第三話
副島健人視点 です。
「ふぅ…何とか間に合ったな…」
「んなわけないでしょ!もう15分も遅刻しているのよ!」
俺とサエは教室に向かい廊下を疾走している。
先生が校門を閉じようとしているところに自転車で突っ込んだまでは良かったのだが、
その先生に「危ないじゃないか!」と10分弱怒られ、今こうして焦っている。
「まぁ、1時限目はホームルームだったはずだから、大丈夫でしょ。」
理由にもならないことを口に出して焦りを静めようとする俺。
「あ〜ぁ、ケンと一緒だと私の遅刻回数が増えるばっかり…」
それを聞いてなのか、サエは皮肉を言う。
「え、じゃあサエ一人で先に行けばいいじゃん。」
「う、うるさいわね!それじゃあケンが起きないでしょ!それにケンと一緒に行け…」
最後のほうはゴニョゴニョ言ったみたいで聞こえなかった。
しかし、俺がサエに起こしてもらって、それで遅刻寸前OR遅刻になっているのは事実。
恥ずかしながら、母親に起こしてもらった回数よりもサエのほうが多いだろう。
とりあえず、サエのご機嫌を取るために帰りに何かおごってやろうかな。
そう思っていると、教室の前に来た。
漏れてくる声を聞くと予想通り学級会をやっているようだ。担任もいないみたい。
「ほ、ほら、ケンが先に行きなさいよ!」
俺は遅刻をどうとも思っていないので堂々と入っていけるのだが、優秀なサエからしてみるとどうもそれは難しいらしい。
まぁこれはいつものことなので、俺は後ろの扉を思いっきり開け一歩を踏み出す。サエもその後に続く。
「おはよう、諸君!」
俺が高らかに挨拶をするとみんなの視線が一挙に集まる。
「おぅ、遅いぞ副島!」「遅刻常習犯!」「早く起きろ〜!」
まぁまぁそんなこと言うなよ、となだめながら俺は自分の席に座る。
「お、今日も遅刻かよ?」
俺の席の前の緑朋樹が話しかけてくる。
こいつもサッカー部で、俺の親友だ。
「あぁ。今日もいつもの通り。」
「どうせ寝坊して真壁に起こしてもらってたんだろ?」
「鋭いな…」
緑とは中学1年のときに同じクラスになり、妙に気が合った。
俺のことをよく理解してくれるよき友人、親友、悪友だ。
「んで?今は何の話し合いやってんの?」
窓から差し込んでくる太陽の光に目を細めながら、俺は緑に聞く。
「あぁ、秋にある学園祭の実行委員長決め。毎年高3がやってるらしいから、今年は俺らの番ってわけ。まぁ誰も立候補しないし、全然進まないんだけどさ。」
「ふ〜ん…」
学園祭。
この学校では、たいてい9月の終わりか10月のはじめに行われる。
高1と高2はクラスごとに何かひとつ出し物をして、高3は学園祭の運営などを中心にやる。
今思い返してみれば、高1・高2のときはサッカー部の試合とかでマトモに楽しんだことが無かった。
今年はその時期サッカー部を引退してるし、楽しめそうだな… 俺は窓の外を見ながらそう思った。
「そういや、緑は何か学園祭の仕事してたっけ?」
「えーっと、イベント部門…だったかな?」
「あぁ、アレか。一番目立つ部門。」
「そう、アレ。去年もそこだったし、今年は多分そこの責任者になるぜ。」
高3が中心となって特設ステージで行われる数々のイベントを執り行うのがイベント部門だ。
うちの学校の生徒以外にもいろんな人が真っ先に見るところなので、一番目立つところでもある。
緑はそこで高1からやっている…らしい。俺の記憶が正しければ。
「そっか〜、緑が責任者か〜…ならやってもいいかもな…」
俺がボソッと呟いた言葉を、緑は聞き逃さなかった。
「はいはいはい!副島がやってもいいって!」
緑は大声を上げて俺を推薦する。
「ちょ、おい緑!」思わず立ち上がる俺。
「いや、だってやってもいいかな〜とか言ってたじゃん、だろ?」
「え、それはだな…」
と俺が説明する前に、クラスのみんなが声をあげた。
「副島か!いいんじゃね?」「ナイス副島!」「副島いいぞ〜!」
ついには司会をしていた学級委員長まで、「副島君、頼んでもいいですか?」と聞いてきた。
「あぁ…はい、もぅいいですよ…」
俺は抵抗することを諦めて、実行委員長という大役を引き受けてしまった。
「じゃぁ、実行委員長は副島君で決定〜!」
学級委員長が言うと、みんなが拍手をする。
「副島やったな!」だとかのヤジも飛びながら。
「よっ、委員長!」緑が席に座った俺に声をかける。
「てめぇが俺を委員長にしたんだろうが…」
「ま、ま、いいじゃん!高校生活最後なんだしさ、思い出の1つや2つになるって!」
確かにそうかもなぁ… サッカー以外の思い出が皆無に等しい俺はどこかの学年が野球をやっているグラウンドを見てそう思った。
気づくと、次は副実行委員長決めの議論の最中だった。
「委員長が副島君だから、副委員長は必然的に女子ですね〜。」学級委員長の言葉。
「ほら副島、お前が委員長になったから女子が活気づいたぞ。」
見ると、女子がなんかワイワイキャッキャしている。
「何でだ…?」
「お前がイケメンだからだよっ!くそっ、副島憎いなぁ!」
俺を恨むかのような口調で緑が言ってくる。
が、俺は自分をイケメンだとかモテるとか思ったことは無い。緑のほうがモテると思っている。
「意味わかんねぇ…」
俺はそう呟くと、グラウンドの野球を一人ボーっと見ていた。
「副島君!」
急に名前が呼ばれたのでビクッとする。
「な、なんですか…?」
「副委員長、誰が良いとか希望ある?」
そういわれて女子のほうを見ると、ほぼみんな俺のほうを期待がこもった視線で見ている。
サエとか、サエの友達とかは見てなかったけど。
「いや、特に無いですけど…もうくじ引きでいいんじゃないですか?」
ということで今、女子が急いで作られたくじを引いている。
さっき俺が「くじ引きでいい」といったからだ。
その間、俺を含む男子は暇だな〜といいながらその光景を見ていた。
「おい副島、気になんないのかよ?お前のパートナーが決まるんだぜ?」
緑が野球をボーっと見ている俺に話しかけてくる。
「別に。誰になっても変わらないでしょ。」
そういいながら、サエがならないかを期待している俺がいることを発見した。
その考えを消すように頭を振り、急いで視線を野球へと戻す。
「俺がもしお前だったら、ドキドキして待ってるぜ!」
その言葉が終わらないうちに、委員長の「じゃぁ、くじをあけてください」という声が聞こえた。
悲鳴が教室のあちらこちらから聞こえる。
そのとき、「あ、私だ…」という声が聞こえた。
その声の方向を見ると、他でもないサエだった。
「はい、じゃあ真壁さんに決定!」
委員長は黒板に名前を書く。
サエが俺の視線に気づいたのか、こっちを見て微笑んだ。
俺はいたって冷静に笑顔を返す。
サエの笑顔を見て「あぁ、パートナーがサエで良かった」と素直に認められない俺もいたことに俺は気づいた。