、後ろから回ってきた答案用紙の束の一番上に自分の答案用紙をのせ、前に回す。
「ねぇケン、現代文はどうだった?」
「ん〜、まぁまぁ。」
筆箱をカバンにしまい、テストだからという理由できちっと締めていた制服のネクタイを緩ませながら答える。
「お疲れ様でした。これで○○模試は終わりです。皆さん気をつけてお帰りください。」
監督官がそういうと今まで席に座っていた生徒が続々と立ち上がり、教室のドアへと殺到。
そんな光景を見ながら俺はあることを思い出した。
「そうか、学校寄るんだったな。完全に忘れていた。」
そうだったなぁ。久しぶりに学校へ行って学園祭の仕事をするんだった。
だから俺は今制服を着ているのか。
「ケン〜、実行委員長失格〜!」
「う、うるせぇ!早く行くぞ!」
サエが面白そうにからかってきたので、恥ずかしくなった俺はサエを促してほぼ誰もいなくなった教室を出る。
こんなやりとりの一瞬でも、幸せを感じる俺。
「あ、私トイレ行って来るからちょっと待ってて。」
「おぅ。」
教室を出て数歩歩いたところでサエは女子トイレへと入っていった。
残された俺はシーンとした廊下で時間を見るため携帯を取り出す。
それと同時に、俺らがいた教室のちょうど反対側の教室からゾロゾロと人が出てきた。
俺らと同じようにテストを受け、今終わったやつらだろう。
そう思って何気なく眺めていると、その中によく知った顔があるのを見つけた。
その『よく知った顔』も立ち止まって俺のほうを見ている。
「今野さん…」
口からポロっと出た言葉は、あの夏祭りのときに彼女を呼んだ『彩さん』という言葉ではなかった。
彼女の声は聞こえないが、その口が『健人さん』と動いているのが分かる。
俺は彼女から視線をはずすことができず、かといって彼女のほうに歩き出すこともできず、何かをしゃべることもできなかった。
彼女も俺から視線をはずさない。その表情からは何も読み取れなかった。
「ケン〜?」
どれくらいしただろうか。
不意に、女子トイレの入り口からサエの声が近づいてきたのに気づいた。
その方向を見るとサエが髪の毛を整えながらゆっくりと出てくる。
慌てて今野さんに視線を戻すと、彼女が走って出口まで駆けていくのが遠くに見えた。
「ケン?」
「あ、あぁ、悪い。」
呼ばれた方向を向くと、サエが不思議そうな顔で俺の表情を伺っている。
「何かあった?」
ギクッ。鋭い。流石は俺を一番知っているサエだ。
「べ、別に何もないぞ?」
サエはそう言った俺を疑わしいという目でジロリと見てから、態度を急変させて
「じゃ、学校行こっ!」
と言って、俺の手をとって先へと歩き始めた。
手をひかれるがままサエのペースで歩き出す俺。
「お、おい、待ってって…」
そう呟く俺のほうをサエは向いて、眩しいくらいの笑顔を見せた。
「ほら、早く早く!」
不意に、俺の胸が高鳴る。
サエの笑顔にドキッとした俺。
コレはいつもの感覚じゃない。こんな風なのは初めてだ。
そう意識すると、サエの手に握られていることさえもドキドキしてきた。
おかしい。これはなんだ?
いつもと違う感覚だけど、どこか普通の感覚にも思える。
「…あぁ。行くか!」
俺はそう元気よく答えた。胸の高鳴りを隠しながら。
そして気づけば今野さんのことは頭からきれいさっぱり、忘れ去られていた。
学校までバスで来るのは初めてじゃないかな?
というのは、毎朝普通はケンの自転車に乗せてってもらっているから。
だから聞きなれた学校名でも、名前に学校名が入っている最寄のバス停の名前はなんだか新鮮に感じる。
『次は ○○高校前 ○○高校前』
バスがそこで停車する。
「さっ、ついたよケン!」
一番後ろの席に並んで座っている私とケンだが、ケンはバスに乗車後すぐ寝てしまった。
そんなケンを起こす私。毎朝と変わらないところに、なんだか笑ってしまう。
「ん、ん〜っ…」
「ほら、起きて!早く行くわよ!」
そういって私はケンの手を強引にとり、バスから降りる。
結構簡単に手を握ってるように見えるけど、ケンの手を握るときはいつもドキドキする。
バスから降りてもまだ眠そうな目をこすっているケン。
こんなときは…
「い、いててっ!」
ケンのほっぺを軽くつねってやるのだ。
「いててててっ!ストップストップ!」
「むぅ、ケンが起きないから…」
「わ、分かった分かった!バッチリ目覚めた!完璧!」
ケンは顔を近づけ目をぱっちりさせて『目覚め』をアピールしてくる。
こんな状況―ケンと私の顔が接近している―にドキドキしちゃう私。
「よしっ!いこっ!」
胸の高鳴りを隠しながら、私はケンの手を引っ張って学校へと向かう。
夏の太陽は眩しい。
後輩たちがいるだろう、と思って会議室のドアを開けると、多くの後輩たちの中に思わぬ人物がいた。
「あれ?真理っちに緑君?」
「お、ホントだ。珍しい二人だな。」
私とケンが顔を見合わせて不思議がっていると、2人は何かをササッと隠した。
「や、やぁ副島君。今日はいい天気ですなぁ。」
「あ、あら冴っち。今日も暑いですわねぇ。」
…なんだか不自然。
「「いつもの2人じゃない…」」
私とケンは小さな声でそう呟いて自分たちの席に座る。
私たちが座ったのを見届けると、真理っちと緑君は再び忙しそうに何かリストを作りはじめた。
イスに座って5分ほどしただろうか。私が書類に目を通していると、不意に肩をたたかれた。
もちろん、ケン。
「なぁ、あの2人が書いているなんか、気にならないか?」
「なるなる。」
「よっしゃ。じゃあ抜き足差し足忍び足で後ろから近づいて盗み見るか。」
「りょーかいっ!」
こうして私たちはなるべく音を立てないようイスから立ち上がり、2人の背後へと忍び寄る。
途中音を立ててしまった箇所があるが、2人が熱中しているのと後輩たちの雑音で気づかれていないようだ。
2人の背後に回り、そーっと私たちは顔を伸ばす。
『出場者一覧』
なんだこりゃ?何の出場者だ?
私とケンは顔を見合わせて思う。
更に視線をそのリストの下にしていくと、見慣れた名前が発見された。
『副島健人』
そしてその隣にも何か書いてあるようだ。それを見ようとしたとき…
「何みてるんだぁーっ!」
ものすごい勢いで緑君が『出場者一覧』の紙を裏返す。
「あー、惜しかった〜っ!」
「ななな何が惜しかったよ!極秘なんだから!」
真理っちが悔しがっている私に焦りながら言ってくる。
「っていうか、俺の名前あったんだけど、俺は何に出場するんだ?」
ケンの一言で私たち4人の間にはちょっとした静寂が訪れた。
シーン…
「確かにそうだよね。ケン、何かに出場するの?」
「いいや、俺は承諾した覚えはない。」
そう言って疑いの目を2人に向けると、緑君が慌てて弁解した。
「あ、アレだよ!部活紹介のステージ!」
あぁ、毎年部活の代表者が出てアピールするあれかぁ。
ちなみにケンは1,2年のときも出ている。多分選考理由はそのルックスだろう。カッコいいしね!
…は、恥ずかしい…
なんて思っていると、
「あれ?それって高3は出られなかったんじゃなかったか?第一、俺はもうサッカー部引退したし。」
再び場に静寂。
「うんうん。引退者が出ても部活紹介じゃないしね。」
「サエもそう思うか?俺もそう思うぞ。」
再び疑いの目を2人に向けると、今度は真理っちが慌てて弁解した。
「あ、アレよ!実行委員長は在籍していた部活紹介に加わるのよ!」
「そ、そうだぞ!分かったらさっさと席に戻って仕事しろ!」
2人にそういわれ、シッシッと追い払われてしまった。
そして席に着くなり、ケンはこう言った。
「っていうか、去年の実行委員長は確かテニス部だったけど、部活紹介に出てなかったような気がするんだが…」
あ、確かに。
あの2人、絶対怪しい。
「間違いなく何か隠しているよね、真理っちと緑君は。」
「あぁ。」
2人で疑いの視線を三度向けていると、その視線に気づいたのか、2人はぎこちない笑顔で応じた。
「…ま、考えていてもしょうがねぇか。よっしゃ、やるか!」
「うん!頑張ろう!」
こう言って私たちは目の前の書類に取り掛かった。
ふっと横を見ると、真剣なケンの顔。
そして気づけばそれに見とれている私がいた。
頭にこの前の真理っちの言葉がよみがえる。
『いつかはちゃんと伝えたほうがいいよ?例えば…学園祭が終わった後とか。』
私だってそうしたいよ。
だけど、ケンは私のこと、『幼馴染』としてしか見てないかもしれない。
それで断られたら、コレまでの関係が終わっちゃいそうで、怖くて…
「ん?どうした?」
ケンが私の視線に気づいたのか、こっちを向いた。
「ううん、なんでもない。」
「そっか。何かあったら遠慮なく俺に言えよ。」
ケンはそういって仕事に戻る。
…ささやかだけど、こんなケンの優しさが大好きで。
私の胸の鼓動は収まる気配がない。
感想よろしくお願いします。
9月終わりまでには…完結予定です。というか完結させたいなぁ。