第十八話
副島健人 視点です。
サッカー編です。
―準決勝
空は曇り。イマイチパッとしないと感じるのは俺だけではないはずだ。
今から、運命の一戦といっても過言ではない試合に臨む。
相手は去年、このブロック優勝校。ブロック1位のみが上にいけるので、絶対に負けられない。
去年もウチの高校はここに負けている。
そのときはベンチで見ているだけだったが、何ともいえない悔しさがこみ上げてきたのを覚えている。
今年こそ、俺らが勝つ。
そんな決意を胸に、俺はキックオフの笛を聞いた。
相手の戦い方を端的にあらわすと、カウンターだろうか。
鉄壁の守備で攻撃を跳ね返し、隙をついて点を奪いにくる。
去年もそうだった。
ボールは圧倒的にうちの高校が支配しているし、シュートもかなり打っていたのに
相手の隙をついた一撃でゲームは決まってしまったのだ。
今年はその過ちを繰り返したくない。
俺らは綿密なカウンター対策をしてきた。
…と思っていると、緑のヘディングはキーパーにキャッチされ、相手が縦パスをつなぎ始めた。
カウンターがきたか。
守備陣の顔を見ると、そこから恐れなどは微塵も感じられない。
カウンター対策をばっちりやっているからだ。
ほら見ろといわんばかりに、俺らのチームが中盤で相手の反撃の芽を摘み取った。
前にいた俺にパスが回ってくる。
さすが堅守が取り柄の学校、既に自陣内に引いている。
時間と人数をかけても点はとれないだろう。
ならば速攻しかない。
俺は一回戦のときと同じように、一か八かのドリブルで勝負を挑んだ。
しかし、やはり人数差がモノをいうのか、相手陣内半分も行かないところですぐに囲まれる。
誰かにパスできないかと周りを見回す俺。
幸い、曇りなので太陽でどこかが見えないということは無い。
すぐに後ろのほうにキャプテンの永井がいい位置にいることを察知した。
相手も永井をマークしていない。
もらった。
俺は永井に軽く浮かせたパスを出す。
相手はこのパスが予想外だったのか、守備に秩序が無くなった。
永井はドリブルで突き進む。
シュートの体制に入った。ゴールまでのコースは開いている。
右足を大きく上げる永井。
次の瞬間、永井が苦しそうな表情で地面に倒れこんでいた。
ピピーッ
曇天に笛の音が響く。
審判は相手のDFに対しイエローカードを見せ付けた。
どうやら後ろからスライディングしたようだ。
俺らはそれを見ながら、永井のもとに行く。
「大丈夫か?さっ、立てよ。」
差し出した俺の右手を永井はつかんで立ち上がろうとする。
が、立ち上がれない。
「ど、どうした!?」「永井っ!」「大丈夫か!?」
「だめだ、今ので立てなくなっちまったみたいだ…」
「嘘だろ…」
永井は依然として苦しそうな表情。
俺が呆然としていると、コーチから永井の交代が告げられた。
「すまない、皆…」
「大丈夫だ。俺らで絶対勝つから、次の試合までに直しておけよ。」
担架にのってグラウンドを去る永井に緑が声をかける。
「あ、副島。」
「どうした?」
「これ、お前に任せる。」
そういって緑に渡されたのは、赤いキャプテンマーク。
先輩たちが引退してから、永井の腕にずっとあったキャプテンマーク。
キャプテンマーク自体は軽いものだが、それが持つ意味というのは大きい。
「お、俺が?」
「あぁ。主将命令だぞ。」
永井は痛みで引きつった笑顔を見せると、担架で運ばれていった。
「「「…」」」
グラウンド上に訪れる静寂。
俺がこのキャプテンを背負った以上、永井に恥ずかしい戦いは見せられない。
覚悟は決まった。
「よし皆!気を引き締めていくぞ!」
「「「おうっ!!」」」
俺の声を合図として、チームはもとの位置に戻る。
そして永井の怪我の代償に得たフリーキック。
無駄にはできない。このフリーキックが持つ意味もまた、大きいだろう。
俺はボールを置くと、数歩下がって狙いを定める。相手の壁の中にうちのチームは緑など4〜5人。
審判が笛を吹く。
俺はゴールの隅を直接狙い、ボールに回転をかけた。
ボールは吸い込まれるように飛んでいく。
相手のDFがジャンプするが、届かない。
「いけ!」
気づくと俺は叫んでいた。
誰もがボールの行方を目で追い、息を呑むこの一瞬。
相手キーパーが手を伸ばすが、僅かに届かない。
「いってくれ!」
俺はボールがゴールに入ることを確信した。
しかし神様の悪戯か悪魔の仕業か、それとも相手の運のよさか、ボールはポストにあたり無残にもペナルティーエリア外へと転がる。
どうして、どうして…
なんで入らなかったんだ…
仲間が俺の背中をたたいて何か言っているが、そんなのは耳に入らなかった。
曇り空から、雨が降ってきそうな予感がする。
その後は膠着状態。
一進一退の攻防が続く。が、互いに攻めきれず、守りきる。
俺もさっきの挽回をしようと果敢にゴールを狙っているつもりだが、堅い守備の前になす術なし。
両チーム得点が無いまま、ついにPK戦に突入してしまった。
俺は3番目のキッカー。
自分の番が近づくにつれ、胸の鼓動が高鳴るのが分かる。
両チーム2番目のキッカーまで終わり、1−1。
PKの順番は相手が先なので、相手の3番目のキッカーがペナルティーエリアに向かう。
俺はそれを直視するのが、怖かった。
だから下を向いていた。
ピピーッ
笛の音の数秒後に聞こえたのは、ボールをける音。
そしてそのボールが何かにはじかれた音。
さらに、俺の周りが何かをうれしそうに言っている音。
顔を上げると、うちのキーパーが自慢げに、ボールをキャッチしていた。
「よっしゃ!」「ナイス!」
俺は戻ってくるキーパーとハイタッチを交わして、ペナルティーエリア内に向かう。
ボールを置いて数歩下がり、ゴールを見る。
キーパーと俺の間に、風が吹く。
やっぱり曇り空だ。灰色が空一面を覆う。
ピピーッ
その音を聞いた俺は、すべての迷いを捨てるかのように、右足を振り切った…