絵のモデル
執筆中小説の中で埋もれていたので、バレンタイン記念に放り投げることにしました(雑
先輩の前で泣き出してしまって、なんだか恥ずかしさに打ち震えている。
数日は学校に行くのを――と言うのはさすがに無理だったので、部活に行くのを控えようかと思っていた。
クラスメイト達はすでに僕の存在にも慣れていて、クラスに居るのは別に苦ではない。
そのあたりは軋轢が生じないように、前もって学校側が考えてくれていたおかげだろう。
あの日休んだ一日は無駄ではなかった。
これで堂々と女子トイレを使っていたり、逆に男子トイレを使ったりしていれば、少なからず問題が起こっていただろうし、更衣室についても同じだと思う。
人間関係は少し変わってしまったけれど、親友は相変わらず親友してくれているし、今まではあまりかかわりのなかった女子生徒たちが、ちょくちょく話しかけてくるようになったくらい。
でも女の子になる前とそんなに嗜好が変わっていないので、話は男子との方が合う。
それはそれとして、数日部活を休みたかったという話。
放課後に友達たちと少し話して帰ろうかなと思ったら、教室の出入り口に見慣れた人が立っていた。
遠回しに言わずとも先輩なのだけれど……。
先輩は扉付近にいたクラスメイトを捕まえると、何かを話している。
この間、僕はうつむいてチラチラと先輩の方を確認するので精いっぱいだった。
何で来るんだ、本当に、もう。
嬉しさと、恥ずかしさとで、モヤモヤする。
でも今は恥ずかしさが圧倒的に勝っているので、帰ってほしい。
「えっと、先輩が呼んでるよ?」
先輩に捕まった同じクラスの女子生徒、おさげ――先輩におさげについては聞いた――に眼鏡でおとなしい感じの脳内呼称はおさげさん。
そのおさげさんが僕を先輩の元へと連れていく。
勘弁してほしいのだけれど、勘弁してほしいのだけれど。
うつむいたままおさげさんの後ろを歩いて、先輩のところに行く。
「それじゃあ、後輩君は貰っていくよ」
先輩はそう言って、僕の手を取る。
顔が熱い。絶対に顔を上げられない。
今の顔を見せたら最後、からかわれるに違いない。
うつむいたままでも、先輩の先導もあり、毎日歩いていた道は問題なくいくことができた。
辿り着くは先輩と僕だけの城、美術室。
顧問の先生がたまに来るけれど、大体はコンクールとか文化祭とか、部として行わないといけない最低限の何かがある時だけだ。
そして今は、その時期ではない。完全に2人きりの密室。
鍵をかけても外から中が見えたりするけれど、僕たちは見た目は完全に同性なのでたぶん抱き合っていたとしても、おふざけで許されてしまう。
僕は先輩が好き、先輩は僕が好き。
だから何の問題があるのかと言われると困るのだけれど、とにかく今は困るのだ。
いまだに僕は顔を上げられない。出来れば今すぐ逃げ出したい。
逃げてもたぶん先輩ならわかってくれると思うのだけれど、でも逃げると先輩と一緒にいられなくなるのも嫌だ。
うー……うー……。どうすればいいの?
「今日の後輩君も、なかなかな顔をしているね。どうだい? 先輩に話してみる気はないかい?」
「嫌です」
顔が合わせられない事を誤魔化すためにもそっぽを向く。
唇もアヒルのようにとがらせたけれど、先輩につままれてしまった。
「むー、むー」と抗議する僕に先輩が「今日はつれないね」と悪戯っぽい顔をする。
「でも今日の後輩君は、昨日ほど深刻ではなさそうだ。
だとしたら、昨日の事を気にしているのかな?」
「知りませんっ」
先輩の指から逃げ出して、少し離れたところで先輩を睨みつける。
果たして今の僕に迫力があるかは知らないけれど、不服であるという意図は通じることだろう。
それなのに、先輩は今日一番うれしそうな顔をする。
「ようやくこちらを向いてくれたね。
うんうん、可愛い可愛い」
「はーなーしーてーくーだーさーい」
今度は顔を止められた。両手で頬っぺたを抑えるような感じで。
逃げようと思っても、思った以上に先輩の力が強くて抜けられない。
いや、僕の力が弱くなったのか。
さすがに男の時には先輩よりも力は強かったはずだ。
まっすぐ見てくる先輩の視線から逃げるように視線を動かす。
だけれど、どこを見ても先輩の姿が視界に入ってくる。
男だった時ではありえなかった距離。男の時では近寄れなかった最後の一歩。
今の僕はそこにいる。
そのことで胸がドキドキすると同時に、どうしようもない想いが溢れてくる。
溢れ溢れ……先輩の手が離れた。
「悪かったね。後輩君があまりにも愛らしすぎて、ちょっと意地悪しすぎたみたいだ。
昨日の今日で気持ちの整理がつくはずないね。ちょっと性急すぎたようだ」
溢れた思いを指で掬った先輩が申し訳なさそうに、だけれど笑う。
それから「今日はもう帰るかい?」と尋ねるので、僕は精一杯首を左右に振る。
「それなら、絵のモデルになってくれないかい?
こちらは見なくいいよ。椅子に座って好きにしていてくれ」
言葉をなくした僕は言われるままに、先輩のキャンバスの前に椅子を持って行って座る。
先輩を見ないように、横向きに座って窓から外を眺める。
見えるといっても、せいぜい空くらいだけれど、心を落ち着けるには悪くない景色だ。
風が入ってきて、頬を撫でる。
長くなった髪を攫って行く。
ぼさぼさになった気がして手櫛で整えるときに、先輩の姿をチラッと見てしまった。
真剣な表情でキャンバスに向かう先輩が、僕の視線に気が付くと手を止めてニコッと笑う。
まるで初めて見た時の先輩のように見えて、落ち着けたはずの心がまた冷静さを失う。
すぐに目を逸らして先輩と反対の方を見る。
でも、気が付いてしまったらもうだめだ。
先輩の方を見なくても、先輩の視線を感じてしまう。
あんな風に真面目な顔をして、こちらを見ているのだろうか?
そう思えば思うほどに、顔が熱くなってくる。
それがとても恥ずかしくて、でも気になって、ちらちらと先輩の方を窺ってしまう。
いつか見た時は儚げだと思っていた先輩の真剣な表情は、改めてみると芯がしっかりあるようで女性の先輩でありながら、カッコイイと思ってしまう。
そしてそのカッコよさに、僕は間違いなく惹かれている。
チョロいと言われても、単純だと言われても、この想いは消すことは出来そうにない。
じくじくと痛む胸に新たな喜びと苦しさを継ぎ足して、ただただ先輩が絵を描く音だけが聞こえる空間に身をゆだねた。
なんとなくよさげな設定を思いつきそうな感じがしているので、リメイクなりしたいなと思ってはいます。時間はないので、やるかはわかりません。




