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第1話 ボーイミーツボーイ

 雨に顔を任せ、俺は夢をかなぐり捨てていた――。


「つっ」


 俺の自転車は、乗るものなのにな。

 顔面に蹴飛ばされては、流石に車輪が痛いよ……。


「前見て歩きな。兄ちゃん。けっ」


 捨て台詞のガラの悪いカップルが嘲笑って去って行く。


 ここは、取手駅の前。

 先程から、雨脚が俺の心をほじくる。



 ――気が付けば、随分と時間が経っていたのだろうか。

 雨は、とうに止んでいた。


「お兄さん、この自転車どうしたの?」


 色白で華奢な足首とスリッパが覗く。

 見上げれば、声の主は少年で、点滴を引きずって歩いて来たようだ。

 薄水色の病衣が甘い風に揺れて、俺をどこかへ誘う。


「キミ、どこかで会ったことがあるよね」


 どこだろうか。

 こんなに綺麗なふわふわとした亜麻色の髪にとび色の瞳の少年はそうそういないだろう。


「僕は、ずっと、お兄さんを……。高塔結秘(たかとう ゆうひ)お兄さんを待っていたんだよ」


「やはり、俺を知っているってことは、キミは――。キミは、榊密流(さかき みつる)くんなのか?」


 俺は、彼のことをよく知っている。

 これが、弘前(ひろさき)の占い師が言っていた劇的な出会いなのか?

 トリデ事件があると、俺の額に手をかざしていたな。


「高塔さん、僕……。治療をことわりきれなくて、ここへ来てしまったんだ」


「そうか。俺もキミの様子は、夢の中で伺っていたよ」


 密流くんが周りを見渡す。

 ここは、常磐線(じょうばんせん)取手駅の前だ。

 ロータリーもできていないのだな。


「ところで、自転車からどいた方がいいよ。あそこのトリデ不動産のおじさんが見ているから」


「はは。お巡りさんじゃなくて不動産屋さんね。どちらも痛いや」


 ガシャガシャと自転車と俺は起きた。

 俺の少し伸びた黒髪にタータンチェックのシャツも黒いジーンズもびしょ濡れだ。

 密流少年は、カラリと点滴を引きずって俺を見つめる。


「高塔さん、何かあったの? 毎晩、僕達は夢でシンクロしていたけれども。自転車の旅以来、あまり分からなくなったんだ」


 そのキュンとして子犬のような瞳で俺は射抜かれた。

 だからだろうか。

 ここへ来るまでの俺の話をしたくなった。

 俺が役者になることを父親に反対されて出て来たことを。


 ◇◇◇


「どういった訳だろうね。トリデ不動産のすすめるばかりに、この憲おじさんの部屋を借りることになってしまって」


 密流くんがそわそわとして、俺までそわそわとしてしまいそうだ。


「運命かも……。ね」


 俺は、自慢の腕をふるって、同居一日目を祝った。


 その晩のことだ。

 畳にバスタオルを掛けて寝ていた俺の横に、密流くんがぴとっと近付いて来た。


「眠れない……」


「眠れないって? 密流くん。寒いのか?」


 壁にぼうっと人影が見えた。


「ひいいいい……!」


「うおあがああ……!」


 密流くんが、先に落ち着き出した。


「多分、憲おじさんだよ。はあ、はあ、怖くないよ」


「いや、取り乱してすみません」


 俺は頭を搔いた。

 そして、バスタオルを二人分掛け直して、明日にでも仕事を探そうと考えていた。


 真夜中だった。

 俺の唇に、しっとりとあたたかい息が掛かった。

 ――密流くん?


 その時、まさかのつむじ風が部屋の中を吹き荒れた。

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