第九話 僕がマンガを描く理由
僕がキョトンとしていると、佳田充世さんは大きな口を開けてバカ笑いするのだった。そう、彼女がミッチのモデルとなった人だ。
再会して思ったのは、ミッチを初めて描いた時の顔、あの無表情と大笑いした顔というのは、やっぱり佳田さんの印象通りだったということだ。
「うむうむ、変わってないな」
そう言って、真顔で頭をポンポンされた。
「変わってないわけないだろう? もう高校生になったんだよ?」
「じゃあ、どこがどう変わったか言ってみ」
「あれから中学生になって、受験に失敗した」
「アハハハハハッ」
バカみたいに笑われたが、これが佳田さんらしさなので仕方ない。ナイーブな人は敬遠したくなるかもしれないけれど、僕はこの何でも笑い飛ばす彼女の明るさが昔から大好きだった。
「そんなことより、どうしてこんなところにいるの?」
「え?」
驚くほど無表情だった。
「え?」
僕も訊き返すことしかできない。
「うん?」
そう言うと、不思議そうな顔をして独り言をつぶやいた。
「知らないっていうことは知らないっていうことで、来るはずがないと思っているんだから来るはずがないんだよね。でもさっきはわたしの名前を呼んだわけだから、来ることは知ってたっていうことになるんだよ。それって、どういうことだ?」
これはまずい。僕がミッチを捜すために名前を連呼していたのを聞かれたので、佳田さんは僕が探しに来たと思ったはずだ。これでは彼女が混乱するのも無理のない話である。
「さっき、ミッチって呼んだよね?」
「そう、たまたま通り掛かって、それで佳田さんによく似た人を見掛けて、それで名前を呼んだら、本当に佳田さんだったからビックリしたんだよ」
佳田さんが真顔で睨む。
「なんか、嘘くさい」
「呼び捨てにしたことは謝る。ごめん」
「今まで『ミッチ』なんて呼んだことないよね?」
「そうだっけ?」
「なんか、しらじらしい」
嘘をついていることは見抜いてそうだが、何のために嘘をついたのかまでは分からないはずだ。とりあえずミッチのことは伏せた方がいいだろう。
「まぁ、いいけどね」
切り替えの早さも佳田さんの長所である。
「それより元ちゃんは一緒じゃないの?」
やっぱり佳田さんは僕よりも元ちゃんのことが気になるようだ。こればっかりは仕方のないことだ。ひょっとしたら佳田さんにとっての初恋の人なのかもしれないのだから。
「知らないっていうことは、そういうことだよね」
ひどくガッカリした様子だ。
「うん。元ちゃんとはクラスが別々になってさ、中学に上がったら話もしなくなったんだ」
さすがに本人の前で佳田さんの手紙が原因とは言えなかった。
「でも、この前うちの高校に夏期講習の特別授業があったんだけど、その時に話したんだけど
元気そうだったよ。第一志望にちゃんと合格したしね」
「その時、何を話したの?」
ものすごく真剣な目で訊いてきた。
「その時は、なんだったかな? 覚えてないから、きっとくだらない話だったんだ」
わざわざ石川さんの名前を出すこともないだろう。元ちゃんが石川さんに気があるというのも僕の勘だし、余計なことは言わない方が無難だ。
「まぁ元気なら、それだけでいいよね」
「そうそう、うちの母さんみたいに、死んだらくだらない話もできないからね」
「――えっ」
そう言うと、口元を手で押さえて絶句した。
それから目に涙が溢れてくるのが分かった。
やがて涙が零れると、嗚咽に変わった。
初恋の人が目の前で泣いている。
それなのに僕は何もしてあげることができなかった。
自分が情けない。
性を意識して背中をさすることもできなかった。
そんな自分が、いやらしく感じてしまう。
※ ※ ※
小学四年生の時、佳田さんはよく家に遊びに来ていた。
引っ越してきた佳田さん一家に母さんが世話を焼いたのがきっかけだった。
佳田さんのお母さんを何度か家に誘って、一緒についてきたのが佳田さんだ。
教室では大人しかったのに、一緒に遊ぶと明るい子だった。
それをクラスで最初に知ったのは僕だと思う。
やがて佳田さんは一人で自転車に乗って遊びに来るようになった。
僕が公園で遊んでいる日も、家にいたりするのだ。
母さんに何をしていたのか訊くと、マンガを読んで帰って行ったと答えた。
別の日はミシンを教えたと答えた。
また別の日は髪を切ってあげたと答えた。
ところが、それが問題になってしまったのだ。
佳田さんが母親に黙っていたことで、僕の母さんと軽く揉めてしまったのである。
長い髪をバッサリ切っては、佳田さんのお母さんが怒るのも無理のない話だ。
学校の先生ならば体罰として問題になってもおかしくない。
謝って済んだだけでも、佳田さんのお母さんには感謝しなければいけないだろう。
それから佳田さんは家にパッタリと来なくなった。
五年生でクラスが替わると、僕も顔を合わせることが少なくなった。
でも、ちょっとだけ安心した部分はある。
わずかだけど母さんを取られてしまったという感覚があったからだ。
二人が仲良くしている姿を見ると、本当は娘が欲しかったんじゃないかと思うこともあった。
そのことがあってミシンを覚えようと思ったのかもしれない。
それとは別に、佳田さんが好きだった。
いや、別じゃないのかもしれない。
母さんと仲良くできる佳田さんには安心感があった。
間違いないという、人を見る目だ。
この人なら母さんも喜んでくれるような、そんな感覚。
うまくはいかなかったけど、やっぱり僕は佳田さんが初恋の人で良かったと思っている。
※ ※ ※
緑ヶ丘公園のベンチで少しだけ母さんの思い出を語り、近況を報告して、辺りが完全に暗くなる前に佳田さんと別れることにした。
しんみりしてしまったので次に会う約束をすることができなかった。いや、そんなのはただの言い訳で、勇気を出して誘うことができなかっただけである。
何度同じことを繰り返せばいいのか分からないが、四年振りに再会を果たしたのに、それでも連絡先すら訊けないのだから、この先の人生も後悔する人生しかなさそうだ。
相手も同じことを考えているのではないかと思って引き返してみたのだが、展望台に彼女の姿はなかった。
それから遠回りをしてウジウジしながら帰ろうと思ったけど、行方不明のミッチのことも心配だったので急いで帰ることにした。
ウジウジした気持ちは食事まで不味くさせるけど、ちゃんと食べなきゃいけないものだ。そうしてきたから今があるというのが何よりの証拠だ。
泣きながら食べる白いご飯は、つらい思いを乗り越えてきた過去の自分を思い出し、気力に変わることを知っている。
翌日は目覚まし時計に起こしてもらった。しかも夏休み中なのに六時という朝の早さだ。これなら目が覚める前にミッチに逃げられるという心配もない。
リビングに行くとミッチが卵焼きを作っていた。分厚くてふわふわしている母さんが作るような卵焼きだ。
「おはよう」
「おはよう。今日は早いね」
ミッチが何事もなかったような返事をした。
「みんなは?」
「まだ寝てるんじゃない?」
どこで寝ているのかは不明だが、そんなことはもうどうでも良かった。
「昨日は、どこに行ってたの? 探したんだよ」
「へぇ、探してくれたんだ。えらいえらい」
そう言って、真顔で頭をポンポンしてくれた。
まるで昨日の佳田さんだ。
それでも石川さんをモデルに描いたユアと違って、ミッチはもう佳田さんとは違うタイプになっている。
「デジャヴを見たような顔をしてる」
「分かるの?」
「そりゃ分かるよ。所詮わたしたちはケンジ君の意識が作り出したキャラクターだからね」
「じゃあ、佳田さんと再会したことも知ってるんだ?」
「うん。ケンジ君がどんなことで悩んでいるのかもね」
「母さんみたいだな」
「やだよ、同い年の子供とか」
そう言って、ミッチが笑った。
「でもよく描いてくれたね。それは意外だったかな。でも佳田さんと連絡先を交換していたら描いていたかな?」
「それは分からない」
「だよね、ケンジ君は佳田さんを描きたくてわたしを描いたんだもんね。ということは、本物がいれば描く必要がないっていうことになるもん」
テーブルの上の卵焼きがどんどん冷めていく。
「でも四年振りの再会だからさ、やっぱり想像していた四年後の姿とは違っていて、ミッチと佳田さんはまったくの別人だと思ったんだ。だから佳田さんがいるからミッチを描かないということはないよ」
「ケンジ君はそれでいいかもしれないね。でもわたしには分かるんだ。もしもう一度佳田さんと交流が始まれば、わたしという成分はどんどん薄まって、本物の佳田さんの言動による影響で消えていなくなっちゃうんだよ。気がついた時には、中身も佳田さんというミッチが完成するんだ」
「それってつまり、代償行為で描いてたってこと?」
「だから、いちいちわたしに訊かないの」
また同じようなことをして叱られた。
「作者が叶わなかった初恋を成就させるためのマンガなんて、僕はそんなの読みたくないな」
「でもそれがマンガを描くっていう原動力なんでしょう?」
「そうだけど、それだとまるっきり自分のためだけにマンガを描いているみたいで」
「彼女のためじゃないの?」
「佳田さんにはマンガを描いてるって言えなかった。彼女のためっていうなら話せたはずだから、やっぱり自分のためなんだ」
「そうなんでもかんでも否定されると、わたしの存在自体が否定されているみたいでフクザツなんだけど」
そう言って、怒りながら卵焼きを手掴みで口の中に放り込んだ。
それがあまりに可笑しくて思わず笑ってしまった。
「なに? こっちは真剣なんだけど」
「ごめん」
「だいたいさ、そうやっていつも簡単に謝りすぎなんだよ」
そう言って、もひとつ卵焼きを頬張った。
怒られやすい人というのは、謝っても謝らなくても怒られるものだ。
「ごめん」
「まぁ、いいや。昨日は探してくれただけでも良しとするか」
そう言って、卵焼きを全部平らげてしまった。
「おはよう」
そこへユアが入ってきた。イメージ通りの早起きだ。彼女も僕の意識下にあるはずで、初恋の佳田さんと再会したことは知っているはずだが、これまたイメージ通りで我関せずだ。
同居生活も長くなると所定の場所を好むようになる。ユアのお気に入りの場所はリビングの隣の母さんの部屋にある椅子だった。そこで読書をしている姿をよく見掛ける。
ちなみにミッチは食事以外でもダイニングテーブルの椅子に座ってマンガを読んでいることが多い。
「昨日、佳田さんに会ったんだ。ユアも小学生の時に同じクラスだったから知ってるだろう?」
「みっちのこと? あっ、本物の方ね」
「そうそう」
男子は「佳田さん」呼びで、女子は「みっち」と呼んでいた。
「わたしもだけど、マンガを描くならキャラクターの名前を紛らわしくするのはヤメて。わたしの名前も実在の人物と近すぎるし、ミッチの愛称もそのままだし、チョコもチョコレートが出てくると紛らわしい」
「ああ、それは僕も反省したんだ。でも一度つけた名前は変えられなくて。ほら、名前で性格まで変わってしまうというか、いきなり『チョコ』が『千代子』になったらヘンだろう?」
「それが戸籍上の名前だった、っていう展開ならアリだと思うけど」
相変わらずユアは落ち着いたアドバイスをしてくれる。
「なるほどね。まぁ、後出しにならないように工夫してみるよ」
すでにユアは僕の中でマンガのアドバイスをくれるキャラクターとして確立されている。
「おはよう」
次に入ってきたのはチョコだ。彼女のお気に入りの場所はソファだ。そこで横になってスマホで音楽を聴くのが固定化している。
「初恋の人との再会はどうだった?」
直球の質問がチョコらしい。
「うん、まぁ、思ったよりフツーだった」
「ウチらの前でカッコつけなくていいよ」
チョコはスマホをいじりながらの会話だが、言ってることは的確だった。
「うん。やっぱり嬉しかった。でも、彼女は僕よりも母さんと仲が良かったから、感動の対面にならなかったのは本当なんだ」
「彼女、スマホは?」
「持ってた。それで時間を確認してたから」
「あぁ、そのタイミングでメアドとか訊けば良かったのに」
「それは僕も思った」
「だったら訊こうよ」
チョコは僕に何のためのアドバイスをしているのだろう?
「だって、僕は携帯電話とか持ってないし」
チョコが僕の方を見て、大袈裟にため息をつく。
「ケンジはさ、そうやって、いつも言い訳を前もって用意しているんだよね。どう行動するかより、先に言い訳を考えているんじゃないの? 全てにおいてそういう生き方をしているような気がする」
「自己防衛本能が働いているのかな?」
「それをわたしに訊いてどうするの?」
さっきミッチに同じことを言われたばかりだ。
「ごめん」
「誰かに訊ねて、『はい、それ正解!』って言ってもらわないと、不安になっちゃうんだろうね。一言でいえば、自分に自信がないのかな」
何から何までチョコの言う通りだが、今日のチョコは妙にツンツンしている。これまでも仲の良かった女の子が突然よそよそしくなることはあったので不思議ではないが残念だ。
「まぁ、自信を持って偉そうにするよりマシだけどね」
チョコも締めの言葉はミッチと同じく妥協している感じだった。
「ふあ~、お兄たん、おはよう」
最後にまだ眠そうな顔をしたセルナが入ってきた。お気に入りの場所はコロコロ変わるのが特徴で、スマホを持たせてからは母さんの部屋でゴロンとしているのが好きみたいだ。
「お兄たん、元気ないね」
「……うん」
「セルナがいるだけじゃダメなのか?」
「いや、それだけで充分さ」
そう言うと、セルナの目が真ん丸になった。
「よかった」
セルナが心の底からほっとしたような表情を見せる。
ということは、どういうことだろうか?
「お兄たん、どうしたの?」
改めてセルナの表情を確認すると、懸命に笑顔を作っているようにも見える。
「げんき、げんき」
と、セルナが笑顔で僕を励ます。
「ありがとう。セルナの応援が一番うれしいよ」
「お兄たん、これからもマンガを描くの、がんばってね」
励まされたのは僕だけど、本当に不安を抱えているのはセルナの方だ。僕が何のためにマンガを描いているのか、悩んでいることを感じ取っているのだろう。
僕がマンガを描くのをやめるということは、彼女たち四人のキャラクターも存在しなくなるということだ。
マンガを描く理由ってなんだろう? セルナのような可愛い妹を描きたいという理由だけでは、読者は認めてくれないのだろうか?
きっと「趣味で勝手にやってろ」なんて言われるのかもしれない。それでも読んでほしいと思うのは、自分を知ってほしいという願望に他ならない。
一歩間違えれば、自己満足とか、承認欲求を満たすためにやっていると思われてしまうのが創作の世界だ。
そこを突き抜けるものとはなんだろう? どんなに考えても、今の僕にはこうするより他にすべきことがなかった。
「また、みんなでどっか行こうよ。リクエストがあれば何でも描くよ!」
僕がそう言うと、みんなが一斉にスマホから目を離した。そして顔を輝かせて侃侃諤諤の議論を始めるのだった。
そうだ、マンガには人を夢中にさせることができる力がある。その力を信じているからこそ、キャラクターが具現化して僕の前に現れたのだ。
インターネットの娯楽性やSNSのコミュニケーションツールに対抗する必要はない。それらも全部ひっくるめてマンガにできてしまうからだ。
マンガに無限の可能性がある限り、僕は描きたいと思い続けるだろう。ミッチに怒られ、チョコにあしらわれ、ユアにアドバイスをもらい、セルナに励まされ、僕は描き続ける。
「よし、じゃあ決まりね」
四人の議論の結果、昔ながらの夏祭りに決まった。
いや何でも描くとは言ったが、マンガを描き始めたばかりの初心者に、夏祭りの描写はキツすぎる。どうしてこうも読者はワガママなのだろうか?
「よし、任せとけ」
それでも断れないのが僕の性分だ。また文句を言われるだろうが、結局は描いてみなければ分からないので描くしかない。
「ガハハハハハハハハッ」
部屋のドアを開けると佳田さんがいた。それから僕の驚く顔を見て、このバカ笑いである。
「なんで?」
「なんでって、なにが?」
なぜか佳田さんの言葉には怒気が含まれていた。
「いや、だって、どうして僕の部屋に?」
「たぶんこの時期は窓に鍵を掛けてないと思ったから、窓から入ろうと思ったんだよ」
あっけらかんとした顔で答えた。
「そんなことしたら、びっくりするだろう」
「当たり前だよ、驚かせようと思ったんだから」
「来るなら、昨日会った時に言ってよ」
「それだとサプライズになんないでしょ」
「それでも言ってくれないと」
「ダメ! 言うと部屋をキレイに片付けるもんね」
佳田さんの口調はずっと半ギレなんだけど、なぜ僕が怒られているのか意味が分からない。でもこれが昔からの関係性なので、考えても仕方ないということも分かっている。
「それよりさ、ケンジ君って、ファッションデザイナーになりたかったんだね。これって昔からだっけ?」
佳田さんは机に座って僕が描いたマンガのスケッチを見ている。
「絵が得意なのは覚えているけど、女の子の服に興味があるのは知らなかった。あっ、これってお母さんの影響?」
「まぁ、少なからず影響はあるだろうね」
「ふ~ん」
特に感想は口にしないけど、じっくり時間を掛けて見てくれているだけでも嬉しかった。
「なにこの、浜辺の絵は?」
「夏をイメージするためにね」
「このヤシガニは?」
「デザインの参考になればと思って」
「このタコ焼きのTシャツいいね。着ている女の子もカワイイ」
まさかタコ助のTシャツが褒められるとは思わなかった。やっつけにもほどがある、という感覚で描いたので褒められると複雑な心境になる。
「麦茶用意するね」
そう言って佳田さんを部屋に釘づけにしつつ、リビングに戻った。
「お前ら、とにかく隠れろ」
全員がキョトンとしている。
「ハッ?」
チョコの顔があからさまに不機嫌になる。
「お前らって、誰に言ってんの?」
「ごめん言い直す。みんなどこかに隠れてくれないかな? いま部屋に佳田さんが来てるんだ。だから見つかったらヤバい」
「知らないし」
言葉を丁寧にしてもチョコは不機嫌なままだ。
「どうせ向こうには見えないんでしょ?」
ミッチは平然としている。
「いや、どういう設定か分からないけど、見える人がいたら厄介だろう」
信じる力で見えるなら、他の人にも見えている可能性はある。
「見えるなら、セルナ一緒に遊びたい」
セルナが無邪気に答える。
「そういうわけにもいかないだろう」
そう答えるのが精いっぱいだ。
「見えることで、何か問題がある?」
ユアはいつだって冷静だった。
「いや、それは――」
そう言われると、返答に困るのだった。
「ウチらじゃ見られると恥ずかしいって言うの?」
チョコは明らかに怒っている。
「いや、そんなわけじゃ――」
いや、これは図星なのか?
「結局さ、ケンジ君の問題ってそこなんだよ」
ミッチの説教が始まった。
「佳田さんにマンガを描いていることを言えないっていうことはさ、恥ずかしいって思っているからなんだよね。
それってつまり、自分の描いたマンガの自己評価なんじゃないの? 自信過剰になれって思わないけど、もう少し自分を信じてあげてもいいんじゃないの?」
「いや、僕はマンガの力を信じているよ」
これはさっき気がついたばかりのことだ。
「それはマンガが持っている力でしょ? わたしが言ってるのは、自分を信じるっていうことなんだよ。マンガの凄さは充分に理解していると思う。でも自分のことはイマイチ信じてあげられていないんじゃない?
必要なのは自分を信じることだけなんだよ。ケンジ君には、それが圧倒的に足りていない」
みんながミッチの言葉に聞き入っている。そこに反論の声を上げる者はいなかった。ということは、みんな同じことを思っているということなのだろう。
僕も同じだった。彼女たちの目に、僕という主人公が頼りなく写っているということだ。