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第八話 ヒロインを描く理由

 ミッチもチョコも、どちらも僕が生み出したキャラクターだ。同じ作者の手から生まれたのだから性格がそっくりでも不思議じゃない。

 それでも違いといえば、ミッチには言い返せないことでも、チョコには気兼ねなくざっくばらんに会話ができるという大きな違いがある。

 元々友達キャラとして描いたので、話していて緊張することがないというのも彼女の強みだ。男友達と同じ感覚でバカな話を何時間でも続けられるというのがチョコだ。

 それに対してミッチは元々僕の理想の女の子として描いたので、内面に踏み込むのが怖いと思ってしまうのだ。虚像が壊れてしまわないような接し方しかできないのである。

「チョコの様子が変わったということは、ケンジ君の気持ちが変わったということなのかもね」

 ミッチが冷静に状況を分析している。

「僕もチョコのことが好きだっていうこと?」

「それをわたしに訊いてどうするの?」

「ごめん、自分でも分からないんだよ」

 自分の理想の女性について考えてしまう。チョコは料理が下手というか、基本的に好みが合わないけど、後片付けまでちゃんとして、妹の面倒を見るのも得意な姉御肌の一面がある。

 対するミッチは料理が得意だけど、それ以外は何もしない。ヘンテコな例えになるが、たまの日曜日に家族サービスするお父さんという感じだ。

 僕はこの年齢にしてすでに一人暮らしを経験しているということもあり、一人でなんでもできてしまうので家事ができない女の子でも困ることは一切ない。

 最初はルームシェアをしている感覚だったので家事を分担してほしいという気持ちがあったけど、理想の結婚生活となると話は別だ。

「思いっきり悩んでいるね。それってケンジ君もチョコのことが気になってるっていうことだよね? 正確には気になり始めたっていう感じかな?」

「……」

「否定しないんだ」

 ミッチが冷たい目をする。僕はこの目が苦手だった。いっそのこと怒ってくれた方が気持ちは楽になる。

「まぁ、考えればいいよ」

 そう言って立ち去ろうとしたが、僕には訊きたいことがあった。

「ミッチは、僕のこと好き?」

「女の子に向かって、そういう楽な質問したらダメだよ」

 予想通り、やっぱりダメ出しを受けてしまった。

 何も言えずにミッチの浴衣姿を見送ることしかできなかったが、ミッチには見ているだけで幸せな気持ちにさせてくれる魔法があるということを思い出した。

 とりあえず家に帰った方が良さそうだ。一人で考えていても答えが出そうにないので、チョコと話をしようと思ったからである。

 いや、単純にくだらない話がしたかっただけかもしれない。それで期待通りの展開になるのがチョコの良さだ。

「浴衣のデザインだけど、もうちょっとどうにかならなかったの?」

 部屋で二人きりだけど、相手がチョコなら緊張しない。

「一日着続けて、それをいま言う?」

「浴衣にまでタコ助くん描かなくていいでしょう?」

「気に入ったと思ったから」

「気に入ってないよ。こんなのグッズ販売しても売れないし」

「そんなの分からないだろう? 何が売れるか分からないから世の中は面白いんだ。狙ったものだけがヒットする世界なんて退屈だよ」

「ハイハイ」

 熱弁を軽くあしらうチョコの対応が心地いい。

 それからどういう流れか分からないが、高橋留美子のマンガをベッドの上で壁に背をもたれて一緒に読んだ。それも母さんが愛読していたものだ。料理の好みは合わないけど、ページをめくるタイミングが一緒なのは助かった。

「時間なんて、あっという間だね」

 一冊読み終えた時には、もうすでに別れの時間が迫っていた。

「そういえば訊きたいことがあったんだ」

「ミッチのこと?」

「よく分かったね」

「すぐ訊かれると思ったのに訊かれないから、自分から言うところだったよ」

「なにその意味のない駆け引き」

 これには二人とも笑うしかなかった。

「ケンカしたわけじゃないんだよね?」

「ケンカじゃないよ。ただ、友達をやめただけ――」

 今まで見たことのないような真剣な眼差しだった。

「――それは大切にしないということじゃなく、これまでと変わらないように大切にしたいからやめたんだ。男同士の友情に比べて女は、っていうくだらない比較とも違う。なんていうかな……、堂々としていたいんだ」

「チョコは――」

 僕のことが好きなの? と訊こうと思ったけどやめた。相手にそれを先に訊くのは、やっぱりズルい行為だ。

「明日わたしを小さく描いてくれない? ほら、前にミッチをポケットに入れたみたいに」

「前は『キショイ』って言ったクセに」

「キショイはキショイよ」

 チョコの雰囲気は変わったがツッコミの腕に変化はないようで、複雑な心境ながら安心した。


「動かないで!」

 目を覚ましたので起きようと思ったらチョコに注意を受けた。

「もうちょっと遊ばせて」

 薄目を開けるとチョコが僕のほっぺの上で飛び跳ねている。ほっぺがトランポリンで、鼻が滑り台で、唇がソファといった感じだ。

 僕の顔や身体の上で遊んでいるチョコは、遊園地ではしゃぐ女の子と変わらない。その姿は僕がやってみたいと思っていた願望そのものだった。

 朝食はチョコのために赤肉のメロンを描いてあげた。それをお腹いっぱいになるまで食べるのも僕の願望だったからだ。

「こんろはメロンを大ひく描いてみれば? ほうすれば私と同ひ経験ができるかもひょ」

 赤肉の真ん中の美味しい部分だけで口いっぱいにしている。

「どうでもいいけど、顔がビショビショだぞ」

「へへェ」

 と言って目をつぶるので、しょうがないからティッシュで拭いてあげる。

 食事を終えると、次はパーカーのお腹の部分にミシンでポケットを縫い付ける作業を始めた。出来上がりはドラえもんの四次元ポケットのような感じになる。

 ミッチの時は両手を突っ込むタイプのポケットだったので、中にいると安定しないで落っこちてしまう危険性があったからだ。

「しかし、ケンジは何をやらせても器用だね」

 僕に対する褒め言葉だが、これは母さんが褒められたようなものなので、より嬉しく感じられた。

 それから自転車に乗って町に繰り出すことにした。

「どんな気分?」

「もっとスピード出していいよ!」

「よし、行くぞっ!」

 今のご時世、堂々と自転車の二人乗りが出来るのは僕らくらいだろう。この「堂々と」というのが、娯楽を楽しむ上で、僕の性に合っているようだ。

 あまりに気持ちが良かったので、そのまま緑ヶ丘公園を目指すことにした。緑ヶ丘公園というのは小高い丘の上にある市内を一望できる展望台のある公園のことだ。

「こういうところはデートで来たかったな」

 展望台で海を見ながらチョコがつぶやいた。

「これってデートじゃないの?」

「違うでしょう」

 確かに傍から見れば、一人で展望台にいる僕は場違いに見えることだろう。デートというのなら、やはり堂々と手をつなぎたいものだ。それがデートの定義かもしれない。

 それから一緒に映画を観ようと提案したが、チョコがお金の心配をするので、近くのコンビニで駄菓子を買うことにした。

「うまい棒はやっぱりコンポタだよね」

「ネーミングも含めると、やさいサラダ味が一番なんだけど」

「ねぇ、チータラも買って」

「それ駄菓子じゃないだろう」

 ということで、うまい棒とチーズ鱈を買うことにして会計を済ませたのだが、店を出たところで年配の店員さんに呼び止められてしまった。

「何か忘れてない?」

 そう言われても、なんのことか理解できなかった。

「その、服のポケットの中にある物を見せてくれないかな?」

 どうやら万引き犯に間違われているようだ。

「何もありません」

「うん。でもウチの従業員がポケットに何か隠したのを見たって言うんだ」

 これはチョコレートではなく、チョコのことだ。

「何もありません。本当に何もないです」

 さすがに小人化したチョコを見せるわけにもいかない。

「でもね、チョコがどうとか言ってたって、聞いてるからね」

 キャラクターに食べ物の名前をつけるのは止めた方がいいようだ。

「あの、すいません。わたし見てたんですけど――」

 横から声を掛けたのは石川さんだ。

「その人、何も盗んでいませんよ。ちょっといい」

 そう言って、僕のポケットを強引にめくって店員さんに見せるのだった。ポケットの中にはチョコレートはもちろん、チョコの姿もなかった。

「ああ、これは悪いことしたな」

 店員さんは弱り顔だ。

「お店の人は悪くありません。怪しかったので疑われても当然でしたから。むしろ謝らなければいけないのは彼の方です。従業員の方にも気にしないように言ってあげて下さい」

 石川さんによる大岡裁きでお開きとなった。

 とりあえずチョコが見つからなくて良かった。というより、他人の目に触れそうになると消えてしまうようだ。

 それはまるで自分の作った作品が他人の目に触れた途端、作者の手から離れてしまう感覚にとてもよく似ている。

 それから石川さんと一緒に美薗公園に行ってベンチに座った。

「どっちがいい?」

 石川さんはコンポタ味のうまい棒を選んだ。

「それにしても、よく会うね」

「コンビニとかスーパーって、近所の人と最も頻繁に顔を合わせる場所だと思うけど」

「そうだったね」

「しかも店内でニヤニヤして独り言をつぶやいていたら余計に目立つし」

「それは一人っ子だから仕方ないよ」

「わたしも一人っ子なんだけど。誤解されるから一人っ子を都合のいい言い訳にしないで」

「ごめん」

 石川さんがダメな男を見ているような顔で僕を見る。

「それよりこの前、訊こうと思って訊けなかったんだけど、ちゃんと思い出してくれた?」

「なんのこと?」

「ほら、本屋さんでわたしに訊きたいことがあるって」

「ああ、そうだ、あれからすぐに思い出したんだ。夏期講習の時にさ、母さんの葬式のことを話したよね? その時に、なんて言ったかな? そうそう、参列してくれてありがとうって言ったら、『わたしもお礼が言いたかったから』って言ったんだ。それの意味が分からなくて」

 石川さんが黙りこくってしまった。考え事をしているのが分かったので、僕はチーズ鱈を食べて彼女の邪魔をしないように心掛けた。

「――リカちゃんのこと覚えてる?」

「中山さん?」

 中学時代のクラスメイトだ。

「うん。そのリカちゃんが三年生の秋に突然グループから無視されたことがあったよね? 女子は三つぐらいのグループがあったんだけど、リカちゃんが無視されているのは全員知っていた。男子だと、女子とよく話す人くらいしか知らなかったんじゃないかな?」

「そんな感じか……」

「あの時、リカちゃんとグループの子を仲直りさせたのって、成瀬君だよね?」

 確かに中山さんと仲の良かったグループの女子と一緒に話し合いをしたのは事実だけど、最終的に仲直りができたのは、彼女たち自身の気持ちの部分が大きい。

「それと岡谷君のこともそう、成瀬君がいなかったら不登校のまま卒業してたと思う」

「あれは岡谷君ががんばったんだ。他の男子も協力的だったし」

「でも自分が遅刻してまで一緒に学校へ行くって、わたしはできないな」

「先生が怒らない人で良かったよ」

「どうして? なんで自分を褒めないの?」

「いや、実際に仲直りしたのも、がんばって学校に行ったのも僕じゃないから」

「でも行動したのは成瀬君だけなんだよ?」

 褒められているのか怒られているのか分からないような感覚だ。

 いや、怒られたような顔をしているのは石川さんの方だった。それは今まで見たことのない表情だ。

「二年間も学級委員長をやっていたのに、わたしは何もできなかった。できたのは第一志望の高校に入学する、という自分のことだけ。誰かのためになんて、何一つできなかった。

 あの時もし成瀬君がいなかったらって思うと怖くなるんだ。ネットで中学生が自殺したニュースを見ると、自分がいる教室でも起きたかもしれないって。

 どうしてもお葬式に行きたかったのは、クラスメイトのために優しくできる男の子を産んだお母さんって、どんな人か知りたかったから。

 それで、その子を育ててくれたお母さんにお礼が言いたくなったの。『何もできないわたしの代わりに、助けてくれてありがとうございました』って」

 石川さんがそんなことを思っていたというのは意外だった。なんでもできる人と思っていたけど、本人は何もできなかったと思っている。つくづく話してみないと分からないものだ。

 それでも彼女は学校で一番頭が良かったのだから、将来は僕なんかよりも多くの人を助けることができるはずだ。つまり頭のいい人は、悩みも大きいということなのだろう。


   ※    ※     ※


 母さんは毎日夕飯の時に学校のことを訊いてきた。

 中山さんの異変に気がついたのも母さんだった。

 グループの組み合わせに違和感を抱いたのがきっかけだ。

 指摘されて、注意を払って見るまで中山さんが無視されていることに気づかなかった。

 単につるむ相手を変えたくらいにしか見えなかったからである。

 中山さんを含めてみんなで話そうと思ったのも、母さんが毎日心配していたからだ。

 これは岡谷君にも同じことが言えるだろう。

 一緒に学校へ行ってあげたら、それが母さんの言葉だ。

 その言葉がなければ、岡谷君は不登校のままだったかもしれない。

 僕が自分で考えて行動したんじゃない。

 いつも背中を押してくれる人がいた。

 それが僕の場合は母さんだった。


   ※    ※     ※


 そんなことをゆっくりたっぷり話した。最初は石川さんの勉強する貴重な時間を奪っているような気がして申し訳なく感じたが、穏やかな表情だったので途中から気にならなくなった。

 家に帰ってから真っ先にしたことはユアの絵を描くことだ。石川さんと会った直後に描くと、翌日の仕上がりが段違いだからである。


 しかし翌日はそれどころではなくなってしまった。朝からミッチが行方不明になってしまったからだ。ユアやセルナに訊ねても知らないと言う。

 セルナに至っては、声を掛けても僕の方を一切見ようとしなかった。それでは僕がどれだけ心配しているか、表情や目から判断できないだろう。

 今日は今どきの女の子をリアルに描くため、全員にスマートフォンを持たせてある。案の定、みんな片時も手放せない様子だ。だから仕方ないといえば仕方ない。

 僕は父さんが反対しているので持っていないが、それでもパソコンは自由に扱える。マンガを描き始めるまでは、一日中ネットをやっているというのも珍しくなかった。

 それが不健全な生活だとは思っていない。むしろネットには普通に暮らしていたら知り得ない良い見本と悪い見本がたくさんあるので積極的に触れるべきだと思っている。

 でもミッチがいないという状況ならば話は別だ。これは映画館や演奏会など未来永劫普遍的に使用してはいけない場所が存在するのと一緒で、それどころではない状況だからだ。

「ミッチから返信は?」

「焦りすぎだって」

 チョコはのんびりとソファでイヤホンをしながら音楽を聴いている。

「だってベロの散歩以外で黙って家を出るって、今までになかったから」

「ウチらだって子供じゃないんだよ? わざわざ許可を取ると思う」

「でも黙っては出て行かないだろう?」

「それは気分次第かな」

「じゃあ出ていく前は、どんな感じだった?」

 チョコが思い出そうとする。

「普通だったけどな。あ、でも……、いや、なんでもない」

「でも、なに?」

 チョコは言いにくそうに、「昨日のことを話したから、ひょっとしたら気分を悪くさせちゃったかな? でも言わないよりはマシだよね? わたしは堂々としていたいし、感情も全部オープンにしていたい。でも、それも自分勝手なのかな……」

 これは僕がアドバイスできる類の悩みではなかった。母さんなら女同士で色々と相談に乗ってあげることができただろう。

 チョコと話をして一旦落ち着くことができたのでベロを散歩させることにした。考えてみれば、家出よりも散歩にふらっと出掛けた可能性の方が高いのだ。

 河原に来るといつも考え事に没頭してしまう。今までは一人きりだが、マンガを描くようになってからはユアが話し相手になってくれる。

 今日もユアが隣に座ってくれた。都合がいいというのも、それはそれでマンガにしか描けない展開でもあるので、僕はやっぱりマンガが大好きだ。

「こんにちは。やっぱりここにいた」

 朝の挨拶を交わしたが、お昼の挨拶もしっかりしているところが石川さんっぽい。この日もリアルに描けているようだ。

「こんにちは」

「なんだか悩みがありそうな顔をしているね」

「そう、ここで悩んで、その悩み事を小川に流してしまうんだ。そうすれば大きな海に混ざる頃には忘れてしまうって、これも母さんの受け売りなんだけどね」

「もうそれは、成瀬君のものだよ」

 ユアは僕が言ってほしいと思うことを言ってくれる理想のキャラクターだ。それも都合がいいと思われるかもしれないが、リアルに描けていると思うので問題ないと自信を持って言える。

 その自信がどこからくるかというと、前日に本物の石川さんと母さんについて話したのが、ユアの性格に影響を与えたと推察できるからだ。

「なんでも聞くよ」

 母さんに寄り過ぎるのもどうかと思うが、せっかくだから甘えることにした。

「マンガを描くって、すごく難しくてさ、前にここで話をしてから、飛躍的にキャラクターを描き分けられるようになったんだ。まぁ、自分の中だけなんだけど。でも今度は別の問題が起きたんだ。

 前はヒロインが一人しかいなかったのに、別のキャラと向き合ったら、ヒロインが二人になっちゃったんだ。ギクシャクした関係とか、ドロドロした展開なんて望んでないのに、勝手にピリピリした状況になっちゃった感じかな」

「成瀬君はどうしたいの?」

 そこで一旦考える。本物の石川さんなら急いで話さなければいけないところだが、ユアなら待たせることができる。それもマンガならではの強みだ。

「色んな作品を読むし、世の中にはできるだけたくさんの種類の作品が存在することが望ましいけど、僕の好みはやっぱり最終的に誠実だと思える作品がいいな。だからやっぱりヒロインは一人がいい」

 そこでユアが、なぜか切ない表情を見せる。

「そうだよね、それが成瀬君らしいマンガなのかもしれない。作者がそう思って描けば、きっともう一人のヒロインも傷つかないと思う。

 いや、傷つくのは傷つくと思うんだけど、自然治癒できる傷で済むと思うんだ。うまくいかなくても、いい人を好きになれたと思うだけで感謝できるもんね」

 ユアはそう言うけど、ミッチやチョコが同じように思うかどうかは分からない。

「でも、そんな感傷に浸るタイプじゃないと思うんだ。二人ともあっけらかんとしているし、冷静に考えてみると、本当に主人公を取り合っている状況になっているかも怪しいね。

 そもそも女の人って、本気で男を好きになるものなのかな? それっぽく描いてるんだけど、いまいち実感が湧かないんだ」

「ああ、それがマンガのセリフなら、『この作者サイテー』って言われるよ」

「だって今までモテたことがないから、やっぱり分からないんだよ。女の子に好きになってもらうっていう感覚がないから常に疑っちゃう感じかな」

「でも成瀬君のお母さんは、お父さんのことが好きだったんでしょう?」

「まぁ、そう言われればそうなんだけど……」

 そこでユアが首を振る。

「ごめん、前言を撤回させて。別に恋愛感情の重さで人間の優劣が決まるわけじゃないんだよね。みんながみんな死ぬ気で恋愛しないといけない、とか狂気だもん。

 自分が好きな分だけ相手にも好きになってほしいと思うのは自由だけど、強制なんてできないよね。そんなこと思うような人の恋愛感情の方が身勝手で自己チューに思えるし。

 つまり何を言いたいかっていうと、結局は自分で決めなくちゃいけないっていうことなんだと思う」

 そうだ。前にミッチと話をした時も反省したはずだ。つい「僕のこと好き?」って訊ねてしまうクセがあって、自分のことをズルい男だと自己批判したのだ。

 女の子の恋愛感情を疑うより、まずは自分がどれだけ思っているかの方が大事なのだ。ユアがいなければ、こんな当たり前にさえ気がつくことができなかった。

「ごめん、ちょっと行ってくる」

「え?」

「ベロを頼むね」

 と言っても、首輪を描き忘れたので姿が見えなくなっていた。

 それから急いで緑ヶ丘公園に向かった。ミッチがそこに行っている保証はない。それでもチョコから話を聞いたというので、そこにいる予感がしたのだ。

 今夜も絵を描けば、明日もミッチは出現してくれるだろう。それでも今日みたいに家を出ていかれると、もう二度と会えない可能性もある。

 それには今、見つけ出さないといけないような気がしたのだ。話す時間がなくても、顔を見るだけでも良かった。

「ミッチ」

 一応、チョコと行ったコンビニの前で呼んでみる。見た限り、店内にミッチの姿はないようだ。

 問題は他人の目に映ると消えてしまう特性があることだ。そうなると勝手に町中を歩いていけるはずがないのだが、それでも諦めるわけにいかなかった。

「ミッチ!」

 チョコと一緒に行ったルートと同じ道を辿って呼び掛けるしかない。無駄と分かっていても、最後までやりたくなってしまう性分だ。

 信号待ちで、ふと思い出して、パーカーのポケットの中を確認してみたが、小人化したミッチの姿はなかった。

 緑ヶ丘公園についても、ミッチらしき姿は見えない。それでもとにかく足を動かして探し続けるしかない。

「ミッチ」

 ここからは小声になる。大声を出すと、周りの人が迷子を捜していると思って無用な心配を掛けることになるからだ。

「ミッチ~」

 展望台までの道にはいなかった。残すところは展望台周辺ということになるが、そろそろ日が暮れてきた。小川のほとりで考え事をする時間が長かったようだ。

「ミッチ~」

 展望台の周りを一周したところで目の前に飛び出す人がいた。

「オイィィッ!」

 心臓が止まるかと思った。

「ひとのことを、迷い猫を捜すように呼ぶんじゃない!」

「どうして、ここに?」

「帰って来たゾっ!」

 目の前にいるのは、小学校六年生の時に転校していった初恋の人だった。


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