マスク越しの
おもむろに投稿第2弾
「つまり後輩ちゃんは、私とキスをすると戻ってしまうのだろう? でも男に戻りたくはない――というよりも、私の好みで居たいんだね?」
初めて訪れた先輩の家。女の子同士だからと引っ張ってこられたけれど、元男の僕の部屋とは違って、根っからの女の子の部屋という感じがしてドキドキしてしまう。
きれいに整えられたベッドの上にはクマとサメのぬいぐるみが置いてあって、窓際にはサボテンが飾っている。フローリングの上に敷かれたラグは花柄で、そのほかの家具もパステル系のもので揃っている。
そんな中で、先輩がとてもいい笑顔で僕にそう告げた。いつの間にか僕が男に戻ってしまう理由に気が付いていて、そうして僕の想いにも気が付いていて。今まで必死に隠していたのは何だったのだろうと思うほどに、先輩は全てを受け入れてくれた。だから先輩の発言は間違いない。僕は先輩が好きだし、先輩から好かれていたいから男に戻りたくはない。
「そうですけど……そんなにはっきり言わないでください」
「後輩ちゃんが愛らしくてね。羽目を外してしまったようだ。それで後輩ちゃん」
「何ですか?」
なんだかよからぬことを考えているようなので、胡乱気な目を向けてみたのだけれど先輩はまるで答えた様子はなく、むしろ嬉しそうにする。おそらく僕が何をしても、先輩は喜ぶのだ。先輩を傷つけようと思えば「嫌い」だというのが効果的だろうけれど、口にしたらたぶん僕の方の胸が張り裂ける。
「後輩ちゃんは私とキスをしたいのかい?」
「……したいです」
「ふふ、そうか。それはうれしいな」
「だから何なんですか」
先輩が変なことを言うから、顔が熱い。何をしても先輩が喜ぶ。もやもやするけど、嫌でもない。そんな気持ちがやっぱりもやもやする。
そっぽを向いていたら、突然先輩が近づいてきて、何かと思ったら突然唇に何かが触れた。
先輩はそのまま両手を僕の両耳まで伸ばすと、そこに何かをひっかける。
「何なんですか!」
「何かといわれたら、マスクだね」
「それはわかってます!」
一生懸命怒っているのに、先輩はまるで懲りた様子を見せない。
「私はね、キスというのは唇同士の接触だと思うんだよ」
言うが早いか、先輩が僕に抱き着いてきた。そのまま先輩の顔が近づく。
僕に何も言わせないかのように、マスク越しに唇同士が触れ合う。不織布越しに触れた先輩の唇はとても優しく、やわらかい。
キスできる距離にいるということは、それだけ近くにいるということで、先輩の体温が僕を包むように感じられて自然と鼓動が早くなる。呼吸の仕方すら忘れてしまったようで、意識して息を吸おうとするのだけれど、先輩の香りが鼻腔をくすぐり満たしてしまう。
永遠だったような、一瞬だったような時間のあとで先輩が「ぷは」と唇を離したけれど、すぐにまたくっつけてきた。
二度目になるとこの布を明確に感じてしまう。触れているようで、先輩に触れられていないというのがありありとわかってしまう。
満たされているようなのにどこか物足りなくて、先輩を求めてしまう。
じれったくて、じれったくて、じれったくて、じれったい。
意識するほどにどうしようもない感情がお腹の内側に溜まっていくようで、切なくて、悔しくて、でも今の状態も幸せだと感じてしまう自分もいて。
頭が沸騰してしまいそうになったので、このままだと壊れてしまいそうな気がしたので、先輩を引き離した。驚いた様子の先輩に僕は「むう……んー……」とよくわからない鳴き声を上げることしかできない。何かに気が付いた先輩が僕の目じりに触れた。
「また泣かせてしまったみたいだね。妙案だと思ったんだけど、駄目だったかな?」
「駄目……じゃないです。でも、でも……」
自分の気持ちを言葉にできず、またできたとしても恥ずかしくて言えそうになく。
やっぱり鳴き声を上げるしかない僕を先輩が優しく包み込む。あやすように背中をポンポンとリズムよくたたいた。
「実は私は、そうやって君が泣くのを好ましく思っているんだ。きっと私との関係を思って泣いてくれているのだろう? 思いが溢れると君は泣いてしまうみたいだからね。だからそうなって泣いてくれるのはとてもうれしい。泣かせておいて酷い先輩でごめんね」
なんて先輩が言うので、首を左右に振って否定する。声は出せないけれど、意図は伝わってくれたようで、先輩は笑って「ありがとう」とつぶやいた。




