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第七話 脇役を描く理由

 ショートパンツは使い回しだが、Tシャツのデザインは複数用意した。僕の好きなオレンジ色をベースに白地のアルファベットが踊ったものや、ネコ科の動物をベースにしたアニマル柄や、無地の上に僕が適当にデザインしたタコ焼きのキャラ絵など。

 他にもイギリス国旗のユニオン・フラッグや、迷彩柄や、チョコの名前をプリントした物などを用意したが、翌日にチョコが着た服はそのどれでもなく、出会った日に貸した僕の白いYシャツだった。

「Tシャツ気に入ったのなかった? いろいろ描いてみたんだけどな」

「寒いからだよ」

 チョコがリビングのソファで両腕をさする。

 八月の北海道は肌寒く感じる日もあるので仕方ない。

「今回もTシャツはボツだけど、今回は下着姿でウロウロしないだけマシか」

「え? 今日は下着もつけてないけど、見る?」

 そう言うと、チョコがYシャツのボタンを外しはじめた。

「いいよ、見るわけないだろう」

 どんなに見たくても、冗談でも見てはいけないものだ。

「ウソだよ、ウソ。ちゃんと中に着てるって」

 見るとYシャツの下に、タコ焼きのキャラ絵が描かれたTシャツを着ていた。

「ほんとケンジはマジメだよね。というより、中学生みたい」

 そう言って、チョコが笑った。無地の白いTシャツに文句を言って、タコ焼きのキャラ絵に文句を言わないセンスは理解できないが、その照れ隠しをしているような笑い方は魅力的だった。

「それより、他のみんなはどうしたの? 朝から一度も会ってないんだけど」

「いないよ」

「ハッ?」

「昨日はチョコしか描いてないから」

「え? 意味分かんない」

 驚くでも怒るでもなく、本当に意味が分からない様子だ。

「なんで?」

「二人きりになりたいと思ったんだ。たくさん話をして、チョコのことをたくさん知りたいと思ったんだよ」

「だから、なんで? 目的は?」

「好奇心だけじゃダメなの?」

「ミッチは知ってるの?」

「どうしてミッチに話す必要があるの?」

「だって、ミッチのこと好きなんだよね?」

「好きだよ。でも、自分だけが幸せならそれでいい、っていうマンガにはしたくないんだよ。少なくとも僕が好きなマンガは、主人公とヒロインのために舞台装置があったり、盛り上げるためだけに脇役が存在したり、そんな犠牲になるための道具みたいな扱いはしないんだ」

「マンガのことを言われたって分かんないよ」

 イライラするでもなく、不安そうな顔のままだ。

「味付けには塩とコショウが必要なんだ。それだけではなく、砂糖や酢やしょう油や味噌だって大事だろう? それらがあるから食卓に彩が溢れるんだよ」

「だから料理に例えても分からないって」

 これにはイライラした様子だ。

 何かに例えるのは止めておこう。

「わたしはなに? なんのためにいるの?」

「それはチョコが見つけることだから分からないけど、少なくとも僕やミッチのために存在しているなんてことはありえない。それだけははっきりしている」

「ミッチが知ったら、なんて思うかな?」

「どうしてそんなにミッチのことが気になるの?」

 チョコは自分でも分からない、という顔をしている。

「いや、これは僕が悪かったのかもしれない。最初からなんの脈絡もなく、友達設定だけ決めてチョコを描いてしまったんだ。僕が何も考えていないんだから、チョコに分かるはずがないんだよな」

「わたしとミッチは、友達じゃないの?」

 僕に訊ねている時点で友達ではない。そのことに気づいたのか、答えを自分の中に問い掛けている様子だ。誰もが悩みながら生きているわけで、脇役としてしか描かなかったチョコも例外ではないということである。

 しばらくして、チョコが答えを出した。

「考えていたら、お腹空いてきちゃった」

 と言って、ニコッと笑った。

 その日焼けした眩しい笑顔を見たら、僕も何も考えることはできなくなった。

「ご飯とパン、どっちがいい?」

「自分で作るからいいよ」

「え? チョコって料理できたの?」

「なんで、できないと思った?」

 チョコが睨むので、笑って誤魔化すしかなかった。

「やっぱりベーコンの焼き加減くらいは自分で決めたいよね」

 そう言って、キッチンに向かった。

 チョコの作る料理は純粋に楽しみだ。

「あっ、自分の分しか作らないから」

「え?」

「ケンジもお腹が空いてるなら作ったら?」

 柄に合わないことまではしないということか。こういうところにキャラクターの性格が出るようだ。こうして二人きりにならなければ、チョコが料理をすることも知らなかっただろうし、彼女に性格が備わっていることすら認識できなかったかもしれない。

 チョコにとってはチョコ自身が主役で、僕のマンガという名の人生にだって、彼女がヒロインになる可能性だってあるわけだ。それを最初から脇役だと決めつけて描くなんて、ちっとも面白くないやり方だ。

 主人公が登場人物を見下したマンガなんて、僕は積極的に読みたいと思わない。マンガだけではなく、人生でもそうありたいと願うのである。それが魅力的な主人公が描かれる作品の根幹だからだ。

「いま、笑った?」

「いや――」

 チョコの焼いたベーコンエッグは、なぜかモノトーンだった。

「食べずに笑うって、サイテーだな」

「だって、それはもうベーコンじゃなくて、ただの炭だよ?」

「バカだな、これがカリカリして美味しいのに」

 見ると目玉焼きの黄身もパサパサというか、ボソボソしてそうだ。

「ねぇ、嫌そうな顔でこっち見ないでくれる?」

「だって残念すぎるんだもん」

「いや、それはこっちのセリフだから。目玉焼きは完熟に限るし、半熟が良かったら温たまが一番だし、レアがいいなら卵がけご飯にしてるって」

「いや、ベーコンエッグは半熟にして、黄身にしょう油を垂らして、皿の上で自分だけのオリジナルソースを作って楽しむものだろう?」

「違う。完熟の黄身をベーコンで巻いて楽しむものだから」

 正直、今までで一番楽しい食卓になった。好みの違いは結婚すると大変かもしれないけど、自分の未知の味を知るには最良のパートナーになる。チョコとなら反駁し合っても、一生くだらないことを言い合って楽しい人生を送れそうな気がした。

 昼食はお好み焼きの焼き方で文句を言い合い、午後はお菓子の食べ方で反発しながらも、笑い声が途切れることはなかった。気がつけば夕暮れで、別れの時間が寂しく感じたのは、元ちゃんと遊んだ幼い頃以来かもしれない。

「また明日ね」

「うん、また明日」

 これが友達同士しか使わない魔法の言葉なのかもしれない。


※    ※     ※


 元ちゃんを友達と思えなくなった瞬間がある。

 わだかまりを抱くきっかけとなった出来事が存在するということだ。

 思い出しただけでも腹が立つ。

 同時に腹を立てる自分の小ささに嫌悪もする。

 初恋の人だった。

 小学校四年生の時に転校してきた子だ。

 男勝りで元気な子だった。

 オリンピックが好きで、影響されては柔道やレスリングの技を僕に掛けた。

 それが楽しくて楽しくて仕方なかった。

 でも五年生でクラスが別になると会うこともなくなった。

 ほんの一瞬の出来事だったのだ。

 それでも毎日彼女のことを考えていたのは、好きになったからだ。

 それまでも好きになった女の子はいたと思うけど、恋に気づかせてくれたのは彼女だけだ。

 通学路で彼女を捜し、廊下でも彼女を捜した。

 体育館に集まった時も、グラウンドに集合した時も彼女を捜した。

 たまに目が合うけど、どんな表情をしていたかは思い出せない。

 彼女が転校することを知ったのは小学校六年生の時だ。

 知ったからといって、何かできるわけではない。

 できることといえば、偶然街中で会えるように願って、自転車を走らせるだけだった。

 何も起こらないものである。

 ところが元ちゃんには起こったのだ。

 彼女の最後の登校日の放課後に、元ちゃんは呼び出されたのである。

 いつも一緒に二人で帰っていたのに、呼び出されたのは元ちゃんだけだった。

 僕が隠れて見ている前で、彼女は元ちゃんに手紙を渡した。

 元ちゃんはそのことを、僕に言わなかった。

 この出来事は彼女と元ちゃんだけのストーリーなのだ。

 隠れて見ていた僕は、脇役にすらなれていないかもしれない。

 その自分の人生のつまらなさに、腹を立ててしまったのだ。

 元ちゃんを逆恨みした部分もあるに違いない。

 どうしようもなく小さな人間だ。

 それでも僕は、脇役、いや端役の気持ちが痛いほど分かっているつもりだ。


※    ※     ※


「お兄たん! 起きて」

 翌朝、セルナが僕のセルナに戻っていた。

「あれ、『お兄ちゃん』じゃないの?」

「うん。お兄たんは、やっぱりお兄たんだもんね」

 泣きそうになった。

「ほら、早く起きて。お庭でタコ焼きパーティー始めましょ」

 セルナがウキウキ、ワクワクしている。そうだった、これは昨日チョコが提案したのだ。それから屋台をイメージして絵を描いたのだ。流しそうめんは失敗したが、タコ焼きパーティーなら成功間違いなしだ。

 庭に出ると、全員がタコ焼きのキャラ絵であるタコ助くんのTシャツを着て準備をしていた。大人しめのユアまで着ているのが素晴らしい。タコ焼きパーティーといっても、焼くのはタコ焼きだけではない。せっかくだからと、チョコの希望で色んな食材を用意することになった。

 チーズやモチや明太子が美味しいのは当たり前で、牛すじやホタテも大当たりだ。やはり想像できる味にハズレはないようだ。そんな中で一番のヒットはチョコ特製のチョコレート入りタコ焼きだった。

「これ、チョコソースを上から掛けるんじゃなくて、中のチョコレートがトロッとしてるから美味しいんだね」

「うん、外カリカリ、中トロトロで、お祭りの屋台で売ったら一番人気になりそう」

「普通のタコ焼きにオマケで一つ付いてたらいいのに」

「あぁ、セルナ、それ買う」

「ケンジも、ケンジも」

「おまえはフツーにしゃべれ」

 と、チョコの突っ込みが入ったところでお腹がいっぱいになった。この日は後片付けまで、みんなが積極的だった。特にチョコはパーティーの発起人ということもあり、最後まで責任を持って全員を楽しませようとしている感じだ。

 セルナもチョコをお姉ちゃんのように慕っており、チョコもそんなセルナに甘えられて嬉しそうな顔をしている。

 僕とチョコの親和性が高まったことにより、僕を慕うセルナもチョコに対して心を開いた印象だ。「友達の友達は友達だ」っていうのが、いい方向に作用したのだろう。

「今度は全員で海に行こうか?」

 またしてもチョコの提案だ。

「行きたい!」

 早くもセルナがはしゃぐ。

「いや、さすがにそれは無理だよ」

 水を差した形だが、説明しておく必要はある。

「まずここら辺には海水浴できる海岸なんてないし、小樽まで行けばあるけど、全員を連れて行くことなんて不可能だ。仮にみんなを小さく描いてバッグに入れて行くことは可能だけど、そんなことしても楽しくないだろう? だったらビニールプールを描くか、近くの小川で水浴びを楽しむかの、どちらかしかないんだよ」

「ビニールプールじゃ、セルナしか楽しめないじゃん」

「セルナ、そんな子供じゃないもん」

 チョコの言葉に頬を膨らませる。

「小川の水とか冷たいよ」

 ミッチも否定的だ。

 みんなが落胆する中、ユアがボソッと口を開く。

「……だったら、ビーチごと描いちゃえばいいんじゃないの?」

「それって、アリなの?」

 チョコが懐疑的だ。

「漫画家って、背景も自分で描いているから、できなくはないと思う」

 これはミッチの希望的観測である。

「お兄たん!」

 セルナがキラキラした瞳で僕を見る。

 そんな目で見られたら、断れる男はこの世にいない。

「やってみるけど」

「やった!」

 セルナが僕の言葉に小躍りするのだった。

 引き受けたものの、これが簡単な作業ではないことは承知している。マンガには当たり前のように背景が描かれているが、それが当たり前にできる作業ではないことは、誰だって分かるはずだ。

 特に僕は東北より南に行ったことがないので、南国の気候や、ビーチの雰囲気なんて想像もできない。テレビなどの映像やネットの画像で知るくらいで、そこがどれだけ暑いのか、まったく分からない状態だ。

 それでもプロの漫画家は宇宙に行ったことがないのに異星を描いたり、過去に行ったことがないのに昔のことを描いたりしているわけで、言い訳が通用しない世界であることも承知している。

 現地へ取材に行くお金もないので、やれることといったら、できるだけ調べるしか方法がないだろう。イメージだけで描くのも面白そうだけど、どうせなら南国の植物や昆虫などを調べてから描くと、強い陽射しもリアルに感じられるかもしれない。

 描くなら白い砂浜とエメラルドグリーンの海がいいだろう。ヤシの木があって、ハンモックで寝るのも人生で一度は経験してみたい。マリンスポーツは泳げないから止めておこう。ノリでつき合わされたらたまったもんじゃない。

 しかしマンガを描くということは、毎回背景と登場人物を馴染ませなければならないわけだ。遠近法なんて調べるまでもなく、違和感なく描き切らないといけないのである。写真という見本もなく描けてしまうことに感嘆せずにはいられない。

 僕もやるだけのことはやってみた。後は明日を待つのみだ。


 翌日、遠い眠りから目を覚ますと南国であった。でっかい太陽が大きな口を開けて笑っているようだ。砂浜は踏みしめるたびに音が鳴り、楽器の上で踊りでもしているかのようだ。

 白い波間から少女が歩いて来て、僕の方を見て何度も手を振る。そこからそよいできた風が頬を伝うと、甘い香りが口の中いっぱいに広がった。

「あついよ」

 暑いと口にした少女の身体は、陽射しに焼かれて熱く火照っている。汗が染みこんだ水着の布地も喉が渇いてそうだ。

 白い肌をした別の少女は日陰で太陽を避けている。それが露出した肌を見られることへの恥ずかしさとも重なり、少女との意識とは別により一層淫らに見えた。

「肌が弱いから、日焼けはできないんだ」

 そう言って豊かな胸を手で隠すが、全部隠しきることはできなかった。水着からはち切れそうな白肌が僕を見つめる。

 小さな少女は波を相手に鬼ごっこをしていた。追いかけられては走るから、小さなお尻が水着からはだけている。

「一緒に遊ぼっ!」

 遊び道具がなくても遊べるのだから、彼女は子供ということだ。

 髪の短い少女が僕を海の中へ引きずり込む。立ち上がっているのに、まるで海の中にいると錯覚してしまうくらい焦った。

 それから背中に二つの柔らかい感触を感じた。それが少女の胸だと分かった瞬間、空と海が逆さまになった。

「バックドロップ成功!」

 少女は肌が触れ合ったことなど気にせず、無邪気に笑っていた。僕の背中には今も少女の胸の感触が残っている。

 ――と、まぁ頭の中を固くさせることに意識を向けた。なるべく難しいことを考えて興奮を抑えたわけである。

 それでも興奮が収まらないので、しばらく海の中にいることにした。今はとても浜辺に戻れる精神状態、ではなく通常時の肉体ではなかった。

 黙っているとバックドロップを何度も受けるので、反撃したいところだが、ミッチに肉体の変化を悟られないためには河津落としくらいしか掛けられる技がなかった。

 途中からセルナも参戦し二対一の変則マッチになったが、そこでやっと身も心も格闘に集中させることができた。

 気になったのはチョコが僕たちのプロレスに参加せず、浜辺で寂しそうに見ていたことだ。どこかで見たことのある視線だったが、それは思い出すことができなかった。

「のど渇いた」

 ミッチがビーチパラソルの下に倒れ込む。

「……セルナも」

 同じようにぐったりしている。

「わたしもお水が欲しいな」

 ユアも読書どころではない印象だ。

「トロピカルドリンクとかないの?」

 チョコも意識が朦朧としている感じだ。

「ごめん、描き忘れた」

 僕も頭が回らず、適当な嘘も思いつかなかった。

 それに対して比較的元気なユアが反論する。

「成瀬君は私たちを殺したいの? 水も用意せずに、こんな暑いところに連れてくるなんて、殺したいか一緒に死にたいかの、どちらかしかないでしょう?」

「ゴメンナサイ」

 ちょうど四つん這いの状態だったので、土下座するには楽な体勢だった。

「なんで忘れるかな? ほんと詰めが甘いんだよね」

 いつものようにミッチが僕の絵に対する姿勢を批判する。

「海の家を用意するだけでも全然違うのに」

 チョコのアイデアだが、僕には思い浮かばなかった。それには理由もある。

「でも海の家はどうだろう? 明らかに外国のビーチをイメージして描いたわけだから、そこに海の家があるのはヘンテコじゃないかな?」

「そんなのはアレンジ次第でどうにでもなるじゃん。移動販売車でもいいんだし、っていうか外国のビーチにすることなかったんだよ。かき氷とか焼きそばが食べたかったのに、カッコつけんなよ!」

 チョコによる最後の気力だった。

「あと冷えたスイカね。わたしたち庶民は定番が大好きなの」

 弱り切ったミッチの言葉は、まるで遺言のようだった。

「飲み物は描かなかったのに、ヤシガニはいるようね」

 ユアの言葉で閃いた。

「そうだ。ヤシの実を描いたんだ。ナタも一緒に描いたから探せばどこかにあるはずだ」

 ということで、みんなでヤシの実を収穫することになった。頭上三メートルに実がなっている木を描いたので実を取るのもひと苦労だ。

 まず木に登ろうと思ったが、つるつる滑って上まで行くことができなかった。次に組体操のピラミッドを作ったのだが、これも失敗に終わった。

 そこで肩車をすることになったのだが、二人では実に手が届かないので三人でやることになった。

 つまりチョコがセルナを肩車し、さらに僕がセルナを持ち上げたチョコを肩車するという、無謀なる挑戦である。

 首の周りにチョコの太ももが直接触れるのだが、重すぎて興奮している余裕はなかった。結局、ミッチにも土台を手伝ってもらって、何とかヤシの実を収穫することができた。

 いやらしい気持ちがないと言えば嘘になるが、これ以上望むことはないと思ったのも事実である。このまま一生、五人で楽しく暮らせれば満足だと、ヤシの実の果汁を飲みながら思った。


 翌日は庭でスイカを食べることにした。全員に同じデザインの浴衣を着せて、僕も一年ぶりに浴衣を着ることにした。

 みんなの幸せそうな顔を見ていると、こんな毎日が本気で一生続くのではないかと思われたが、多くのマンガがそうであるように、僕の描くマンガも問題が潜んでいた。

 久しぶりにベロを散歩させるために河原に行ったのだが、そこでミッチに問い掛けられた。

「チョコに何か言った?」

「何も言わないけど、チョコがどうかしたの?」

「うん、今日になって『友達やめる』って言ってきた」

「え? でも普通に話してたよね?」

「うん、友達じゃないけど、関係は変わらないんだって」

「どういうこと?」

 僕にはまったく理解できないことだった。

「たぶんだけど、ケンジ君のこと、好きになったんじゃない?」

「チョコが?」

 ミッチは頷いたが、チョコが僕のことを好きになるなんてありえないことだ。

「わたしもずっと気になってたんだけど、ほら、タコ焼きパーティーの前日、チョコしか描かずに、二人っきりになった日があったよね? なんとなくだけど、そこから様子が変わったような気がするんだ」

「いや、あの日は一緒にご飯を食べて、ずっとくだらないことを話していたんだ。恋愛の話なんて一度もしなかったよ」

「あ~あ、分かってないな」

 ミッチがため息をつく。

「そういう日常を送れる人が、一番楽しいに決まってるでしょう?」

「でもチョコみたいなチャラいギャル寄りの女の子は、僕みたいな男はタイプじゃないと思うんだ。今はオシャレも抑えてるけど、いずれは派手になりそうだし、そうなるとチョコだってヤンチャなタイプの男を好きになると思うんだ」

「チョコはそういうタイプじゃないでしょう」

「ああ見えて根はマジメってヤツ?」

 ミッチが首を大きく振る。

「ちがうちがう。見た目も中身もマジメだよ。オシャレもするし、ノリもいい。派手になるかもしれないけど、マジメな子はそうなってもマジメなんだって」

 ミッチの言いたいことは理解できる。どうも僕はキャラクターをステレオタイプで見てしまう癖があるようだ。

「わたしやケンジ君にも言えるけど、他人は一時の行動で決めつけてしまうもんね。一度でも軽薄な恋愛をしちゃうと、軽いって思われ続ける。でも今のチョコは違うよね? むしろ思いが重いと思うんだ。だから、なんでそうなっちゃったんだろうって思ったから訊いたんだけど、なんとなく分かったよ」

「……ちゃんと向き合っただけなんだ」

「それは責められないね」

 自分でもチョコに対する気持ちが変わったことにぼんやりと気がついていた。

 どうやら僕は脇役と向き合った途端、ヒロインを見失ってしまったようだ。


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