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第六話 妹を描く理由

 四人分の食事の用意と後片付けをしている間、彼女たち三人はソファでお菓子を食べ散らかしながらテレビの情報番組を観ていた。絵に描いた餅なので夜にはキレイになっているはずだが、掃除をしなければ落ち着かない性分なので結局掃除機をかけることにした。

 ユアのような優等生キャラを描いたのに、口だけ達者なお気楽姉妹の影響でグータラ三姉妹へと変わっただけになってしまった。これでは想像していたハーレムとはほど遠く、王様というより召使いになったような気分だ。みんなが僕を取り合う状況にもならず面白くない。

 この状況を打破するためには偉大なる先人に学ぶしかなかった。そこで思い立ったのが妹を描くことだった。可愛らしい見た目と素直な性格で、お兄ちゃんのことが好きで堪らないように描けばきっと癒されることだろう。僕のことを悪く言うと怒り出すような子が望ましい。

 名前は「セルナ」にしよう。これは僕の苗字である成瀬の逆読みで、上から読んでも下から読んでも同じになるから覚えやすい名前だ。年齢は中二がベストだ。中二なら人生をこじらせていても違和感はない。多感な時期だが特に問題はないだろう。

 容姿は洋風な名前なので思い切って金髪の碧眼にしてしまおう。父さんの再婚相手の連れ子という設定ならば現実でも起こり得るので不要な突っ込みを受けないはずだ。口調に特徴があった方がいいが、それは出会ってみなければ分からない。

 服装はリラックスしてもらいたいのでパジャマ姿でいいだろう。髪型はツインテールに挑戦してもらいたいと思っている。我が妹ならば破壊的な可愛さになるはずだ。後は出会ってからのお楽しみということで早めに寝ることにしよう。


 お花畑にいる夢を見た。

 いい香りとポカポカした陽気だ。

 鼻の頭がくすぐったいのは、ちょうちょが遊んでいるからだろう。

 生暖かい風も吹いている。

 目を覚ますと、鼻先一センチ前にセルナが眠っていた。

 寝相の悪い天使が天上にあるベッドがら落っこちてきたかのようだ。

「かわいいな」

 心から思うと、口に出てしまうものである。

 起こすのも悪いので、そっと部屋を出ようとベッドを抜け出す。

「お兄たん?」

 セルナが寝ぼけマナコで僕を見つめる。

「あっ、ごめん、起こしちゃったか」

「どこ行くの?」

 セルナが不安そうに尋ねる。

「いや、歯を磨くだけだよ」

「セルナも行く!」

 起き抜けなのに元気だった。妹が明るいと人生や世の中まで明るく感じられた。それから二人で洗面所に入ったが、顔を洗ったり、歯を磨いたり、何から何まで僕と同じ仕草を繰り返すのだった。それこそ歯ブラシを動かす回数までピッタリ同じという具合である。

 さすがにトイレまでついて来るのは注意したが、注意しなければお構いなしに入っていたことだろう。リビングに行くとミッチとチョコとユアが先に起きてマンガや雑誌や小説を読んでいた。

「誰?」

 チョコが眉間に皺を寄せる。

「自分で自己紹介できるな?」

「うん!」

 僕の言葉にセルナが元気いっぱいに答える。

「初めまして、成瀬セルナです。今日から一緒に暮らすことになりましたので、よろしくお願いします。お兄たんとは二つ違いの中学二年生です」

「オニイタン?」

 ミッチがイラッとしたようだ。

 しかしセルナは気にしない。

「うん! セルナのお兄たんは、世界で一人だけなんだよ、いいでしょう」

 そう言うと、セルナがものすごい自慢げな顔をした。

 それを見てニヤけない男はいないだろう。

 僕も例外ではなかった。

「キショッ」

 チョコが吐き捨てる。

 するとすぐさまセルナが怒り出した。

「お兄たんの悪口は言うな! キショくないもん。今度お兄たんの悪口を言ったら、モンゴリアンチョップからロープに飛ばしてフライングニールキックを決めてやる」

 流石は僕の妹だけあって趣味も一緒だった。

「セルナ、暴力はいけないぞ」

「だってお兄たんの悪口は許せないんだもん!」

「ありがとう」

 そう言って、頭をナデナデしてやると、やっとセルナが笑顔になった。

 その反面、他の三人は冷ややかな目になったが気にすることではない。

「これから朝食を作るけど、お兄たんと一緒に作りたい人この指とまれ」

「ハイッ、ハイッ」

 と、セルナが手を挙げるも、僕が背伸びをしているので指先を掴むことができないでいる。

「もうっ、お兄たんのイジワルっ」

 軽い運動ができたので、指を差し出すことにした。

 その指を掴んだセルナが満足げだ。

 朝食は久しぶりにご飯とみそ汁にしようと思った。

 おかずは納豆を用意しているので、あとは目玉焼きを焼くだけでいい。

 目玉焼きは黄身に火が通りすぎるとガッカリするので人任せにはしたくなかった。

 しかしセルナが焼いてくれるなら出来上がりに不満はなかった。

 ふと、脳裏に母さんとの思い出が蘇った。


   ※    ※     ※


 どこへ行くにも母さんと一緒だった。

 片時も離れない、とは僕と母さんのためにある言葉といっても過言ではないくらいだ。

 幼い頃から母さんが美容院に行く時もついて行った。

 そこで大人同士の会話をきちんと聞くようにしていたのだ。

 新しく大型スーパーができる話や閉店を迎える話など実際よりも早く知ることができた。

 買い物に行っても井戸端会議に耳をそばだてた。

 同級生が引っ越すのも他のクラスメイトよりも早く知ることもあったっけ。

 母さんが入院している時も頻繁に見舞いに行くようにした。

 そこで同級生の祖父母が亡くなったことを知ることもある。

 そういうのを知ってしまうと、その子には優しくすることしかできなくなる。

 それまでは何でもない同級生が祖父母を亡くしたばかりの子という目になるのだ。

 初めてのおつかいにも早くに行かされたっけ。

 幼稚園に入園したばかりだったと記憶している。

 砂糖とグラニュー糖を間違えて買ってきてしまったけど母さんは怒らなかった。

 いや、怒ってはいたけど砂糖と同じデザインで売るメーカーに文句を言っていた。

 包丁を握るのも同級生よりも早かったと思う。

 小学校に上がると、すぐに野菜を切ることを任されたからだ。

 連想ゲームで人参といえば固く、トマトは柔らかいと答えてしまうのはその影響かも。

 切り口で食感や味が変わることも早くに覚えることができた。

 野菜の次はお肉も任されるようになった。

 そこでは下味が大事だということを学ぶことができた。

 火を使ったのは卵料理から。

 最初に覚えたのに今でも一番難しいのが卵料理だと思っている。

 目玉焼きだって、ただ焼けばいいっていうもんじゃない。

 ちゃんと蓋をして蒸らすことも大事だ。

 そうすると全体を美味しく頂くことができるようになる。

 食べる時も母さんと一緒だ。

 目玉焼きにしょう油をかけたり、ソースをかけたり、塩とコショウだけで頂いたり。

 この料理にはこの調味料じゃないといけない、というのがない。

 食事の後片付けも自分でやらされた。

 小さい頃は何度か食器を落として割ったけど怒られたことはない。

 割っても割っても陶器の皿がプラスティックに変わることはなかった。

 小学校の四年生まで母さんと同じ布団で眠っていた。

 そこで毎晩たくさんの話をしてくれたっけ。

 全てを思い出すことはできないけれど全部頭の中に入っていると思う。

 僕が生まれる前の話や父さんの話。

 母さんが観た昔のドラマの話や昼間に観た映画の話も聞かされた。

 いま振り返ると全てが母さんの遺言だったのだと思う。

 母さんを亡くして一人で暮らしていても何一つ困ることがないのは、その遺言のおかげだ。

 出張の多い父さんとケンカにならないのも全部母さんのおかげである。

 食べたいと思う料理は作った方が早いと思えるのも母さんのおかげだ。

 何度も失敗させてくれたから生きるのがそれほど怖くはない。

 それも母さんのおかげといえるだろう。


   ※    ※     ※


 セルナが焼いた目玉焼きは黄身が完熟になってしまったけど、母さんも今の僕と同じ気持ちで食べていたことだろう。そう思うと、「作り直せ」なんて口が裂けても言えない。あの時の僕も上手に焼けなくて悔しいと思っていたからだ。

 セルナ自身も自分が焼いた目玉焼きに不満があるような顔をしているので、そうなると僕からは何も言う必要がなかった。食事の後片付けを一緒にした後は、ベロを散歩させようと思ったが、セルナはパジャマ姿しか描いていないので外出させるわけにはいかなかった。

「エ――ッ、セルナもベロの散歩に行くもん!」

「だめだよ、そんなカッコでお外に出ちゃいけないだろう?」

「エ――ン」

 と大声を出して、セルナが泣く仕草を見せる。

「わかった。今日中にセルナに似合う洋服を勉強するから、描き上げたら明日一緒にベロを散歩させよう」

「ほんとに?」

「うん。約束する」

「やった!」

 そう言って、セルナは僕の周りをピョンピョン飛び跳ねるのだった。セルナの服装に関してだが、ジュニア・ハイ向けということもあり、ミッチやチョコが着る服とはかなり趣向が異なる。二人なら大人の女性が着る服で問題ないが、セルナは子供服に寄せる必要があるからだ。

 今はネット検索をすれば参考になる画像はいくらでも出てくるが、流行を知るにはやはりティーン向けの雑誌に目を通すのが近道だ。ということで買い物がてら近くのスーパーに行くことにした。

 スーパー内にある本屋さんをブラブラしていたら偶然にも石川さんと再会した。中学校を卒業してからまったく会わなかったのに直近で二回も偶然が続いたことになる。だからといって運命を感じることはないが偶然には素直に驚くしかない。しかし石川さんの反応は違った。

「すごい偶然だね」

 僕が驚きとも喜びともとれる顔をするが、石川さんは無表情だ。

「なにが?」

「いや、最近よく顔を合わせると思ってさ」

「当たり前でしょう? 生活圏が同じなんだから」

「いや、それでも卒業してから会わなかったのに、それが立て続けに会ったからさ」

「普通じゃない? 休みの前は家と学校の往復なんだから、すれ違うことも滅多にないけど、夏休み中は生活範囲が広がるよね。それでも高校生なら行く場所は限られているし、商店街と呼べるような所はここら辺しかないんだから、偶然の再会だと思う方が理解できない」

 バカな僕でも理解できたが、返事をする気にはなれなかった。

「成瀬君みたいな人が映画やドラマを見ると、生活基盤や確率を無視して、ご都合主義だと批判するのね、きっと。自分の頭で補完しようとしないから全ての作品が丁寧な説明ばかりになるのよ」

「ごめん」

 とりあえず謝っておいた。

「何に謝ったの?」

「え?」

 僕もとりあえず謝っただけなので何に謝ったのか自分でも分からなかった。

「わたし、面倒くさいかな?」

「いや、そんなことないよ」

 と言ったものの、正直面倒くさかった。

「面倒くさいと思わないなら鈍感だし、面倒くさいと思っていたら、ただの嘘つきね」

 やっぱり面倒くさい人だ。

「それでわたしに何か用でもあるの?」

「あっ、いや、見掛けたから声を掛けたんだ」

「用もないのに声を掛けたってこと?」

「気づいているのに無視はできないだろう?」

「どうして?」

「悪いと思うから」

「そういうもんなんだ」

 石川さんの方こそ鈍感な部分があるようだ。

「挨拶くらいはしておこうと思うだろう?」

「思わない」

「挨拶しないと嫌な女に思われるかもよ?」

「構わない」

「反対に無視されて腹が立ったりしない?」

「しない」

「だったら問題ないね」

「でしょう」

 自分が無視されて腹を立てるなら問題だが、そうではないなら価値観を強要できない。僕は裸眼だと遠くの人の顔が認識できない時がある。それで挨拶をしなかったからといって無視したと決めつけられるのは心外だ。全ての人が石川さんのような価値観ならありがたいものだ。

「あっ」

 そこで突然、僕は思い出した。

「用っていうほどじゃないけど、聞きたいことがあったんだ」

 石川さんが僕の言葉を待ってくれている。

「思い出したはいいんだけど……」

 石川さんを待たせているプレッシャーで聞きたいことが思い出せない。

「ごめん、それが思い出せなくて……」

 その答えに石川さんは一瞬だけ笑ったように見えたが、これは僕の気のせいかもしれない。

「わたしも一つだけ聞きたいことがある」

「うん。僕で答えられることなら」

「その手に持ってる雑誌は、成瀬君の趣味?」

 そうだ、僕はティーン向けのファッション誌を持って石川さんに話し掛けてしまったのだ。

「成瀬君にはお姉さんや妹はいないと思ったけど」

 親戚の子が遊びに来ている、という嘘を思いついたけど、その嘘に魅力が感じられなかった。

「これはマンガを描くために、その資料に使おうと思って」

「そう、それは良かった」

 マンガを描いているということを知られるのは死ぬほど恥ずかしいことなのに、なぜか石川さんにだけは正直に打ち明けることができた。もうすでに知られているという安心感があるからなのかもしれない。

 それから石川さんと別れたのだが、いなくなってから彼女に聞きたいことを思い出すことができた。やはり緊張してしまって脳が正常に働かないのだ。それは恋愛感情ではなく学校の先生と話している感覚に近かった。

 家に帰ると四人とも消えていた。この日も明日に備えて彼女たちの絵を描くのだが、最初に描こうと思ったのがユアだった。それは石川さんの私服姿を見たばかりで、その姿を忘れないうちに早めに描いておこうと思ったからである。

 今日の石川さんはパーカーとデニムのボトムスでボーイッシュな出で立ちだった。艶のある黒髪も後ろで無造作に縛っていてゴムも地味な色だった。スニーカーも使い古したもので靴下も単色だ。それをそのままユアに着せてしまおうと思ったわけである。

 セルナはミニスカートに派手目なTシャツにしよう。それならお金を掛けなくてもオシャレに見える。高そうな服を着せて背伸びをさせるよりシンプルなコーデで勝負できるというのがセルナの強みだ。


 翌朝、目を覚ますとセルナの姿はなかった。前日はパジャマ姿だったけど、今日は洋服を着せたので当然といえば当然だ。身支度を整えてからリビングに入り、セルナが飛びついてくることを予想し身構えたのだが、それも空振りに終わった。

 セルナはソファでミッチとチョコの間に座り、三人でお茶をしながら音楽を聴いてファッション誌を読んでいる。「おはよう」と僕が声を掛けると、それぞれ挨拶が返ってきたが、雑誌のページから目を離した者はいなかった。

 昨日のセルナなら僕から片時も離れようとしなかったはずだ。それが今日はこれまで彼女の方から声を掛けてこない。明らかに異変が起きているのだが、その原因がまったく分からなかった。

「よし、朝食でも作ろうかな」

 とりあえず独り言で注意を引き付ける。

「お兄たんと一緒に朝食を作りたい人?」

 無反応だった。

 エゾゼミが鳴いている。

 泣きたいのは僕の方だ。

「お兄ちゃん、朝食はパンがいいな」

「わたしも」

 ミッチとチョコも便乗する。

 それよりもセルナに「お兄ちゃん」と普通に呼ばれたことがショックだった。

「セルナ、お兄たんと一緒に作らないか?」

「パス」

 セルナに一体、何が起こったというのだろうか? これではそこら辺にいる反抗期を迎えた中学二年生の女子と変わらない。それならいない方がマシなくらいだ。妹にビクビクするために絵を描いたわけではない。

「ジャムって何があったっけ? マーマレードがなかったら今日中に描いといてくんない?」

 どうやらセルナは僕が目を離した隙にミッチやチョコに取り込まれてしまったようだ。妹に邪険にされるような人生なら死んでもいいと思った。素っ気なくなっただけなのでまだ大丈夫だが、今後罵倒されるようなことがあると正気を保っていられるか自信が持てない。

 せっかくセルナの私服姿を描いたというのにベロの散歩に誘うことができなかった。断られるとショックを受けるから、どうしても消極的な行動になってしまう。好かれなくてもいいからと、嫌われないようにしてしまうのだ。

 河原で眠りながら、そんなことを考えていた。

 すると突然、まぶたの裏が暗くなる。

 驚いて目を開けると、ユアが僕の顔を覗き込んでいた。

「ここにいたんだ」

「うん。考え事をする時は、いつもここに来るんだ」

 ユアが僕の隣に腰を下ろす。

 石川さんに会った直後に模写しただけあって今日のユアは石川さんそのものという感じだ。

「つくづくマンガを描くって難しいって思うんだ。しっかりキャラクターを描いたつもりでも、他の登場人物と交流させると言動だけじゃなく、性格が変わったり表情が変わったりさ、それで個性が死んでいくんだ。キャラクターが作者の手を離れて勝手に動き出す、という感覚とは違うんだよね。勝手に動いているんじゃなくて、掌握しきれていないっていう感じなんだ。それだと毎日違うキャラを描いているみたいで同じキャラとは思えないんだ。描くたびにキャラの性格が変わったんじゃ読者も混乱するだろうな」

 こんなことを相談できるのはキャラクターにブレのないユアくらいだ。

「私はマンガのことはよく分からないけど、そういうのは現実と変わらないんじゃないかな? こうすればいいっていうアドバイスはできないけど、成瀬君らしいやり方っていうのがあると思うんだ」

「僕らしいものなんて、あるかな?」

「あるよ。必ず、ある」

「断言したね」

「だって、幼稚園の頃から知ってるから」

 他のキャラクターと違って、そこがユアの独自性だ。

「……と言っても、あんまり話したことはなかったけど」

「確かに」

 そこで顔を見合わせて笑うことができた。現実の石川さんとの間では起こらないやり取りである。これがマンガを描くことの面白さなのかもしれない。作り物の世界ならば石川さんを模したキャラと気軽にお喋りできるわけだ。

「具体的には、どうしたらいいんだろう? 僕らしさと言われても何をすればいいのか、まったく思い浮かばないな」

「そこは自分で考えようよ」

 いかにも石川さんらしい返しだった。そこで僕は閃くことができた。昨日、本物の石川さんと話をしたことで、ユアがより石川さんらしく振る舞えるようになったわけだ。これはしっかりとディティールを描き込むことができたからに他ならない。

 ならば他のキャラクターともしっかり向き合うべきではなかろうか? ミッチを描き始めた時の初心が、それだったはずだ。それがキャラクターを増やしたことでおざなりにしてしまったように思える。

 どんなキャラクターにも親がいて、一人では生きられなかった時期がある。実の親でなくとも、そこには必ず育てた人がいて、それがバックボーンとしてそのキャラクターの人生に影響を与えるのだ。

「ごめん、マンガが描きたい」

「……分かったの?」

「うん。とにかく描くしかないんだ」

「それは良かった」

「ありがとう」

 お礼を言って、立ち上がった。

 居ても立ってもいられなかった。

 久しぶりの衝動だった。

「ごめん、今日はもう話せない」

「いいよ」

 ユアが笑顔で見送ってくれる。

 さすがに僕が描いたキャラクターだけあって理解が早い。

 それから急いで家に戻り、部屋に閉じこもった。

 なぜセルナの態度が変わったのか?

 そこには必ず影響を与えた何かがあるはずだ。

 そこで思い当たったのが、ユアを描いた時に怒ったチョコの存在である。

 彼女は自分のためではなく、ミッチのために怒りを露わにしたのだ。

 そんなチョコのことだから、セルナの登場で何も思わないということはないだろう。

 僕がセルナを描くことで、ミッチが疎外感を抱くなら、それに強く反応するのがチョコだ。

 彼女はそういう性格だからだ。

 チョコについて詳しく知りたいと思った。

 それには二人きりになる必要がある。

 だから僕は明日のためにチョコを描こうと思い立った。

 これまでミッチの友達という認識でしか描いたことがないが今はチョコのことしか頭にない。

 明日、どんな顔で僕の前に現れるだろうか?


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