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言葉にしたくなかった言葉

作者: 川咲 みゆ

夏休みの読書感想文、遠足の作文、大学のレポート…

私たちは感じたことを度々文章に書かされたものです。文章にするって、それほど良いことなのでしょうか?


「言葉にすることで自分の考えを整理できる」「後から読み直して思い出すことができる」私が聞いたことがあるのはこんな感じです。なるほど。どれももっともな理由でしょう。

でも、本当に言葉にすることで考えを整理できるのでしょうか。


私は言葉にしてしまうと、文章にしてしまうと、自分の考えをつまらないものにしてしまう気がするのです。



何かすごくいいことがあった。もう、自分でも何だか分からないような感情が湧き上がってくる。この気持ちを言葉にして誰かに伝えたい。

このとき、この気持ちを伝える言葉は何でしょうか。

「私、今とっても嬉しいの」「楽しいの」と、せいぜいこんな感じでしょう。


なんだ、この気持ちは「嬉しい」だったのか。「楽しい」だったのか。

もう既に言葉が当てはめられた感情。他の人が経験済みの感情だったのか。


いや、きっとそうではないのです。それはあなたが世界で初めて抱いた大切な気持ち。似たようなものはあったとしても、あなたと全く同じ感情を抱いた人はいないはず。

でも、「嬉しい」と言ってしまった。「楽しい」と書いてしまった。


言葉にするというのは妙に説得力があるものです。それが文章に書いたものであればなおさら。

無理に当てはめた言葉に自分でも納得してしまいます。素晴らしいことがあったとしても、良いことを思いついたとしても、それを一度言葉にしてしまえばそれはその言葉以上のものにはなれないのです。




言葉にすることで元のアイディアが持っていた可能性を手放してしまったような気持ちになることがあります。

今だってそうです。何か、素晴らしいことを思いついた気がしたのです。

その思いつきはモヤモヤしていて、でも誰かに伝えたくて、こうして文章にしてみました。

でも、私の思いつきはたったこれだけでした。文章にすると、思いついたときよりもつまらないものになってしまいました。


こういう時、このアイディアは初めからつまらないものだったのでしょうか。いや、私がプロの作家のように上手に文章が書けたなら、もしかするとそのアイディアは誰もが共感するような文章に生まれ変わっていたかもしれません。あくまでもしかすると、ですよ。


頭の中で生まれたばかりのアイディアは雲のようにモヤモヤしていて、つかみどころがなくて、油断しているとすぐにどこかへ流れてしまいそうです。ですが、文章にすることで、その雲のようなアイディアに形を与えられます。形を与えれば、これから吹く風にこの雲が流されてしまうこともありません。ひとまず安心です。


でも、その雲にはもっと良い形が与えられる可能性だってあったのです。私はその可能性を捨ててしまいました。

一度形を与えてしまうと、元のふわふわ漂っていた雲には戻れません。


少し前まで何か良いことを思いついた気がしていたのに、こうして書いているうちに私はそのアイディアを忘れてしまいました。

今私の中に残っているのはここに書いた文章だけです。言葉にした部分以外は見えなくなってしまいました。




雲のような生まれたてのアイディアのまま誰かに伝えられたら良い。まだ言葉にされていない、たくさんの可能性を秘めたアイディアの雲が浮かんでいて、空を見上げるようにその雲を眺められたなら楽しいでしょうね。

でも、私たちは一度言葉にしない限り他人に伝えられないようです。


絶えず投稿されるネット上の文章も、書店に並ぶ本も、言葉にされてしまった可哀そうな言葉たち。もう、もとの可能性を秘めた雲には戻れない言葉。


生まれたてのアイディアが持っていた可能性を捨てずに美しい文章を生み出せるのは本当に限られた人たちだけでしょう。それでも、多くの人が未熟なままどうにか言葉にしようとしてしまう。きっと、誰かに伝えたいのです。



できるなら私も、私の中にぼんやりと漂っている雲を文章にして、誰かに伝えたいです。


私はいつか、物語を書いてみたいです。

何となく、私の中に一つの物語が生まれているような気がします。物語の世界はぼんやりしていて、それでも果てしなく広がっています。


物語を書き始めれば、その世界ははっきりしてくるでしょう。

でも、果てしない広がりはなくなって、小さな、つまらない世界になってしまうかもしれない。考えていた物語がたいして素晴らしいものではなかったことに気がついてしまうかもしれない。


物語は、心の中だけで大切に育む方が良いのかもしれません。

それでもいつか、書いてみたいです。形を与えないうちにいつのまにかこの物語が消えてしまうのが怖いのです。




言葉にしたくない。でも、言葉にせずにはいられない。

そうして生み出された言葉や文章たちが、この世界には溢れているのでしょう。



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